11月28日の花:サンダーソニア=祈り
京/96




「……」
水面から顔を出すように意識が覚醒する。
ぼんやりと両の目を開き、その身をゆるりと起こした。
床で寝ていた所為で体がぎしぎしと強張った感触を返す。
「……八神?」
ベッドへと視線を向けると、そこに横たわっていた筈の男の姿が無い。
ああ、目が覚めたのか。
ぼんやりとした思考でそう思う。
部屋に特に異変はない。彼がこの部屋に居ないという以外は。
起き上がっても大丈夫なのだろうか。
どこへ行ったのだろう。リビングだろうか。
それともここに自分が居る事を厭い、外へ出たのだろうか。
つい数時間前までは昏々と眠り続けていたというのに。
目覚めを知らぬように眠っていたのに。
血の暴走。
人間離れした力。
自分を呼ぶ声。
ああ、終わったのか。
大会は、戦いは、終わったのか。
「……、…」
唇が囁くように動き、けれど音を発する事無く閉じられる。
「…っ、…っ……!」
その腕が自らの胸を掻き毟り、唇は何かを求めて喘ぐ。
きつく閉じられた瞼の裏に甦るのは、八神でもなく、神楽でもなく。
その、風を纏う気高き姿。
「…ァー…ッ…」
声帯が捩じり上げられたような掠れ声を上げた。
そうだ、終わったのだ。
全て終わったのだ。
あの時、彼が恋焦がれるように伸ばしたその腕。
それが自分へ向けられる事はなかった。
彼の腕は、天上へと伸ばされていた。
その先に神が居ると信じて。
「…ッ、フ、ゥッ…」
身を屈めて額を床に擦り付け、頬を伝う筈だった涙は額を通り過ぎ、黒髪に吸い込まれていく。
終わってしまった。
全てが終わってしまった。
戻らない、戻れない。
夏が訪れるまでの、あの瞬間は。
もう終わってしまったのだ。
彼と共に、その腕の先へと逝ってしまった。
気付いていた、知っていた、わかっていた。
彼は自分と共に歩んではくれないのだと。
けれど、この感情はひたすらに叫ぶ。
恋しいと。
あの優しさが全て嘘だったと見せ付けられても。
あの温もりも全て嘘だったとこの身に刻まれても。
恋しいと、その想いが体を突き破りそうになる。
「ッァアアア…!」
どうしてこの想いも連れていってはくれなかったのか。
せめて憎む事が出来れば良かったのに。
想いだけが蟠り、ただ祈る。
彼が信じる主の元へと辿り着ければいい。
そこに彼の安息があればいい。
この祈りが、彼に届かなくとも。

 

 

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