11月22日の花:カラー=夢ように美しい
庵京/97




「お」
京はエレベーターから降りると通路の先に見知った後姿を見つけ、声を上げた。
「いっおり〜!」
いつになく高いテンションの呼びかけに赤毛の男は訝しげな視線を京に向ける。
「どっか行くのか?」
「いや、帰って来た所だ」
このホテルにはフロアの両端に一個所ずつエレベーターが設置されている。恐らく京がエレベーターに乗った頃、庵も同じくもう一台のエレベーターに乗ったのだろう。
「んじゃあさ、俺の部屋来ねえ?」
合わせた手を顔の横で傾けて可愛い子ぶる京。
「……」
その手に目が行った庵の視線が一瞬強張った。
その手首には、明らかに拘束痕だと分かる赤い筋が走っている。
「京」
「さあさあ行こうぜ!」
庵が何か言い出す前に京がぐいぐいとその体を押して部屋の前まで向かう。
「……」
へらへらと笑っている京の首筋にも血が滲んで固まった痕も見受けられた。
「つー事で俺はシャワーを浴びる。庵はそこで待機。覗くんじゃねーぞ!」
部屋に付くなり庵をベッドに突き飛ばし、京は酔っ払いの様な上機嫌さでバスルームへと消えていった。
「……」
庵はぐるりと室内を見廻す。特に何か変わったものがあるわけでもない。
だが、ふと部屋の隅のダストボックスに目が止まった。
放り込まれている茶色の紙袋。ただのゴミならそれで良し。
「……」
その中身を覗き込んだ庵の視線が険を帯びる。
習字紙と筆ペン、そして。
「…山崎、竜二…」
紙の断片を組み合せ、それを読み取った庵は再びダストボックスにそれらを放り込んだ。
「あーさっぱりした」
京がバスローブ一枚で出てくる頃には何事も無かったかのように庵は煙草に灯を点していた。
「何があった」
紫煙と共に吐き出されたその問い掛けに、京の顔から表情が消えた。
だが、すぐにまたへらっと笑うと庵に飛び付いてそのままベッドに押し倒した。
「灰が落ちる」
シーツを焼かない様に煙草を挟んだ手を挙げると、指の間からひょいと煙草が抜き取られてベッドサイドの灰皿に押し付けられる。
「問題なし」
そう笑って京は庵の腹を跨いで座った。
「いーおりん、強姦ごっこしようぜ」
「お前がか?」
「ぶわっか。お前が、俺を、に決まってんだろ」
そしてバスローブを紐解き、脱ぎ捨てる。
「……」
ぴくりと庵の表情が揺れた。
首筋の血の滲みを初めとし、京の体には無数の鬱血した痕があった。
そこに鮮やかさはなく、ただ赤黒いそれがまるで病魔の様に京の体に巣食っている。
だが。
「庵…」
京の手が庵の顔に掛かった赤い髪をかき上げる。
「…壊してくれよ」
そう囁いた京の笑みは、庵が一瞬我を忘れるほど美しく艶めかしかった。
その体中のどす黒いそれさえ、その艶に華を添えるようで。
庵は身を起こして京と自分の位置を入れ替え、自分の赤のコットンパンツのストラップを引き抜く。
「泣き叫んでも止めんぞ」
そう低く囁き、ストラップで京の両手首を縛り上げた。
「イイぜ、そうじゃなきゃゴーカンごっこになんねえし」
つーか、と京は笑う。
「てめえにこの俺サマを泣かせられるのか?」
「楽しみにしていろ」
望み通り、壊してやる。
庵の囁きに、京は小さく笑った。

 

 

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