12月8日の花:ワラビ=不変の愛
クリス、社/97




「主様」
おお、――や、よう参った。近う、近うよりや。
「今宵は人の形をしておいでですね」
おまえはこの姿のわたしを一番好んでおろう?
おまえの喜ぶ顔が何より好ましい。
そのためならば人の形など幾らでもとってみせようぞ。
「勿体無きお言葉に存じまする」
さあ、ここへ来や。わたしのかわいい御子や。
愛いおまえに褒美をやろう。
わたしの司る力の一つ、炎を繰る力をおまえたちに授けよう。
そしてそれに見合う氏を…そうさな、「草薙」を冠すがよい。
「主様、それは真に御座りまするか」
おお、おお、真よ。わたしがおまえに嘘を申した事があったかえ?
「いいえ、御座いませぬ。ですが、わたくしどもがその様な力を授かるなど畏れ多い事…」
おまえたちは人の中に降りたとはいえ、わたしと同じ神属。恐縮する事ではないよ。
何よりおまえたちはわたしによく尽くしてくれておる。
その褒美よ。受け取っておくれや。
「ありがとう存じます。弟もさぞ喜ぶ事でしょう」



「……」
少年は目が覚めてもそのままぼんやりと天井を見上げていた。
まだあどけなさの残る顔をした、中性的なその少年はぼうっと先ほどまでの出来事を反芻してみる。
ああ、またあの夢か。
扉の開く音がして少年は視線をそちらへと向ける。
「お、目が覚めたか、クリス」
入って来たのは首にハートのチョーカーを巻いた大柄な男だ。
「社、僕はどれくらい眠ってたの?」
クリスと呼ばれた少年がむくりと身を起こして問うと、社と呼ばれた男はぴっと人差し指を立てて示した。
「丸一日。試合が無くて助かったぜ」
彼が隣りのベッドに腰掛けるとスプリングが盛大に悲鳴を上げる。
「またあの夢を見たよ。僕たちのカミサマの記憶」
大会が進んでいく毎に頻繁に見るようになった夢。
「今度のはシアワセそうだった。炎と「草薙」の名を授けた頃の記憶」
「で、どうだ?」
「やっぱり、よく似てるよ。どの神より寵愛されたくせに愚かにも八咫に唆された彼と草薙京は」
「奇稲田の事は?」
クリスはふるふると首を横に振る。
「わからない。やっぱり彼の恋人の十握ユキが奇稲田比売の生まれ変わりなんだと思うけど…何かが違う気がする」
そして彼は「ああ」と溜息の様に呟いた。
「残念だなあ」
「何がだよ」
「だって、オロチが目覚めた時、自分を裏切った御子にそっくりな彼を見たらどんな反応をするのか僕は見れないんだもん」
あーあ、とクリスは再びベッドにごろりと横になる。
「何か面白い事ないかなあ〜」
「ネタが無い事はないぜ」
「何?」
これだ、と彼が広げた掌の上には、蜂蜜色をした琥珀が一つ。
社が常に持ち歩き、掌の上で転がしているそれだ。
「それがどうかしたの?」
「もう一つのヤツ、草薙に燃やされちまった」
気に入っていた琥珀を燃やされた割には彼の表情は楽しそうだ。
「あのトンボが閉じ込められてるやつ?」
「おお。あれ、元々は草薙のもんだったらしいぜ」
「ふーん?」
クリスはシーツを跳ね上げて身を起こし、ベッドに腰掛ける。
「暇潰しには丁度いいかもね。その話、聞かせてよ」
草薙をイジメるネタはちゃんと仕入れておかないと。
クリスはにっこりと天使の様な笑顔を浮かべた。

 

 

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