月下美人



いつからだったか、カッツェは自室に入り浸るようになった。別に自分の部屋なのだから気にはならなかった。だが、他人を入れるのも嫌がるようになった。何かしらの用事で彼を部屋まで呼びに行くと、彼は今までとは違い部屋の中を覗かれる事自体を避けるかのように素早く部屋から出てドアを閉めてしまう。
訳を聞いても
「今、部屋散らかってるんだ。恥ずかしいから見られたくないんだよ、ゴメンね」
と、この一点張りだ。ならば、誰か掃除婦でも連れてこようかと言えば
「あのさ…人には見られたくない持ち物とか、誰にでもあるでしょ?」
とこう来る。
暫くの内はそれで納得していたが、どうやら姉であるナナミにすら部屋に入れないのだと言う。
どう考えてもおかしかった。
彼はつい最近までナナミと同じ部屋で寝起きしていた。その時まではナナミ曰くカッツェの持ち物は全て自分と一緒に買いに行っているのだそうだ。だから見られて困るような物はない筈だと。
ナナミが彼の側にいない時でも普段から誰かしらが彼の側にいるのだ。元々隠し事を殆どせず、オープンな性格のカッツェに見られて困るような物など無かった筈だ。
一体いつから……?


「ねえ!フリックさん!!」
甲高い声に強く呼ばれてはっとする。目の前に座っている少女が大きな溜息を吐く。
「もう!さっきから呼んでるのにボーッとしちゃって!」
「ああ…すまん、ナナミ」
「もう…」
カフェテラスの隅に座っている二人は、それ以上何も言わず目の前にある紅茶を飲む。
少し冷めてしまったようだ。
「ねえ…」
沈黙を破ったのはナナミの方だった。
「…あの子の事、考えてたの?」
「…ああ…」
フリックは残り僅かになった中身を飲み干すと、カップのそこを見詰めたまま目の前に座っている少女の名を呼ぶ。
「何?」
「…あいつがそうなったのがいつからか分かるか?」
「ええ〜っと……う〜ん……」
ナナミは暫く唸っていたが「そうよ!」と手を叩く。
「半月くらい前からよ!」
ナナミはまるで何かに勝ったように叫びながら拳をぐっと握ると、他の客達が何だ何だとこちらに注目してくる。ナナミははっとして赤くなった。
「ご、ごめんなさ〜い…」
小さく回りにお辞儀をしてナナミは小さくなる。だが、最も近くに居た筈のフリックだけは真顔で何か考え込んでいた。
「……あの、怒ってる?」
真顔で黙り込んでいるのは自分の所為だと思ったらしい。フリックは表情を和らげて、「いや」と答える。
「半月前と言えばルカとの最後の戦いがあった頃だな」
「そう、それなのよ。ルカとの戦いが終って二、三日した頃からあの子、私ですら部屋に入れてくれなくなって…」
「………」
突然、フリックが席を立つ。ナナミが見上げると
「カッツェの所に行ってくる」
と、踵を返す。
「フリックさん!」
心配そうなナナミに「大丈夫だから」と言い残してフリックはその場を立ち去った。



「カッツェ〜?居るか?」
コンコンと軽く木製のドアと叩きながらフリックは中に居るであろう少年に問い掛ける。そして予想通りに「ちょっと待って」と部屋の中から声が聞えてくる。
「開けるぞ」
ドアを開けようとすると、室内の少年はばたばたと慌てて出てくる。相変わらずドアはさっさと閉めてしまい室内の様子を窺う事は出来ない。
「な、何?フリックさん」
いつもと同じ笑顔でカッツェは自分を見上げてくる。
「…お前、怪我してるのか?」
「え…」
カッツェの顔が微かに強張る。フリックは気付いてしまった。部屋から微かに流れ出た空気は血の匂いがした事に。
「別に、大した傷じゃないから…」
どこかたどたどしく答える少年の全身をフリックは見る。だが、ぱっと見、怪我がある様には見えない。
(…いや、違う…)
一個所だけカッツェが隠している個所があった。先程からカッツェは左手を後ろへ回している。普段なら何とも思わないそれも、今は不信を抱くのに十分だった。
「痛!!」
フリックがその左手を引っ掴んだのだ。その左手首には白い包帯が適当にぐるぐる巻きにされていた。先程出てくるのが遅かったのはこれを巻いていた所為だろう。
「これはどうしたんだ?」
カッツェは視線を床に落として答えない。
フリックは一つ溜息を吐くと彼を肩に担ぎ上げると、そのドアを開ける。
「ちょ、待って!だめ!!入らないで!!」
カッツェが肩の上で暴れるが無視して室内へと進んだ。
特に散らかっているわけでもない。むしろ綺麗な方だ。
だが、室内は血の匂いが充満していた。そして窓辺には異様なほどの存在感を纏う大きな鉢植えがあった。直径1メートルはあるであろう鉢にこれまた大きな、カッツェの背丈ほどある植物が大きな蕾を垂らし、その土に根を張っていた。
「…これは…月下美人、か…?」
確かにこの植物は月下美人だった。だが、これ位まで大きくなるのには何年もかかると誰かが言っていた。そして、その一抱えもある蕾の色は白か淡いピンクだと。
だが、この目の前の蕾は毒々しいほどの紅を放っている。
「お前…水じゃなく、自分の血を与えていたのか?」
根元の土は血の匂いが酷く、赤黒く湿っている。
「あ〜あ、内緒にしてたのに」
いやに明るい声色のカッツェを不審に思ったフリックが少年を振り返ると、そこにはいつもと同じ無邪気な顔があった。
「この花はね、ルカと僕の子供なんだよ」
フリックは言われた言葉を理解するのに暫しの時間を要した。
「…何だって?」
「月下美人ってルカの事みたいだよね。だからこの花にしたんだ。ルカもきっと喜んでくれてるよね!」
「何を…」
ふと、フリックは血臭の他に何か別の匂いがするのに気付いた。
何処かでかいだ事のある匂い。

(…墓場…だ…)

それは、何かが腐ったような…

「まさか!!」
フリックはその手が血塗られた土で汚れるのにも構わずにその根元を掘り下げる。
「フリックさん?!やめてよ!!」
カッツェはフリックの突然の行動に驚き止めようとする。
だが、もう遅かった。
「!!!」

掘れば掘るほど強くなる腐敗臭。
ぐちゅ、と指先に当ったそれは。
やわらかく、崩れ落ちそうなそれは

「ルカに触らないでぇ!!!」

驚愕の余り立ち尽くしたフリックをカッツェは思い切り突き飛ばす。フリックは僅かに蹈鞴を踏んだだけだったが、彼はその場で呆然と立ち竦み、目の前の事実に打ちのめされていた。
「ルカ!ルカ!!大丈夫?!」
カッツェは泣きそうな声で荒らされた土を直し、その植物を愛しげに見上げる。
「もう大丈夫だからね、ちゃんと直してあげたから」
フリックのした事を彼は怒ってはいなかった。否、既に忘れていた。
今の少年にとって、この花が少年の全てなのだ。花さえ無事ならカッツェはフリックの事などどうだってよかったのだ。
「……お前…あの男と…ルカと、どういう関係だったんだ……」
フリックは禁句の扉を開くかのようにカッツェに尋ねる。
問われた少年は「え〜?」と首を傾げる。
「そういや、僕とルカってどういう関係だったんだろ?」
暫く考えて「そうだ!」といつぞやのナナミと同じ様にフリックを指差す。
「あのね、よくわかんないけど、前ルカと話した事がある!!」
血と肉の腐った匂いが満ちた空間で少年は鮮やかに笑う。

「僕はルカがいれば幸せで、ルカも僕がいれば幸せだって!!」








(END)

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あああああ!!!まったわっけわっからん話作りよってこんボケがーー!!!
何で俺の話ってみんな暗いねん!!明るく行こうや!ハッピーに行こうや!さわやかに行こうや!!!
……さわやかなルカ主……?それもちょっといやかも……
(2000/05/11/高槻桂)



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