12月30日の花:イトスギ=死
庵京、紅丸/??




電話を掛けて来た数日後、二階堂は直接庵のマンションにやって来た。
「何の用だ」
『京はそこにいるのか?』
インターフォン越しに成される会話。
「居る。いつも通りダラダラとゲームをしているが?」
寝起きだという事もあり、庵は気だるげに答える。
『静さんからまた連絡があったんだ。そいつ、学校だけじゃなくバイトも休んでんだとさ。店から電話かかって来たんだと。昨日が給料日だったから、辞めるんなら辞めるでそれだけでも取りに来いってさ』
「伝えて置こう」
受話器を置こうとする庵を紅丸の声が止める。
「何だ」
『あんたに任せておくといつまで経っても行かなそうだからな。今、連れていく』
「少し待て。…京」
相変わらずゲームをしている京に声を掛けると「あー?」と気の無い声が返ってくる。
視線は相変わらずテレビ画面に向けられたままだ。
「二階堂がお前を連れ出したいそうだが?」
「えー?ヤだよ面倒臭え」
「…面倒だそうだ」
『ああもう埒があかないね。ドア、開けろよ。引っ張ってくから』
「わかった」
パネルを操作し、マンションの扉を開けてやる。
そして受話器を置き、再び京へと声を掛けた。
「二階堂が来るそうだ」
「げっ、最悪。お前も開けんなよ」
いつかの様にコントローラーを放り出す京。
どうやらまた全滅したらしい。
やがて二人の間に電子ベルの音が割り込む。
「来たようだ」
踵を返して玄関へと向かった。
扉を開けると、紅丸は驚いたように目を見開いた。
「お前っ、なんて格好してんだよ…!」
紅丸の驚愕の声に庵は訝しむ。
「何がだ」
庵の服装は白のシャツに黒のズボン。至ってシンプルだ。
これといって妙な格好をしているつもりは無いのだが。
「何って、その血は何だよ!」
「血?」
更に意味が分からない。
自分の体を見下ろしてみても、己の髪以外に赤は見当たらない。
この男は何を言っているのか。
「京は!京はどうしてるんだ!」
「あれならリビングに居るが」
押し退けようとする腕を払い、勝手に入れといわんばかりに道を開ける。
紅丸は靴を脱ぐのももどかしそうに脱ぎ、足早に短い廊下を突き進む。
そして、リビングとの境で彼は呆然と立ち尽くした。
「何をしている」
声を掛けられても気付いていない様だ。
「…きょう…」
その唇が京の名を紡ぎ、彼はその場に崩れ落ちるように膝を付いた。
「二階堂?」
「…お、まえが……やったのか…」
「?何がだ」
「お前が京を殺したのか!!」
一瞬、庵は何を言われたのか理解する事が出来なかった。
お前が京を殺したのか?
「何を言っている。京ならそこに居るではないか」
紅丸を追い抜き、リビングへと足を踏み入れる。
指し示す指の先には、こちらを見ている京が居た。
「紅丸、どうしたんだ?」
「わからん。突然こうなった」
「八神…お前、誰と話してるんだ…?」
ふらりと立ち上った紅丸の問い掛けに、庵は呆れたような目で彼を見る。
「目がおかしくなったのか?二階堂。京しかいないだろう」
「おかしくなってんのはお前だよ八神!いつからだ!いつからこんな…!!お前が殺したのか?!どう…っ!!」
錯乱したような紅丸の喚き声が不意に止んだ。
「…っ…!!」
彼は一点を凝視したままふらりと後ずさり、壁にぶつかるなり再びずるずると崩れ落ちる。
震える手が、その口元を覆う。
「?」
紅丸が凝視しているそこへと庵も視線を向けてみる。
リビングから繋がっているキッチン。その床に、紅丸の視線は釘付けになっていた。
ここ数日まともに使っていないキッチンは殺風景さを醸し出しているだけだ。
けれど紅丸はこんな下らない冗談を行なう性格ではない。
「京」
京を見ると、彼は「ん?」と小首を傾げて庵を見てくる。
「お前か」
すると彼はひょいと肩を竦めてそれを肯定した。
「何をした」
「俺が死んでも庵がそれに気付かない様にっていうおまじない」
京が死んだと庵に気付かせない為の、呪。
「では、お前は死んだのか」
「んー、まあ、そういう事」
以前の京だったら片付ける事の無かったゲーム機。最近はちゃんと片付けられていた。
誰も使って無いのだから。
付けっぱなしにされていたテレビ。京が席を外す時はきちんと消されていた。
初めから付いてなど居なかった。
ゲームをやりながらつまんでいた菓子類。時折零していたくせに床は綺麗だった。
菓子などありはしなかった。
ずっと同じ場面を繰り返すゲーム。
それが庵が見た最後の「ゲームをやる京の姿」だったから。
「……ああ…」
そうだ、思い出した。
あの日も、京はこの部屋に居た。
そしてゲームをして、勝手に冷蔵庫を漁って。
そうやって、庵を見張っていた。
血が暴走しかかっていた庵を止める為に。
だが、その京が死んだという事は、恐らく止められなかったのだろう。
だから京の術が発動した。
「何故そんな術を掛けた」
「だって庵、俺が死んだって知ったら後追って死ぬだろ。俺、庵に死んで欲しくなかったし」
「自惚れたものだな」
へへっと京が笑う。
「事実だろ?」
庵はふと視線を伏せ、そしてぐるりと室内を見廻す。
やはり紅丸が言うような京の死体を見出す事は出来ない。
血の臭いも、死臭も、何も。
「……そうか」
その視線はキッチンヘと向けられる。
ずっとビールだけの冷蔵庫。
誰も冷蔵庫を開けなかったから、増えなければ減りもしない。
そう、誰も。
けれど、庵は確かに空腹を感じる度に何かを口にしていた。
「お前か」
そして己の喉元に指を立て、
「全て、お前の望んだままになるというわけか」
その唇に笑みを浮かべたまま、庵は己の喉笛を掻き切った。

 

 

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