12月25日の花:コチョウラン=厳粛な美しさ K’、京/98 |
同じだと思っていた。 彼から移殖されたこの能力。 右の拳に宿る赤い炎。 どこか廃れた様なそれ。 こんな薄汚れた炎を繰る人間なんて、碌なヤツじゃない。 そう思っていた。 「これが、『草薙京』…」 なんだ、普通の人間じゃないか。 K’はそれをこれといった感慨もなく見下ろす。 カプセルの分厚いガラス越しに横たわる青年。 惜しげもなく晒されているその裸体には生命維持やデータ採取、薬物投与など様々の様との意図を持った無数のコードやチューブが貼りつき横切っている。まるでそれらが彼の纏うものであるかのように。 微かに右腕が疼く。 けれどそれ以外に異変はない。 K’は何処か落胆したように息を一つ吐いた。 神だの天を焼いただのと研究者たちが心酔している「オリジナル」がどんなものなのかと思ったら。 こんなものか。 口の中で微かに呟く。 わざわざ相棒がシステムに細工をしてまで忍び込む価値は無かったらしい。 まあ、尤も。 K’は赤のカスタムグローブに包まれた己の右腕を見下ろす。 こんな薄汚れた炎のオリジナルの価値など、考えるまでも無かったのかもしれない。 「……」 研究者たちに見つからない内にここから出なければ。 K’がその部屋を出ようとした瞬間、それは起こった。 どくん、と右の拳が脈打った。 「?!」 背を向けた筈のカプセルへと視線を戻す。 その先で、ぴくりと彼の瞼が僅かに痙攣した。 ゆっくりと瞼が持ち上がり、黒曜石より深い黒の瞳が姿を現わした瞬間、K’の全身を電流の様なものが貫いた。 「ッ…!」 そしてそれは右腕へと向かい、火花を放たないのが不思議なほどその右手はがなり立てるが如く激痛を伴った痺れを与えてくる。 彼が、ふとこちらを見た。 「!」 右腕の「叫び」が一層激しくなる。 それは右腕から徐々に体を侵蝕し、けれど痛みではなく喜びを示す甘噛みの様で。 徐に彼の右腕が持ち上がり、ぺたりとそのガラスに手を付く。 その感情の伺えない視線はK’に向けたまま。 その漆黒の視線からこの痺れが送り込まれているような錯覚。 突然、計器が悲鳴の様な警報を鳴らし、K’ははっとする。 彼のガラスに張り付いた掌。 そこを中心にガラスが赤味を帯び始めている。 彼の掌が、人には有り得ない高熱を発している。 そう気付いた頃には遅く、どろりとそれが溶け落ちて数秒も経たない内にカプセルには大きな穴が空いた。 途端に熱気が全身を撫で、包み込むように纏わりつく。 緩やかに身を起こす彼。 K’には、そして恐らく彼にも警報の悲鳴は届かない。 徐に彼が身を起こすとそれに伴ってふわりと空気が揺れた。 ゆらりと仄かな陽炎が彼の身を包んでいる。 それは厳かな色を纏った、まさに神々しいと言えるそれ。 彼は柔らかな微笑みを浮かべ、その両腕をこちらに伸ばした。 おいで、と言うように。 「……」 彼の性別すら曖昧にさせるその慈愛に満ちた微笑み。 まるで泣く子をあやすようなそれ。 K’は操られたように右腕を持ち上げる。 彼ニ触レタイ。 彼ヲカキ抱キタイ。 彼ノナカに入リタイ。 彼ヘト還リタイ。 伸ばした腕が彼へと届いた瞬間、柔らかな炎がそこから立ち昇った。 目も眩むほどの、鮮やかな赤。 K’は目を見開いた。 違う。 自分の知る炎と、全く違う。 こんなに鮮やかで透明な炎、知らない。 これが、彼の炎だと言うのか。 では自分の炎は。 あの薄汚れたような炎の色は。 「?!」 パス、と空気の抜けるような音と共に首筋に痛みが走る。 振り返るとそこには研究員たちが慌てて計器を操作したりと慌ただしく動き回っていた。 そして目の前の男の手には、銃を模した即効性睡眠薬の仕込まれた注射器。 「クッ…」 ぐらりと視界が揺れる。 歪んだ視界の中、彼も同じ様に首筋に薬を打ち込まれ、崩れ落ちるのを見た。 あの神々しいまでの炎も陽炎も、全てその形を潜めてしまう。 意識が途切れる直前、K’は悟った。 ああ、彼の炎はあんなにも美しいのか。 ではこの炎が薄汚れているのは。 俺自身の、色だったんだ。 |