11月21日の花:メシダ=魅惑
山崎京/97




「さーて、どうすっかな」
着替え終った京は髪も碌に乾かぬまま再びホテルを出た。
まずは問題の山崎を見つけなくてはならないのだが、何処へ行けば良いのか見当も付かない。
先程は逃げる事しか頭に無かった京が、半日監禁ツアーに強制参加させられた部屋の場所を覚えているわけでもない。
だが。
「…発見、と」
路地に入り込み、帰り道が分からなくならない程度に適当に曲がっては進んでいると、大通りからこちらを見ている男と目が合った。
京より頭二つ分近く高い大柄な、如何にもな悪人面をした男。
山崎竜二だ。
「ふん…」
京は不敵な笑みを浮かべ、山崎の方へと足を進める。
「よおジャリガキ。ホテルのベッドで泣き寝入りしてたんじゃねえのかよ」
「ご期待に添えなくて悪ぃけど、そんな繊細に出来て無いんでね」
あと数歩で手の届く…山崎ならばこの距離でも恐らく届くだろう…位置で足を止め、京は右手を目の高さまで持ち上げて揺らした。
「コレの鍵、欲しいんだけど」
銀の輪から垂れた鎖がちゃらちゃらと音を立てる。
「明日の試合、こんなモン付けたまま出たくないんでね」
「てめえで引き千切ったらどうだ?」
「残念な事に俺はアンタと違って指一本でワッパ引き千切れるほど人間離れしてねえんだよ」
山崎は喉の奥を鳴らしながらポケットに突っ込んでいた左手を出した。
「これが欲しいのかよ」
太く節くれ立った指に捕らえられている小さな銀の鍵。
だが山崎はすぐにそれをポケットに戻してしまう。
「タダじゃあやれねえなあ」
「何が望みだ」
山崎の唇が更に歪んだのを目にした次の瞬間、京は山崎の右腕に捕らえられていた。
「避けねえっつーことはわかってんだろ?」
「……」
京の視線がそれから逃げるように逸らされる。
「京!」
不意に割って入った第三者の声に二人は視線をそちらへと向けた。
「紅丸…」
思いも寄らぬ出現に京の目が見開かれる。
「山崎、ウチの坊ちゃんに何の用だい」
どうやら紅丸は山崎が京に絡んでいるのだと思ったようだ。
その問い掛けに山崎は引き攣ったような笑い声を上げた。
「残念だったな。こいつが俺に、用があるんだよ」
「何…?」
その端正な顔が訝しむ色を湛え、京へと視線が移る。
「ちっ…山崎、場所変えようぜ」
踵を返し、京は紅丸に背を向けて路地の奥へと歩き出す。
「京?!」
「試合までには帰る」
「ひひっ、じゃあな、ジャリガキ」
路地の奥へと消えていく二人を、紅丸は舌打ちと共に見送った。
「あンのワガママ大将め…!」


「なあ」
幾つもの角を曲がり、大通りからかなり離れてスラムの気配に近付いた頃、京が足を止めて山崎を振り返る。薄暗いそこは、辺りに人影どころかネズミや虫の気配すらない。
「俺を見てると血が沸騰するんだろ?」
山崎を見上げ、その唇を笑みの形に象る。
「だったら…」
右腕を伸ばして山崎のジャケットの下、シャツ越しにその心臓の辺りに手を這わせた。
「触れたら…どうなるんだ?」
その途端強い力で壁に押し付けられる。
「っ…」
言葉を発するより早く唇を塞がれ、肉厚の舌が口内に侵入する。
「ンッ…ふ…」
それは正しく貪るという表現が似合った。
するりと腕を山崎の首に廻し、更に深く舌を絡める。
「…っは…」
唇が離れる頃には京のズボンの前は寛げられ、数時間前まで山崎を受け入れていたそこに再び太い指が捩じ入れられる。
「痛っ…こんな所でかよ…」
非難がましく呟くと首筋に噛み付かれた。
「てめえが仕掛けたんだろうが」
明らかに欲情した声音の男の指が、狭く収縮するそこを広げようと乱雑に動く。
「それもそうだったな」
喉の奥が愉悦に音を立て、その唇に艶やかな笑みを浮かべた。

 

 

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