11月11日の花:ハナキリン=純愛、冷たくしないで
K’、マキシマ、京/99




知ってたさ。
あんたが俺の事を知らなくても。
あんたがどれだけ綺麗な炎を生み出すのか。
俺の炎がどれだけくすんで汚いものなのか。
だから、少しでも綺麗でいたかったのに。
あんたに近付きたかったのに。
「ああ…また拳が嫌な色になった…」
俺の炎は、どんどん汚れていく。


セーラの言葉通り、その通路には兵士の気配はなかった。
ただひたすらに地震の様な揺らぎと共に金属の壁が軋む音や天井のパイプが崩れ落ちる音、そして二つの足音だけが響いていた。
「ん?」
傍らを走っていたマキシマが声を上げた。
「熱源体がそこの通路から来るぞ」
そこ、と示されたのは百メートルほど先の十字路。
「人数は」
「一人だ。ライフル類は持ってないみたいだな」
K’は炎を纏ったままの拳を握り締め、迎撃体制を整える。
「来るぞ」
自分達が十字路に差し掛かるとほぼ同じにマキシマが呟く。
「!」
拳を繰り出そうとした瞬間、その炎が不意に音を立てて燃え上がった。
「お前は…!」
「クサナギ…!」
「げっ」
三種三様の声が崩れかけた通路に響く。
現れたのは、まさかこんな所に居るとは露にも思わなかった「オリジナル」、草薙京だった。
「!」
京の視線がK’の拳に向かう。
その瞬間、彼の表情が嫌悪に歪められ、K’は咄嗟に顔を背けた。
分かっていた事だ。
「…制御が利かねえのか?」
その静かな声にK’の肩が揺れる。
「……」
K’の沈黙をどう取ったのか、京がK’へと歩み寄る。身を強張らせ、思わず後ずさりそうになるK’のその炎に包まれた拳へと手を伸ばした。
「っ…」
彼の手が穢れてしまう。
咄嗟に拳を引こうとするのは京の手によって止められた。
そのくすんだ炎は、京の手を焼き焦がす事はなかった。
「あ…」
彼の手がその拳を包むように触れた瞬間、炎は柔らかに霧散した。
「さすがはオリジナルだな…」
マキシマの感心した声に京の表情が再び嫌そうに歪められる。
「オリジナルっつーの、やめてくんねえ?」
「おお、そりゃあすまないな」
「で、あんたらは敵?味方?」
「敵じゃあない、って所だな」
マキシマがそう答えると、彼は「ならいいや」とあっさり二人に背を向けた。
「じゃ、とっとと脱出するぞ」
そう言って駆け出してしまう京の後に続いてマキシマ、K’も再び駆け出す。
何故。
K’は先を行く京の背を見詰める。
何故そうやって背を向けられるのだろう。
背後から襲われるかもしれないのに。
「お、無事生還って所か?」
鉄製の扉を潜ると、そこは何処かの裏路地だった。
日は疾うに落ち、路地の遥か向こうに大通りの光が見える。
「なあ」
京の声にはっとする。
「あんたら、名前は?」
「俺はマキシマだ。で、こっちがK’」
「ああ、やっぱりお前がK’か」
京はそう言ってK’を見た。
そして、
「悪かったな」
何故か謝ったのだ。
言葉を失い、K’は京の顔をまじまじと見つめた。
「俺が捕まっちまった所為でバイロキネシスにされちまってさ」
何故、この人が謝るのだろう。
この人こそが何よりもの被害者だというのに。
「…違う」
「ん?」
「あんたの、所為じゃ…ない…」
俯き、ぼそぼそと掠れたような声でそう告げたK’を京はまじまじと見詰める。
そして数秒の沈黙の後。
「さんきゅ」
ばっと顔を上げると、京は鮮やかな笑みを浮かべてK’を見ていた。
どうして、俺に笑いかけてくれるんだ。
さっきは嫌悪の目で見たのに。
俺の事、憎くないのか?
「それで、これからどうするんだ?」
「暫くは何処かで身を隠すさ」
呆然としているK’を余所に、京とマキシマが話し出す。
京は無防備にも住んでいるマンションと電話番号をマキシマに教えていた。
「近い内にちょっと出掛けるから一週間くらい居ないかもしれねえけど」
「良いのか?そんな事まで俺たちに教えちまって」
マキシマの苦笑混じりの言葉に京は笑う。
「いいさ。あんたらは悪い奴じゃねえよ」
「そうか?」
「俺の勘はあたるんだぜ」
それからもう二、三言葉を交わした後、京は片手を軽く振って去っていった。
「草薙京、か…中々面白い奴だな」
「……行くぞ」
K’は京とは反対方向へと歩き始める。
深紅のカスタムグローブはその機能を失っていたが、それでも今の所は再び炎が暴走する様子はなかった。
(オリジナルK…草薙、京…)
あんたは俺の事が憎くないのか…?
言葉にする事の出来なかった問い掛けは、喉の奥でその行く先を見失って蟠った。

 

 

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