12月7日の花:ツルウメモドキ=真実
紅丸、京/96




その日のホテルはそれほど広い部屋ではなかったが一人一室与えられた。
京の事だ、恐らくゲーニッツの部屋に居座るのだろう。
それを見越して紅丸が夕食の後、部屋に居る様告げると、やはり彼はゲーニッツの部屋に行くつもりだったらしく、不満気な顔をした。
紅丸が部屋に訪れた時もそれは変わらず、ベッドに勢いよく座りスプリングに悲鳴を上げさせた。
「で、何だよ話って」
「ゲーニッツの事なんだけどね」
途端、京の表情は一層不機嫌そうなものへと変わる。
「何だよ、ゲーニッツが大将じゃ気に入らねえってのかよ」
「そうじゃないよ。順番は京ちゃんの好きにして良いって前にも言ったでしょう?」
「じゃあ何だよ」
拗ねたように睨み上げる視線の奥に、早く彼の元へと行きたいと言わんばかりの色がちらちらと見え隠れしている。
「あの男、良くない感じがする」
「はあ?何だよそれ」
「京ちゃんが彼を気に入ってるのは知ってるけど、余り信用しない方がいい」
下らない、と京は吐き捨てるように呟いて立ち上る。
「京ちゃん、聞いて」
部屋を出ていこうとする京の腕に手を掛けると、その腕は乱雑に振られて逃れていく。
「京」
それでも今一度その腕を捕らえると、苛立った声が紅丸を睨んだ。
「何だよっ」
「あの男はきっと京を裏切る。お前が傷付く姿なんて見たくないんだ」
すると先程より乱暴にその手を振りほどかれ、紅丸が僅かに声を荒げた。
「京っ」
「わかってんだよっ、そんな事!」
再三伸ばされた紅丸の手が止まる。
「何となく感じるんだ。首の後ろの辺りがゴソゴソして、あいつが何なのか頭ン中に浮かぶんだ」
けど、と視線を伏せ、ぎゅっとその拳を握り締める。
「あいつ、俺の事が大切だって言うんだ。嘘だとか本当だとか、そんな事じゃなくて、ゲーニッツがそう言って笑ってくれるならそれで良いんだ。それが俺のホントウなんだよッ」
「京…」
「紅丸、お前には心配や迷惑掛けて悪いと思ってる。でも俺はあいつと一緒に居たいんだよッ」
悪い、そう低く告げて京は部屋を出ていった。
「京…」
紅丸は京の出ていった扉をじっと見詰め、そして大きな溜息を吐いた。
草薙京という男は本当に我侭で自分勝手で子供じみていて、彼じゃなかったら絶対にお近付きになりたくないタイプだ。
けれど自分はこんなに気に掛けてしまう。心配してしまう。
彼の笑った顔が、とても好きだから。
彼が自分の名を呼んで笑ってくれるだけで、どれだけ心が温かくなるのか知っている。
子供の様に甘えてくる仕種が、どれほど愛らしいか。
どんなワガママも許せてしまうほど、愛しいと思ってしまう。
きっと彼自身も同じなのだろう。
あの男が自分に笑いかけてくれるのが嬉しくて、全てを許してしまう。
例えそれが、近しい未来に起こるだろう裏切りであったとしても。
「…京ッ…」
居た堪れなくなり、紅丸は己の両手で顔を覆い俯く。
ならばせめて、少しでも長くそれが続けば良い。
そこに彼の安らぎがあるのなら、少しでも、長く。
ああ、せめて。
やがて訪れる真実が、彼にとって優しいものであれば良い。

 

 

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