11月9日の花:クルミ=謀略
庵京/99




みづきと共にネスツを脱出した再、みづきはまだ喃語しか話せなかった。
その数日後、喃語と片言の中間語を話すようになった。
更にその数日後、初めて立ち上り、離乳食も自分でスプーンを持って食べたがるようになった。
更にその数日後、走りまくるようになった上に幾つかの単語を使い分けるようになった。
そして今は。
「イーヤァアア!」
買い物から帰ってくるなり耳を突き抜けた金切り声に京は靴を脱ぎ、足早にリビングへと向かう。(靴のまま部屋に上がる事を嫌がった京の要望により、日本式にしたらしい)
「たっだいまー。何やってんだよ」
そこにはぷんすかと怒り露わに手足をばたつかせている半裸のみづきと、途方に暮れたような視線で見上げてくる庵の姿があった。
「…みづきが」
どうやらみづきがジュースを零したらしく、それでシャツを着替えさせようとしたら怒り出したらしい。
脱ぐ所までは何とかなったのだが、着せようとすると金切り声を上げて暴れ出すのだと。
「自分で着させれば良いんだよ」
「だが…」
「みづきは一人で着れるもんな?ほら、頭入れて…おっ、頭が出て来たぞ〜?お次はどこだ〜?ほーらそこに手を通して…ほら着れた!よーしよし、みづきは凄いなあ〜」
京が抱き上げ、胡座をかいたその上にみづきを乗せるとみづきは小首を傾げて京を見上げた。
「みーき、すおい?」
「おう、みづきは凄いぞ」
「みーきすおい!」
そんな二人を眺めながら、すっかり母親だな、と庵は思った。
「あ、そうだ庵」
みづきを抱きかかえたまま京が庵を見た。
「パソコン持って来てる?」
「…部屋において来た」
部屋、というのは日本にて彼が借りているマンションの一室の事だ。
元々この国に長く滞在するつもりは無かったのだからそんなものもって来ている筈も無い。
「そうだよな〜」
「どうかしたのか」
「それがさ、みづきと一緒にROMも持って来たんだけどさ、それ見ればみづきの事分かるかなって」
みづきの成長速度が個人差で済ませられる範囲でない事は薄々感じていた。
その事に付いて考えている時に京はそう言えばとROMの事を思い出したのだと言う。
「よーく思い出してみるとさ、あの時注射器とか転がってたし」
二本あった注射器の内、一本は使用済みだった。
あの組織は僅かな期間でクローンたちを京と同じ年にまで成長させたのだ。もしかしたらあの薬剤は成長促進剤か何かだったのかもしれない。
「でも」
京は自分に向かって伸ばされるみづきの手を弄びながら続けた。
「余り見たくはないけどな」
もしそのROMの中にみづきの、否、「K−9387」のデータが詰っていたら、みづきを見る目が変わってしまいそうな気がするのだ。
それこそ「みづき」ではなく「Kシリーズ」として。
「ならば見なくとも良い」
庵の声にでも、と京は視線をさ迷わせる。
「他の子供より多少成長が早いだけとでも思っておけば良い」
「…多少?」
「そう、多少だ」
いつもと変わらぬ無表情で言い放つ庵に、京はふっと笑みを浮かべた。
「ん、そうだな」

 

 

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