11月7日の花:マリーゴールド=嫉妬
庵京/99




みづきの発熱は、庵の部屋に転がり込んだ翌日の夜には収まりつつあった。
みづきは寝室へと移動されており、初日はタオルベッドだったのも今ではきちんとしたベビー布団と新しい肌着に身を包んで寝転がっている。(当然、全て庵の金で購入)
ぬるま湯で薄めたイオン飲料を飲んでいるみづきのけろっとした表情に京にも漸く安堵の色が広がった。
「良かったなぁ、みづきぃ」
京がぷにぷにとみづきの頬を突付くがみづきは飲むのに夢中でそれ所ではない。
が、無視されようが嬉しい事に変わりはない京はへらへらしながらその姿を眺めている。
「京」
すっと後ろから腕が廻され、引き寄せられるままに京は倒れ込む。
「ん?」
とすっと庵の胸元に倒れ込んだ京が顔を上げると、庵の顔が近付いて来てその眼を閉じる。
「んー……なんだよ…」
僅かに唇を放して問うと、庵は無言でその唇を再び貪った。
「…っからなに不貞腐れてんだよオマエは」
「…貴様が」
「あ!!」
ぐいっと庵を押し退け京が叫んだ。
「おい見ろよ庵!」
「……」
驚きの声を上げる京とは裏腹に庵は明後日の方向を見て溜息を落とす。
何はともあれ京の視線の先ではみづきがべたんと体を反転させてうつ伏せになり、手足をもぞもぞとさせながらその尻を持ち上げていく。
「立つ?!立つのか?!」
恐らく最早京の中から庵の事はすっぱり消えているだろう。夢中になって「よし!行けるぞ!」だのと騒いでいる。
まるで妻が子供に掛かり切りで構って貰えない旦那の様な哀愁を漂わせながらも庵は二人を心持ち遠目に見守っていた。
みづきが立ち上った瞬間は京による拍手喝采となり、次の瞬間バランスを崩して尻餅を搗いたみづきを「すげえ!」と連呼しながら抱き上げる。
「さっすが俺の遺伝子!よくやったぞみづきぃ!」
遺伝子も何も、それなりの時期が来れば赤子は立ち上るものだ。
「……」
それを眺めていた庵の脳裏にふとある疑問が浮かんだ。
大した事ではないのだが、京の頭の中に自分の存在を取り戻させる為に庵は口を開いた。
「京」
「へ?」
はしゃいでいた二人の声がぴたりと止まり視線がこちらに向けられる。
「何故「みづき」なのだ?」
京の事だから京太とか京介とか、下手をすれば二号だのポチだのとなり兼ねないだろうに。
「なっ……」
すると何故か京は一瞬にしてその頬を朱に染めた。
「京?」
庵の訝しむ声に京は何やら言葉の欠片の様な声を発している。
やがて。
「……「満月」って書いて「みづき」っつーんだよ」
消え入りそうな声で京が呟いた。
「……」
暫しまじまじと京を見ていた庵だったが、
「…そうか、それでみづきか」
そう微かに唇の端を持ち上げ、京の腕の中の幼児に腕を伸ばす。
くしゃりと幼児独特の柔らかな髪を撫でた。
それが、庵が始めてみづきに触れた瞬間だった。

 

 

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