柔らかな雷鳴
私はお役に立てませんでしたか?
私は足手まといでしたか?
私を連れ出した事、後悔しておいでですか?
それでも、私は……
「大将、緊急会議らしいっすよ」
ノックも無しに部屋へやって来たのはエース。
「…そうか」
だがそれに馴れているゲドは短い応えを返して立ち上った。
広間に向かうと既に人は集まっていた。
ゲドが入って来てすぐにヒューゴも入って来て、詳しい話が語られる。
やがてセシルに付添われてフランツが入って来た。
「…だが、今迂闊に軍を動かすわけには…」
助けを求めるフランツに、今は軍隊を動かすわけには行かないと、だが、それでも何とか策は無いかと考え込むシーザーにゲドは名乗り出た。
「俺が行こう」
「で、ルビーク行くのは良いんだけど…」
辺り一面草原の地を歩みながらクイーンは肩を竦めた。
目の前どころか後ろにも広がるはヤザ平原。本日も洗濯が良く乾きそうな晴れ模様。
「この天気は何だろうね」
だが、何故かヤザ平原の遥か南では頻繁に落雷が起こっているようだ。雷曇所か普通の雲一つ無い筈の空に流れる、細い稲妻がここからでも見える。
「誰かが魔法ぶっ放してんじゃねえのか?」
だが、魔法のものならば瞬間的なものだ。少なくとも遠くに見える稲妻は城を出てからずっとぱしんぱしんと落ちている。
「じゃが、山火事が起きぬという事はやはり魔法ではないのか?」
「精霊たちが騒いでる。魔法に近いけど、魔法じゃないし、自然でもないみたいだ」
「どっちにしろ、そんなんで通れるのかね?」
それぞれが考察を出す中、ゲドがぽつりと呟いた。
「…心当たりは、ある」
それ以上は言おうとしないゲドに、仲間たちは首を傾げた。
そして暫く歩き続けると、いよいよ雷が近くなっていく。
比較的小さな落雷ばかりだが、何にせよ煩い事この上ない。
「あら…あんな所に子供が居るわ」
クイーンの言葉に一同の視線がそちらへ向かう。
確かにそこにはやけに軽装の、ワンピース姿の少女が何やら空に向かって叫びながら歩いている。
「お、本当だ。よくあんな落雷の中心歩けるな」
「……あの子が雷、起こしてる…」
時折響く轟音の中、ぼそりと呟かれたジャックの言葉にゲドを覗く全員の視線がジャックに向かい、そして再び少女へと向けられた。
――…さまぁぁぁ!!!
近付いていくに連れ、少女の声が聞えるようになっていく。
少女は泣きじゃくりながら何かを叫び、一行の前を横切っていく。
「ゲドさまのバカぁぁぁ!!」
漸く聞き取れた内容に、一同の視線が今度はゲドへと集中した。
「ゲドさまのあんぽんたぁぁぁんんん!!!」
本人と思われる人物、すぐ近くに居らっしゃいますが。
「……なんか、大将の名前喚き散らしてんすけど」
「!」
エースの声が聞えたのか(だとしたら恐ろしいほどの地獄耳だ)偶然か、少女がこちらに気付いた。
途端、雷が止んで空はいつもの快晴へと戻る。
「ゲドさまぁぁぁぁ!!!!」
少女はぼろぼろと涙を流しながらこちらへと駆け寄って来ると、真っ直ぐにゲドの胸へと飛び込んだ。
「やっと見つけたぁぁぁ」
更に泣きじゃくる少女をゲドは相変わらずの無表情で受け止め、その髪を撫でてやる。
よく見ると少女は薄手のワンピース一枚で、靴すら履いていない。
「なんであんなことしたんですかぁ…!」
「……」
答えないゲドに少女は体を離し、止まらない涙を流したままゲドを見上げる。
「わたし、お役に立てませんでしたか?足手まといでしたか…?」
「…そうじゃない」
「では、わたしの存在が…重荷でしたか…?」
「……」
何も言わないゲドに、少女はそうですか、と項垂れた。
「だったら、どうして何も言ってくれなかったんですか…どうして突然あんな事…!」
ぐっと少女は拳を握り締め、顔を上げるとゲドを睨み付けた。
「一言言って下されば私は貴方に従います。ですが、何も言わずにあんな事しないで下さいっ!私はゲドさまに従い、ゲドさまを愛しているんです!「私たち」はそういう存在なのです!主様が居る限り、主様が全てなんです!」
「……すまない」
すると少女はその勢いを収め、まだ哀しげに項垂れてしまった。
「……私は、まだ、ゲドさまに必要とされていますか…?」
「ああ」
「だったら…どうして、迎えに来てくれなかったんですか…」
「……」
黙り込んだゲドに、はっとしたように少女が顔を上げた。
「まさか…封印解けば自分の目の前に現れるだろうと思ったら現れなかったからこりゃ消えた場所に出たか?とか思って、だけどこっちから探しに行ってすれ違いになっても困るし、私ならゲドさまの気配が分かるから放っておけばその内来るだろう…そういう事ですか?」
「……」
すい、とゲドの視線が有らぬ方向へ逸らされる。
それを見た途端、少女はわなわなと振るえ、再び絶叫していた。
「ゲドさまのバカぁぁぁ!!!!私は常に本体と一緒に居るわけじゃないし、長い間離れてると本体との力の繋がりが薄れて大体の方角しか分からなくなるんです!!お陰でカレリアからビネ・デル・ゼクセまで行ったりアルム平原何報復したりする羽目になったんですからぁぁ!!」
「すまん」
「……はあ、もういいです…誓約、し直しますね…力、完全に使えていませんでしょう?」
「ああ、頼む」
そしてゲドは今まで完全に蚊帳の外にされていた部下達を振り返ると、「下がっていろ」と告げた。
「へ?はあ…」
「…説明は後でする」
エース達が十歩ほど離れるとゲドは少女と向き合い、そしてその少女の前に片膝を付いた。
「た、大将が他人に膝を…!」
「煩いよ。聞えないだろう?」
色んな意味でショックを受けているエースにクイーンが叱咤する。
だが、既に二人にはその声は届いていない様だ。
跪いたゲドの前に立った少女はすっと表情を無くし、右手をそっとゲドの額に当てた。
――我が主であり、我が僕である我が魂の伴侶よ。時の流れに薄れし我と汝の絆を取り戻し、我が力、再び汝に与えん…
少女の朗々と紡がれる言葉と共に、次第にゲドの額に当てられた手と、少女の額が淡く光り出す。
――我欲するならば、我が座所を守り、決して傷付ける事勿れ。決して他者に奪われる事無く、我を守り給え。さすれば汝、永久の営みと我が力、手に入れん…
「ねえ、あれ」
その光景を息を飲んで見詰めていたエースにクイーンの潜めた声がかかる。
「あの額に浮かんでるの、紋章よね」
「ああ…ありゃ大将の真なる…」
――世界を造りし我が力、汝を主と認め、僕と認め、魂の伴侶と認め、ここに再び全ての解放を齎さん!
「うわっ!」
光が一気に増し、エース達は堪らず腕で己の目元を覆った。
「……終ったのか?」
そしてアイラの呟くような声に、他の面々もそっと腕を下ろし、瞼を開けた。
そこには既に立ち上っているゲドの姿と、ぐったりとゲドの腕に体を預けている少女の姿があった。
「はい、私は真なる雷の紋章と呼ばれる存在です。因みにゲドさまにはという名を頂きました!」
あれからすぐ目を覚ました少女はそう言ってにっこりと笑った。
一行はアルム平原を抜け、カラヤの村跡を通り過ぎ、もうすぐ山道へと差し掛かろうとしている頃だ。
「じゃあ、聞いても良い?この世界を作ったのが真の紋章だっていうのは本当?」
クイーンの問いに、少女はうーん、と首を傾げた。
「多分そうなんだと思います」
「多分?」
「はい。大地と空は盾と剣から出来ました。私たちは既に出来上った世界へと落ちて、その時始めて意志を持ちました。だから盾と剣、または「闇」自身なら答えてくれるでしょうが、私たちは盾と剣から離れる前はよくわかりません」
「じゃあ、何故継承者は不老なんだい?」
「私たちは一度主様を選んでしまえば、その人を御慕いします。御慕いする方とたったの百年弱でお別れなんてしたくありませんから、私たちを宿している間は老いは訪れません」
「なら、何で不老不死じゃなくて不老だけなんだ?」
割って入ったエースの問いに、はまたしても首を傾げた。
「不死って何ですか?死なない事、と言えば簡単かもしれませんが、そもそもその定義は何ですか?例えば不死の人がいて、戦いで首を落されてしまいまっても不死なので首を落されて血がどれだけ流れてもその人は死にません。でも頭脳が無ければ体は動きません。頭も頭だけでは動けません。誰かが首と胴体をくっつけてくれるまでそのままです。例えくっついても神経までは繋がりませんからどちらにしろ動けません。不死とは千切れた腕を元どおりにくっつけたりとかまた生えてきたりとか、そんな異常な回復力を齎すものではありません。ただ、純粋に死なないだけです。だから、例え首を胴を離された人がそのまま放っておかれて、モンスターに食われてもその人の意識はあります。ですが、その意識とは何ですか?肉だけ食われてしまったら、骨と肉、どちらに意識は残るのですか?…ね?わからないでしょう?不老は老化を止めれば良い事ですが、不死とは定義が曖昧な、人が創り出した妄想に過ぎません。だから私たちは不老しか与えられないんです」
分かったのか分かって無いのか、取り敢えず相槌を打つエースに続き、再びクイーンが問い掛ける。
「みたいに人の形をしている紋章は居るのかい?」
「今の所、私だけです。私は兄弟の中でも特に気性が荒いのでこうして器から出ている事で暴発を防いでいるんです。ゲドさまは私の主様であり、僕であり、魂の伴侶です。だから私より大切に想う人が近くに居たりすると、ついうっかり暴発させちゃうんですよね〜」
アハハ、と笑い事レベルらしいとは対照的に、エースとジョーカーは「オイオイ」と表情を引き攣らせる。
「さりげに笑顔で恐ろしい事を言われた気がするんだけどよ…」
「わしはまだ長生きしたいんじゃが…」
「大丈夫、私は人型で過ごして来たお陰で他の兄弟よりは自制心があるんです!火や水もそれなりに大丈夫ですけど、生と死を司る紋章には気を付けて下さいね」
「生と死を司る紋章?」
「ええ、ソウルイーターとも呼ばれているみたいですけど、あの子が一番嫉妬深いんです。そもそも性質が魂を喰らう事で力を増す紋章ですから、あの子の主様と何年か一緒に居ると魂吸われて死んじゃいます。あの子にとって、主様に近付く人間は自分から主様を奪う敵でしかないんです。あ、でもあの子を責めちゃ駄目ですからね。あの子はそういう存在なんです。それが当たり前の事なんです。人間が呼吸をするのと同じ事なんです。私たち紋章は、それぞれの性質の元、主様に使えます。だから、普通の人並みの幸せを送りたいのだったら宿しては行けませんし、宿してしまった後なら何処かに封じるべきなのです。但し、例えその結果、他の誰かがその紋章を手にしてどうしようと、近しい人に被害が及ぼうと、全てを無視する覚悟して頂かねばなりません。それが、本人の意思はどうであれ、私たちと関りを持ってしまった人の業なのですから」
「紋章が継承者を選ぶんなら、その反対は出来ないのかい?」
「できません。先程も申しました通り、私たちは一度主様を選んでしまえばその方が全てです。離れたいなどとは、欠片も思いません。…ところでみなさま」
「うん?」
は足を止め、にっこりと笑顔で。
「モンスターが何頭か近付いて来ています」
向けた視線の先にはフライリザードが三体。
「申し訳ないのですが、私は戦えないんですよ」
と言う事では少し離れた所でゲドたちの応援へと回った。
フライリザード最後の一頭を倒すとすぐさま少女はゲドの傍らに駆けよって来た。
「ゲドさま、お疲れ様です。あとみなさまもお疲れ様です」
「は雷の魔法でどかーんとかできねえのか?」
エースの問いに、は出来ないです、とさらりと告げた。
「主様が居る間は、全ての力を主様に委ねます。だから私たちが自分の意志で力を使えるのは継承者がいない時だけです。まあ、私たち自身が自分で力を使おうと思う事は殆ど無いんですけどね」
「じゃああの時雷が落ちてたのは何なんだ?」
「あれは私が落そうと思って落してたものでは無くて、私の感情で力が暴走しただけです」
「ふーん?」
そんなこんなでツインスネークもサクサクと倒し、一行はルビークへ。
が、着いたと思ったら人が〜イクが〜儀式が〜と言う事で今度はセナイ山へ。(超手抜き)
「…そう言えば、ワイアット様、逝ってしまわれたのですね」
薄暗い洞窟を進みながら、突然がそう呟いた。
「……ああ…」
「水の、悲鳴が聞えました…主様を失って、とても哀しんでいました。私たちは、新しい主様が居ればその方に従いますし、その方を愛します。けれど…やはり、主様を失う事は、哀しいです。…ゲドさま」
「ああ」
「……」
は昔と変わらず自分の左隣りを歩くゲドへと更に近寄り、その皮手袋に包まれた、己の宿る手をそっと繋いだ。
「…私を重荷と思うのなら、外して下さって構いません。ですが、私と長く生きた貴方が私を外すという事は、近しい死を意味します。…私は、貴方に死んで欲しくありません…私は…」
ゲドに手を握り返され、が視線を上げるとゲドと視線が合う。
「…また、いつか力を封じる事になっても、今度は必ずお前に告げる。封印を解いたら必ず迎えに行く…だから、お前はずっと俺の傍に居ろ」
「ゲドさま…」
泣きそうな、それでいて幸せそうな微笑みを浮かべてはゲドを見上げた。
「はい…は、ずっとゲドさまのお傍に居ります…」
後ろでエースとジョーカーが「ええ話や」と涙ぐんでいるのは放っておいて。
「!」
突然、がはっとして洞窟の奥へと視線を転じた。
「…ルック様が、奥にいらっしゃいます」
「仮面の神官将か」
ゲドの言葉には小さく頷く。
そして、祭壇が見えてくるとフランツが駆け出した。
「イク!」
「待って!そこには…」
の声は間に合わず、フランツは見えない壁に遮られてしまう。
「ルック様!いらっしゃるのでしょう!」
の声に祭壇の柱の影から一人の少年の色を残したままの神官将がその姿を現わした。
そして、その彼に付き従う少女も。
「…君が雷の化身か」
キィン、と音がしたかと思うと、以外の者はルックの放った衝撃波に膝を付いていた。
「ゲドさま!」
「君には悪いけど、封じさせてもらうよ」
真なる風の紋章が浮かび上がり、と共鳴を起こしていく。
「駄目です!」
だが、はゲドを庇うように立ち、首を左右に振った。その動きに合わせてばちばちと強い静電気が空気を震わせる。
「私は、ゲドさま以外の方には従いません!」
「君に選択権は無い。…継承者さえ居なければ、君は自分の力で逃げられただろうに…哀れだね」
ルックの言葉には涙の浮かんだ瞳で少年を睨み付ける。
「私は!確かに魔法も使えないし、すぐ泣くし、人型だから色々ゲドさまにお手数をお掛けしてしまってます!でも、私は名を頂いた時にゲドさまに付いて行くと決めたのです!ずっとお傍にいると約束したのです!!」
風の力に対抗して雷の力が空気を震わせる。不利を悟ったセラがすっと両手を天に翳した。
「ルック様、今お助けします」
そして現れたのは、封じられた真なる土の紋章。
「!」
それを見たの表情が見る間に絶望に染まっていく。
「君は逆らえない。紋章が二つあれば、君は力のバランスを崩す。セラ」
「はい、ルック様。土の紋章よ、その力、借り受けます」
土の紋章が輝くと同時にキィィン、と耳鳴りのような音が高まっていく。
「やめてぇぇぇ!!!」
「ぐっ…」
とゲドの身体が雷に包まれ、洞窟の中は光りの洪水に包まれた。
「……これで、二つ」
光が収まった時には既にの姿はなく、その代わりに封印球の中では真なる雷の紋章が哀しげな光を発していた。
封印球から解放されたのは、寂れた祭壇の前だった。
「気分はどうだい」
へたりこんだ少女を見下ろすルックの表情は相変わらず淡々としている。
「良い訳無いに決まってます!ゲドさまの元へ戻らなければ…!」
そう立ち上ろうとするを一振りの剣が止めた。
ユーバーだ。
「君はここに居てもらう。全てが終るまで」
背を向け、立ち去ろうとするルックにの声が掛かる。
「ルック様は本当にそれで良いのですか?!貴方はどの継承者より深い繋がりを持っているのにどうして風の声を聞かないのです!」
その声にルックは足を止め、微かに振り返った。
「…聞えてるよ、いつも。…風はいつも僕に牢獄のような未来を見せてくれる」
「違います!貴方は風を呪いとしか見ていない!だから風の本当の声が聞えないのです!」
「…必要ないからね。…ユーバー、後は任せた」
祭壇の間にユーバーとを残し、ルックはその場を後にした。
「ゲドさま!」
「漸く来たか。待ち草臥れたぞ」
祭壇へ辿り着いたゲドたちを迎えたのは祭壇に座ると、黒尽くめの男、ユーバー。
「を返してもらおう」
ゲドがワイルドギースを構え、そして他のメンバー達もそれぞれ武器を取り出す。
「さて、お楽しみの時間だ」
ユーバーもその両袖口から剣を取り出し、構えた。
「ゲドさま…!」
少女の目の前で己の主が戦っている。
だが、祭壇に封じられた自分に出来る事など…。
「……私は、他の紋章には出来ない事を可能にする為に人の形をしているのです…!」
戦いに集中している者たちには届く事の無い小さな声で少女は呟いて立ち上った。
封じの力の所為か酷く体が重い。
「今ならば、使えるはず…!」
重い両腕を天へと伸ばし、視線をユーバーへと向ける。
「彼の者に宿りし我が力よ!」
「何を…!」
それにユーバーが気付くがゲドたちの攻撃を防ぐ内に少女の言霊は完成する。
「その力、獣となりて汝が主を喰らい尽くせ!!」
途端、ユーバーの右手を中心に激しい雷撃が彼の体を駆け巡る。
「ぐっ!」
その電撃にユーバーは一瞬よろめいた。その隙をゲドが見逃すはずもなく、ワイルドギースがユーバーへと迫る。
「くっ…」
「!」
だが、その切っ先が届く寸前にユーバーはその姿を消してしまった。
「……逃げたか…」
気配が完全に消えた事を確かめてからゲドは剣を鞘へと収め、へと向き直る。
「ゲドさま!」
ふっと己を押さえつけていた力が消え、はゲドの元へと駆けていく。
「ゲドさま!よかった、無事で良かった…!」
その胸に飛び込んでくる少女を受け止め、ゲドはそっと抱きしめた。
「すまない、助かった」
「良いのです。それより、早く…」
「ああ」
ゲドの差し出した右手を取り、はそっとその瞼を閉じる。
微かな耳鳴りのような音と共にの体は光に包まれ、そしてゲドの右手の甲も光を放つ。
一瞬、バチッと静電気のような音がすると、とゲドの右手を包んでいた光は消え、は微笑みと共に顔を上げた。
「これで大丈夫です。また、お役に立てて下さい」
「ああ」
「あ…」
「どうした?」
ゲドの声にが顔を上げる。
「ゲドさま、水が祭壇から解放されました」
その言葉にゲドは仲間たちを見回して告げた。
「急いで戻るぞ」
「崩れるぞ!」
風の紋章の化身を倒したヒューゴを始めとする仲間たちは崩れ始めた祭壇に背を向け、駆け出した。
「僕は風の声を聞こうとしなかった」
その声にゲドは足を止め、振り返った。
祭壇の中心で膝を付くルックは真っ直ぐにゲドを見ていた。
「僕は、貴方の様にはなりたくなかったからだ」
その言葉に漸くゲドは悟った。
彼は、かつての炎の英雄と同じなのだと。
人としての生を、老いを望む者。
唯一、ルックが彼と違っていたのは、その身に宿った紋章を外す事が出来なかった事。
紋章を外す事が出来たかつての炎の英雄は、愛した者と朽ちる道を選び、外す事の適わないルックはその紋章を使い、せめて未来を、そう願った。
だが。
「……」
ゲドは己の右手の甲を見詰める。今は力を完全に引き出す為にとはこの中に戻っている。
「…俺は、を選んだ事、に選ばれた事、後悔はしていない」
紋章が嬉しそうに仄かな光を発した。ゲドはそれにほんの微かに微笑し、そして再びルックへと向き直った。
「お前はその紋章の無償の愛情が怖かっただけなのではないのか?」
その言葉に、ルックが微かに目を見開いた。
そしてゲドは踵を返すと、仲間の待つ場所へと駆けて行った。
「あの…」
最後の戦いから数日。
それぞれ本来の住処へと帰って行く中、同じ様に出発準備をしているゲドたちの元にヒューゴがやって来た。
「さんは、真なる雷の化身だと聞きました」
「はい、そうですよ、ヒューゴ様」
彼の持っていた紋章の化身のイメージとは掛け離れていた所為か、ヒューゴは何処か不思議そうな視線でを見ている。
「あの、聞きたい事が、あるんです…その…」
「完全なる世界の事、ですか?」
微苦笑してそう告げるに、ヒューゴはこくりと頷いた。
「…私たちの見せる未来は、警告なのです」
「警告?」
の言葉にヒューゴは首を傾げる。
「そうです。余り詳しくは言えませんが、人間は余りにも傲慢になり過ぎました。人が他より優れているなどと…その愚考が滅びの道を歩んでいる事に気付かなければ、あの未来に辿りつくでしょう」
その言葉にヒューゴだけでなくエース達も手を止め、へと視線を注いだ。
「人が世界の先頭に立ち続けようとする限り、あの未来への道は止められません。ですから、変えられない未来ではないけれど、変える事はとても難しい事なのです」
そしては微かに微笑み、ヒューゴの手を取った。
「大地と精霊の子、ヒューゴ様。貴方はそのまま自然と共にお行き下さい。あなた方の生は人だけの力で成立っているのではないという事を、決してお忘れなきよう…」
「はい…」
がその手を放すと、ヒューゴはぺこりと御辞儀をしてその場を去って行った。
「…さて」
はくるりとゲドたちに向き直り、いつもの笑顔を浮かべた。
「ゲドさま、みなさま、行きましょうか」
(終ったれ)
+−+◇+−+
無理矢理終らせてしまいました。
それにしても喉痛めそうなヒロインです。(言いたい事はそれだけか?)
今度は妻じゃないですヨーアハハハハ(無駄にテンション高い)
そういやゲド夢でのヒロインが人外設定、好きだなぁ、私。
すみません暴走しました止まりませんでしたていうか収拾付かなくなりました。自業自得。
単にね、「我が主であり、我が僕であり我が魂の伴侶」というフレーズをどっかで使いたいなーと思ってただけなのよ。まさかあんなエセ儀式めいた事するなんて思っても見なかったのよ。
(2003/02/04)