11月16日の花:ヒメヒイラギ=あなたを守る
庵京、メロ、ホキ/99




二年前までなら家主である庵とそこに転がり込んでいた京の二人しか使う事のなかったテーブルは、現在満席となっていた。
右側には庵と京、左側には京に酷似した青年二人、そして所謂お誕生日席には子供用の椅子に座ったみづき。
「ほら、みづき。もし骨があったら飲まずにすぐ言えよ?」
京はみづきの分の魚を箸で器用にほぐし、小皿に移していく。
「ほねってなーに?」
「こーゆーやつ。これを飲むとな、喉がちくってして痛えんだぞ?」
「いたいの?」
「おお、だからそれっぽいのがあったらすぐ言えよ?」
「あい」
そして肉じゃがに箸を伸ばし、目の前の青年の手元に目が行った。
「はらわた残して良いからな?お前ら嫌いだっただろ」
俺もだけど、と続ける京を二人が驚いたような表情で見るが、京は意に介さずに肉じゃがを頬張っている。
「……うん」
京の向かいに座った青年が小さく頷く。
二人はどこか嬉しそうに微笑み、止まった箸の動きを再開させた。


「お前ら、メロとホキだろ」
リビングで食後のコーヒーを啜りながら京は事も無げに言い放った。
生憎この部屋にはソファは一つしかなく、それを京、みづき、庵が占領している為に二人の青年はその向かいに敷かれた白いラグの上に座って京を見上げていた。
「覚えて、いたんだな…」
片方がぽつりと応える。その声はやはり京と同じ色をしていたが、それでもどこか京とは違うような響きを持っていた。
「俺たちとの接触に関する記憶は全て消されるって聞いた」
「んー、まあ、確かにあの後アタマん中弄られたから記憶飛び飛びだけどさ、さすがのネスツでも指定部分だけ記憶を消すってのは難しかったんじゃねえの?…で、何がどうなってんだ?脱走しただのってのは聞いたけどよ」
「…俺たちともう何人かがサンプルとして残されて、それ以外の奴等は全員処分された。それで、俺たちをコールドスリープにするって聞いて…」
「それで逃げて来た、と」
コーヒーの満たされたカップを両手で包むように持ちながら彼はこくりと頷く。
「何処へ行けば良いのか、分からなくて…俺たちにはネスツとオリジナルしか知らないから、だから日本に行こうと思った。ここなら、いつかオリジナルが帰ってくると思ったから」
「俺に会ってどうするつもりだったんだ?」
「別に…ただ、会いたかった」
「ふうん…」
京はソファ偽を預けるとコーヒーを啜り、暫く何か考え込んでいた。
「お前らさ、これからどうするんだ?」
京の問いに二人は顔を見合わせ、そして片方が口を開いた。
「コールドスリープにされるのは嫌だから、このままどこかに逃げるつもりだ」
「ふうん…」
そして京は再び間延びした応えを返して沈黙してしまう。
「…何故、魚の名前なんだ?」
不意に今まで黙々とコーヒーを啜っていた庵が口を開いた。
どうやら彼はクローンたち自身よりその名前の方が気になっているらしい。
「あ?メロとホキの事か?こいつらが好きな魚の名前。ネススに居る時、何て呼んで良いのかわかんなくてさ、それで適当に」
自分の向かいに座っている方を指差し、
「こっちがメロで、そっちがホキ」
次に庵の向かいに座っている方を指差してそう説明した。
だが、どちらも同じに見える庵はどうでもよさげに気の無い相槌を打った。彼にとって重要なのは京自身であり、その複製はどうだって良いらしい。
「えーっと…」
そして何やらポケットをごそごそと漁り始め、そこから一台の携帯電話を取り出した。
昼間、尾行していた男から奪った物だ。
京は昼の時と同じ様にリダイアルし、耳にあてた。
「ハイ、キョウ・クサナギだけど。例の二人だけど、俺に預けてもらえねえ?」
その流暢な英語の意味に、二人のクローンは驚きの色を浮かべて京を見る。庵はそれを予測していたのか、どこか諦めたような溜息を一つ吐いてミルクが空になったみづきのカップを取上げてテーブルに置いた。
「そーゆーのさ、どうかと思うんだわ。そりゃあ最大多数の最大幸福ってのもわかるけどよ、サンプルにされる側の気持ちっつーの?そーゆーのさ、少しは考えて欲しいっつーかさ。こんな基本的な事言わせんなよ。それに自分の事が全て数値にされるってすっげえへこむんだぜ?わかる?…おう、そういう事にしてくれ。…良いけど、電話代はそっちで持てよ?うん…うん……わかった。じゃ、そういう事で」
通話を切り、さて、と京は二人に向き直る。
「俺らと一緒に行動するなら追手は掛けないそうだけど?」
ぽかんとしたまま見上げてくる二人に京は苦笑する。
「まあ、暫くは監視が付くかもしれねえけどさ、行く所ないならここに居ろよ。俺らは来週にはまたアメリカに飛ぶけど、付いて来るならハイデルンのオッサンがパスポート手配してくれるって言うし、ここに残るってんならそれでも良いし」
「…良い、のか?」
その問い掛けに京の表情が僅かに歪む。
「良くなかったらこんな電話しねえっつーの」
バカかお前ら、と続ければその隣りから「所詮はお前のクローンだ」という呟きが聞こえ、京は庵を睨み付けた。
だが当の庵はしれっとしたもので。
「それで、どうするんだ」
京の視線をさらりと無視して二人に問い掛ける。
「…俺、ここに居たい…」
そう呟くように告げたのは、今まで殆ど言葉を発する事のなかったホキ(京命名)の方だった。
「お前は?」
京の視線がメロ(以下略)に向けられる。彼は自分と同じ造形をした二人を見比べ、やがてこくりと頷いた。
「ここに、居たい」
その応えに京は「そっか」と嬉しそうに笑い、そして傍らのみづきを抱き上げて膝の上に乗せた。
「みづき、お前に兄ちゃんが出来たぞ」
「にーちゃん?」
「おう。俺と庵とみづきと同じ、家族だ」
な?と傍らの庵に同意を求めると、彼は本日何度目かになる溜息を落とした。
「好きにしろ」

 

 

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