12月1日の花:ニオイスミレ=秘密の恋 ゲニ京/96 |
その日、京は約一ヶ月ぶりに日本の地を踏んだ。 「あーなんかすっげえ久し振りの様な気がする」 「やはり空気が違いますね」 親子とも兄弟とも判断の付かない二人はそんな言葉を交わしながら空港を後にする。 「何処のホテルだっけ」 日本語は余り得意ではないゲーニッツに代わり、京がタクシーの運転手に行き先を告げた。 「夕飯はどうする?ルームサービスで適当に済ませるか?」 「そうですね…本日の所は部屋でゆっくり過ごしましょう」 「あ、そうだ、明日紅丸と会う前にさ、行きたい所あるんだけど」 「構いませんよ」 車内は穏かな会話が弾み、それはホテルに着いてからも続いた。 「うお、広え!」 部屋に入るなり京は弾んだ声を上げる。 「俺こっちのベッド!」 二台並んだベッドの内、窓際のベッドに京が飛んで勢いを付けて座った。 「お、何だこのボタン…あ、これがそこの照明なんだな」 ベッドの間に儲けられたサイドテーブルに取り付けられたボタンを無造作に押しながら京はその機能を確かめていく。 「京、ルームサービスはどうしますか」 「あ、メニュー見せて」 京はがばっと身を起こすと、横からそのメニューを見てあれやこれやと指し示す。そして京は電話をかけ終わるなりゲーニッツの隣りに腰を下ろした。 「なんか、変な感じだ。ここは日本なのに、隣りにアンタが居る」 「以前日本に滞在していた時も、同じ様な事を言ってましたね」 そうだっけ、と京は彼の腕に己の腕を絡め、擦り寄る。 「あの時は日本に居ても、教会に篭もりっぱなしだったじゃないか。けど、今度は違う。大会の間中、あちこちの国に行っても、隣りにはあんたがいるんだぜ」 「それもそうでしたね。ああ、けれど二階堂さんの前ではこういう事はしてはいけませんよ」 「わかってらー」 分かっているのかいないのか、京はゲーニッツに擦り寄ったまま間延びした応えを返す。 まるでマタタビを前にした猫の様なそのじゃれ付きにゲーニッツは微かに笑みを洩らし、京の髪に手を差し入れて額のバンダナを解いた。 すると京はぱっとゲーニッツから離れてバンダナを付け直そうとする。 「付け直さなくともよいでしょう?」 「ヤだ」 むーっと唇を尖らせて拒否する京の手を取り、付け直そうとする手を止める。 「どうせ明日までこの部屋を出る事はないのですから」 「……わかった」 ゲーニッツの言葉に尽く弱い京は渋々と付け直そうとしたそれを外し、丁寧に畳んでサイドテーブルに置いた。適当に丸めておくとゲーニッツに窘められる為だ。 「日焼け跡ねえだろうな…」 そうぼやきながら京は自らの額を撫でる。 物心付いた時には、既に京の額は覆われていた。 それは京自身の希望ではなく、祖父からきつく課せられた事だった。 決して、人前で額を晒してはならないと。 今ではその理由も分かっていたし、何より身に付ける事が当たり前となってしまった為、外しているとどうも違和感を感じてしまう。 「私は無い方が好きですよ」 ゲーニッツは京を引き寄せ、その額に唇を落とす。 「…っ!…〜〜〜っ!!」 そしてその額の中心に舌を這わせ、舌先で擽るように動かすと腕の中の京の体は面白いほどにびくびくと過剰な反応を示した。 「ヤ、メロよっ…!そこ、嫌だって…っ!」 ぎゅっと眼を閉じてそれから逃れようとする京の額に薄っすらと何かが浮かんでくる。 「何度見ても、美しい…」 漸くその行為を止めたゲーニッツが、その額に浮かんだそれを恍惚とした笑みを浮かべて見下ろす。 「ぅ〜…」 顔を真っ赤にして唸る京の額には、鮮やかな日輪が浮かんでいた。 京の学ランの背に描かれたそれと同じ印。 草薙の象徴が。 感情が昂ぶると現れるその日輪。 京はそれが余り好きではなかった。 遥か昔、草薙の直系にしばしば現れたといわれるその御印。 五百年以上も昔にそれは途絶え、以来現れる事の無かったそれを宿して生まれた京。 それは現代ではただの異端でしかなく、京は分家筋の者からは鬼子と忌み嫌われ、そしてその大いなる才能を妬まれた。 けれど、目の前の男はどうやら自分の御印が好きらしい。 よくあの手この手を使ってそれを現わせようとするし、セックスの最中は何度もそこに口付ける。 「…頼むから今みたいな不意打ちは止めてくれ…」 のぼせたように男に体を預ける京の額の日輪は既に消えかかっている。 「では、後でもう一度見せて下さいね」 京が唸り声を返すと、タイミング良くルームサービスが届いた。 |