11月24日の花:シェフレラ=大切な人
庵京/97




「で、何で真吾を襲ったんだよ」
病院からの帰りのタクシーの中で京は隣りに座る男を軽く睨み上げた。
京と紅丸、ちずるが病室を訪れた時には真吾は眠っており、三人は一先ず彼の無事を確認するだけに留めて病室を去った。
そして紅丸とちずるには別のタクシーで帰ってもらい、京は入り口で待っていた庵と共にタクシーを拾って現在に至る。
「止めておけと忠告はしたのだが、やたら吠えるのでな」
そう答える庵の態度に反省の色など全くありはしない。
「だからって、あそこまでやる必要ねえだろうが!」
「俺の機嫌が悪い時に声を掛ける方が悪い」
「はあ?何だよそれ!」
わけわかんねえ!と声を上げる京から視線を外し、庵は窓の外へとその視線を移す。
「…まあ、先程のは痛快だったがな」
「あ?」
「お前にしては上出来だ」
訝しげにその表情を歪めた京が、やがて全てを察したように目を見開いた。
「……何で、山崎だってわかったんだ…?」
「…呪詛をやりかけた跡があった。尤も、恐ろしく粗雑で簡略化されてはいたが」
「うっ……し、仕方ねえだろ、あれぐらいしか調達できなかったんだからよ」
漸く、京は全てに合致が行った。
庵が街を徘徊していたのは山崎を探す為だったのだ。
そしてその姿が見つからず、機嫌が悪かった。
そこに真吾の事だ、「草薙さんの敵は俺の敵!」とでも突っかかっていったのだろう。
「…なんだよ、全部、俺の所為かよ」
その呟きに、庵は肯定も否定もしなかった。
そのまま二人の会話は途切れ、ホテルに着いてからも黙々とエレベーターへと向かった。
「…辛いのなら、」
二人きりのエレベーターの中、不意に庵が口を開いた。
「辛いと言えばいい」
「…別に、辛くなんかねえよ。オンナみてえに孕むわけでもねえし…」
それに、と体をずらして庵に寄り掛る。
「アイツが付けた痕、全部庵が塗り替えてくれたし」
だからもう辛くない、と視線を伏せた。
軽いベルの音と共にエレベーターが止まり、扉が開かれる。
「思ってたより気が楽なんだ」
京は自分の部屋の前でくるりと庵を振り返って笑った。
「お前が居てくれて、良かった」
「京」
「じゃ、また明日!」
庵が何かを口にするより早く、京はひらりと手を振って扉の向こうへと消えてしまった。
「……」
庵はやれやれ、と言いたげに小さな溜息を落とし、自分の部屋へと向かう。
明日は決勝大会だ。これが終われば、日本に帰れる。
二人であのマンションの一室へと帰り、そしてまた日常が始まるのだと。
そう、信じていた。

 

 

戻る