11月17日の花:モミジ=確保する
山崎、京/97




その夜、京は珍しく一人で出歩いていた。
チームメイトである紅丸と大門、そしておまけの真吾と一緒に中華料理店で夕飯を摂っていたのだが、食後の運動と称して真吾がいつもの如く稽古を迫って来たのだ。
つい日本に居る時の癖でダッシュ逃亡を図ったのだが、移動の殆どを他人の運転で済ませていた京がやたら滅多に走ればどうなるか。
つまり、迷子である。
「…後で真吾の野郎、仕置きしてやる」
責任転嫁をしつつ京は辺りを見廻すが、やはり見覚えの無い路地だ。
「ちっ」
仕方ない、タクシーでも拾うか。
そう思い大通りを目指す。辛うじて宿泊しているホテルの名前を覚えている事に内心でほっと息を吐いた。
「!」
不意に降りかかった殺気に京は後ろへと飛んだ。
「お前は…!」
何処から現れたのか、そこに飛び降りて来たのは山崎竜二だった。
「よぉ、ジャリガキ」
にたりという形容が相応しい笑みを浮かべた山崎がゆっくりと身を起こす。
京がちらりと辺りを見廻すと、隣りの雑居ビルの二階の窓が開いていた。恐らくあそこから飛び降りたのだろう。
「こんな所でお供もつけずにお散歩かい?」
揶揄の色が混じるその問い掛けに京は鼻を鳴らした。
「そういうお前こそ、お目付け役はどうしたよ」
軽口を交わしながらもお互い隙を見せない。
「折角だ、遊んでいけよ」
ポケットに手を突っ込み、ちゃりちゃりと小銭を鳴らしながら山崎が一歩、また一歩と近付いてくる。
「遠慮しとくぜ。俺サマはあんたと違って遊んでる暇はねえんだよ」
試合以外でこの男と関わりたくないと思っていた京は咄嗟に退路を探す。
だが、それに気付いた山崎が「オイオイ」と唇の端を歪める。
「つれねえなあ…遠慮すんなよ」
「あんたと違って謙虚なんでね」
よく言うぜ、と山崎は喉を鳴らして低く笑った。
「なあジャリガキ」
不意にその声が猫なで声となり、京は警戒を強める。
「てめえを見てると血が沸騰すんだよ!」
ポケットに突っ込まれたままだった山崎の手が不意に動いた。
「ちっ!」
あのフリッカージャブの様な独特なパンチと同時に何かスプレーを吹き付けられる。
「?!」
山崎の攻撃自体は軽く避けた京だったが、空気に乗ったそれを吸い込んでしまった途端に意識は急速に幕を下ろそうとする。
「な、にを…」
更にそれを吹き付けられるが、それを振り払おうとする腕の動きもいつもより緩慢だ。
その気体は京の顔を撫で、そして鼻腔から体内へと浸透していく。
膝が折れ、アスファルトに辿り着くより早く京の体を引き上げる力があった。
「ひひひ…」
耳に障る笑いを上げながら山崎が京の体を担ぎ上げる。
「…ぉり…」
その声は山崎の耳にすら入る事無く、暗い路地へと溶けていった。

 

 

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