11月20日の花:アスパラガス=私が勝つ 京/97 |
手錠より何より、京はまずシャワーを浴びた。 両手首に鉄の輪と千切れた鎖をぶら下げたまま暖かな湯を浴び、その身を清める。 「あのキチガイ野郎…」 ぼそりと低い呟きが狭いユニットバスに響く。 京はシャワーを止め、バスローブを羽織るとタオルで軽く髪の水気を拭いながらベッドサイドへと向かう。 チェストの上に備え付けられた電話の受話器を取り、フロントに繋げた。 電話の向こうの相手に短ランのクリーニングと後幾つかの頼み事をして受話器を下ろす。 暫くして訪れたボーイから頼んだ品を受け取り、代わりに短ランとズボン、そしてチップを渡し、一礼して退出するボーイを見送った。 「さて…」 ローテーブルの上に受け取ったものを並べていく。 それは習字紙と筆ペンだった。 「すっげえ簡略版だけど、まあ無いよりマシか」 習字紙をびりびりと破きながら京は呟く。 一見無造作に見えるその破り方は、よく見ると人の形を模していた。 「えーっと」 その紙に筆ペンでつらつらと何やら書き記している。 「うん、まあこんなモンか」 出来上ったそれを京は満足げに眺め、そしてひらひらと振って乾かした。 ――京、二度と使うてはならんぞ… 不意に脳裏を過ぎった声に京は動きを止める。 ――その様な下卑た術、草薙の跡目としての品位を落とす… 「……」 ――ごめんなさい!もうしないから…!だから、だからいおりにあわせて…! 「……ちっ」 京は舌打ちをしてその紙を幾つかに裂き、握り潰した。 「止めた止めた!」 紙屑となったそれと余った紙、そして筆ペンを入っていた紙袋に戻し、ダストボックスに投げ入れる。 その瞬間に手首の手錠からぶら下がった鎖がちゃりちゃりと音を立てた。 「だからってヤられ損っつーのも腹立つし…」 見方によってはアクセサリーの一種にも見えない事も無いその手錠を眺めながら呟く。 高熱に解かされた部分を外し、紙袋と同じ様にダストボックスへと投げ込む。 「あ」 ふと何かを思い付いたように京は立ち上って手を叩いた。 「それだ!」 途端に上機嫌になった京は鼻歌を歌いながら旅行鞄から着替えを引っ張り出す。 因みに。 「俺ってあったまイイ〜!」 京がこう言っている時は大抵ろくでもない作戦だったりするのだった。 |