11月30日の花:オキザリス=あなたと過ごしたい
ゲーニッツ、京/96




三つ編みにした金の髪を揺らしながら、少女は街外れの教会の裏手に廻った。
そこに建てられた一軒の家。
「あ、神父様!」
丁度その家から出て来たのは、その家の主であり、同時に教会を管理している神父だった。
「おや、ジェシカ。そんなに急ぐと転びますよ」
アルバに似た青い牧師服を纏い、黒のケープを金の装飾で留めた男が穏かな笑みを少女に向けた。
「あれ、ジェシカじゃんか」
牧師に続いて家から出て来たのは、艶やかな黒髪の青年だった。
彼も同じくアルバ風の服を纏っている。ただし、その色は青ではなく白だったが。
「キョウさま、こんにちは」
「おう。あれ?なに持ってんだ?」
「ママとクッキーを焼いたのよ。神父様とキョウさまに食べて貰いたくて」
「それはそれは。有り難く頂くとしましょう」
「サンキュ、ジェシカ」
真っ赤なリボンの掛けられた包みを青年が受け取ると同時に家の中からベルが響いた。
「私が」
家に戻ろうとした青年を手で制し、男が足早に家へと戻っていく。
「ところでジェシカ、その「キョウさま」っての、そろそろ止めねえ?俺、ただの手伝いなんだしさ」
「どうしてもダメ?」
ジェシカが悲しげな表情でキョウを見上げる。
「う……」
その視線に弱い彼は、数秒言葉に詰まった後、仕方ない、と溜息を吐いた。
「特別に許可してやる」
「ありがとう」
ジェシカはキョウの腕を引っ張り、自分の視線の高さまで彼の身を屈めさせるとその頬に軽い口付けを落とした。
「だから大好きよ、キョウさま」
「俺もジェシカが大好きだぜ」
キョウも笑ってジェシカの柔らかで幼い頬に口付ける。
「京」
すると、窓辺から先程の男が青年を呼んだ。
「あなたに電話です」
「俺に?」
「二階堂という方からです」
「紅丸から?!悪い、ジェシカ、また後でな」
「うん、またね、キョウさま」
ジェシカに手を振りながら京は慌てて家の中へと駆け込み、差し出された受話器を耳に当てた。
「紅丸?!久し振りだな!…ああ、届いたぜ。よくこの住所分かったなーって感心してたんだ。勿論出るだろ?…は?大門のオッサンが?何でまた…そりゃあ出るさ。もう一人はどうにかして…ん?」
肩を叩かれ振り向くと、男が手振りで何やら示している。
「あ、紅丸、ちょっと待ってろ」
問答無用で保留ボタンを押し、「なに?」と男を見上げる。
「メンバーが足りなのでしたら、私にその穴を埋めさせて頂けませんか?」
「へ?!」
京が素っ頓狂な声を上げると、男は一枚の封筒を取り出した。
「KOFの招待状!」
それは、京の元にも届いたものと同じ、KOF96大会への招待状だった。
中の便箋を開くと、招待状は確かに彼を指名している。
「良いのかよ、牧師さんが戦っても」
そう言いながらも京の目は期待に満ちている。
彼は朗らかに笑い、「偶には息抜きも必要でしょう」とのたまった。
「よっしゃ!…もしもし?待たせたな。ゲーニッツが一緒に出てくれるってさ!だから、ゲーニッツだって!何だよ、いいじゃん!戦える牧師だってカッコイイじゃねーかよ。なんだよ不満かよ、あー?…わかれば良いんだよわかれば。じゃあ近い内、そっち行くわ。おう、どっちにしろそろそろ一度日本に帰るつもりだったし。予定を少し早めれば良い事じゃん。おう、またな」
かちゃん、とアンティーク調のそれを戻し、京は傍らの男を見上げる。
「本当に良いのかよ」
「構いませんよ。あなたさえ良ければ」
その応えに京の表情は見る間に輝きを増し、嬉しそうに目の前の男に抱き着いた。
「まさかあんたとチーム組む日が来るなんてな」
猫が擦り寄るように甘える京を抱き寄せ、その黒髪を撫でながら男は笑う。
「楽しみですね、大会が」
彼に抱き着いていた京からは見えなかったが、その笑みはいつもの柔和なそれではなく。
「…本当に、楽しみですよ」
まるで、爬虫類を思わせる笑みだった。

 

 

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