「お前の笑顔、好きかも」
(ゴドー/逆転裁判夢)




ゴドーさんは、自分はソファで寝るからお前はベッドを使え、と言ってくれた。
最初こそ遠慮していたものの、よく分からない言い回しで言いくるめられ、結果、私がベッドを使わせてもらうことになった。
寝室はこざっぱりとしていて、クロゼットと本棚、あとは文字盤が大きめのデジタル時計が一つ。
私はカラーコンタクトを外し、ケースにしまうとそれをベッドボードの上に置き、もそもそとベッドにもぐりこんで丸くなった。
いつもと違うシーツの感触。
兄のベッドとは違う残り香。
一人だけの空間。
「……っ……」
ぎゅっと目を閉じたのに、それでも暖かい雫が滲み出して零れ落ちる。
前にも一度、こんなことがあった。
兄が大学生で、私がまだ小学生の時。
恋人を作った兄に、私はわんわん泣いて抗議した。
兄はそんな私を辛抱強くあやし、その女性がどれだけ素晴らしいかを語って聞かせた。
事実、兄が引き合わせてくれた女性は、とても清楚で綺麗で優しい人だった。
そう思ってた。
だけど結果、兄はその女性に殺されかけた。
それからはずっと兄の一番を誰にも譲るまいとしてきた。
件の事件があってからは兄は恋愛に対してドライになった。
その分、友情にずぶずぶと傾倒していく姿も見てきた。
兄の特別な友人は、二人。
一人は政志にい。
兄は何があっても政志にいのコトだけは信じるだろう。
どれだけ迷惑を被っても結局は笑って許すのだろう。
兄は政志にいを無条件で信頼している。
そしてもう一人は、御剣怜侍。
兄にとってあの男は一種の象徴だった。
返事の来ない手紙を書く姿も見てきた。
それでも兄はあの男を信じなかった。
けれどあの冬の事件で兄は彼を信じた。
そしてまた裏切られた。
兄にとって、裏切りは何より許せないことだった。
しかもあの男が残した『遺書』のせいで兄は更に傷付けられた。
だから去年の事件で兄が再会したあの男に冷ややかな目を向けた時は、当然だと思った。
けれど、結局兄はまたあの男を信じた。
私がどれだけ訴えても、兄はあの男を信じた。
そして、今も。
私はあの男に、負けたのだ。


泣き疲れて眠りに落ちかけた時、気配を感じた。
そっと私の目元を拭って、優しく髪を撫でてくれた。

お兄ちゃん。

そう口にしようとしたけれど、上手く言葉にならなくて。
目を開けようとしたけれど、どんどん眠りの底に落ちていってしまって。
暖かな掌の感触が、哀しみの渦を消していく。
その掌に頬をすり寄せたところで、私の意識は途絶えた。




翌朝、私は腫れぼったい瞼を何とか持ち上げてカラーコンタクトを挿れ、寝室を出た。
相変わらずコーヒーのいい匂いが漂っているリビングを抜け、ダイニングキチンへと向かう。
「よう。お目覚めかい、コネコちゃん」
ダイニングテーブルではゴドーさんがコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。
やはりあのゴーグルは付けたままだ。読みにくくないのだろうか。
「…おはようございます」
もそもそした声で返すと笑われた。ほっとけ。
「ゴドーさん、今日仕事ですよね」
勧められるままに座ると、ことんとマグカップが置かれた。
ホットミルク。突っ込むのはやめておく。
「コネコちゃんはどうするんだい?」
「…あの、あたし、いつまでならここに居てもいいんですか?」
すると彼はあの短く喉を鳴らす笑い声を上げた。
「俺は育てられねえ捨て猫は拾わない主義だぜ」
えーと?ん?
「つまり、好きなだけ居ていいって事ですか?」
「同じことを二度は言わない…俺のルールだ」
「じゃあ、あたし図々しいんで暫く居座らせていただきます」
男がくつくつと笑う。何が可笑しいのだろうか。
するとゴドーさんの手がテーブルを弾くように動き、しゃっと音がしてマグカップを持つ私の手元に一つの鍵が滑り込んできた。
「ここの合鍵だ。無くすんじゃねえぜ?コネコちゃん」
「…ありがとう…」
嬉しくて、思わず笑うと男も喉を鳴らして笑った。
「いい笑顔だ」





***
転がり込んだ翌日。

 

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