「言葉が欲しいなんてゼイタクかなー…」
(??/逆転裁判夢) その日の学校は休んだ。 ゴドーさんも仕事に行ってしまって、十時を廻ったころになって漸く私は彼のシャツを脱いで制服に着替えた。 皺が寄ってないかを鏡の前で確認して、くるりと一回転する。 よし、大丈夫。 預かった合鍵を早速使って部屋を出る。 無駄に豪勢なシャンデリアの下がったロビーを抜け、エントランスへと出る。 未だ夏の匂いを残した風を受け、微かに目を細めた。 さすがにこの時間帯からブレザーを纏う気にもならず、部屋に置いてきた。 携帯は胸ポケットに、キーホルダーと財布、そして貰ったばかりの合鍵はプリーツスカートのポケットに。 それだけを持って歩くのは久しぶりだった。 一番荒れていた中学の頃は何があっても鞄だけは持ち歩いていたのに。 それだけ自分も丸くなったということだろうか。 あの頃の自分を兄は知らないだろう。 私に兄の知らない部分があるように、兄にだって私の知らない部分がある。 そんな事は頭で理解出来ていても、未だそれを感情で理解できないでいる。 そうこうしている内に私の住んでいるマンションの前にたどり着いた。 考えなくても指が覚えている暗証番号を押してロビーに入る。 エレベーターの中で一つ溜息を落とした。 ここで兄と鉢合わせするとは思っていない。 何せ今日は某事件の公判一日目だ。今頃兄は裁判の真っ最中だろう。 キーホルダーを取り出して部屋に入る。 私は真っ直ぐ自室へと向かい、クロゼットの奥から修学旅行ぐらいにしか使った記憶の無い旅行鞄を取り出した。 そこに数日分の着替えや身の回りの物を詰め込むと、それを肩から提げてダイニングキチンへと向かった。 ダイニングテーブルの上に、一枚の便箋が置かれていた。 私は荷物を足元に落とし、その紙切れを掴みあげた。 『ちゃんへ。 きちんと話し合おう。 気持ちが落ち着いてからでいいから、電話ください。 龍一』 「…あたしが一日二日で落ち着くとでも思ってるの、お兄ちゃん」 勿論、兄とてそんな事承知の上だろう。 それでもそう記すのは兄の思いやりだと私は知っている。 けれど、コレは私が望む言葉ではない。 それを欲しいと望むのは贅沢だと分かっていても。 私はその便箋を丁寧に折りたたみ、胸ポケットに差し入れた。 そしてそんな事無かったかのように冷蔵庫に向かい、中を覗いた。 父はどうせ今年一杯は帰ってこないだろう。 だから私がどうにかしなければこの中の食物たちは腐るだけだ。 幸い、私は必要な分しか買わない性質だったので、牛乳と卵を数個、無駄にするだけで済みそうだった。 冷蔵庫の点検が終わると、ざっと室内を見て廻る。 冷蔵庫以外のコンセントを引っこ抜いて廻る姿は我ながらちょっと間抜けだ。 おっといけない、携帯の充電器も持っていかなければ。 自室にとって返して充電器をコンセントから引っこ抜いてダイニングに戻る。 床に放置されている鞄に押し込むと、改めてそれを肩から提げた。 「じゃ、暫く留守にするね」 私は部屋に向かってそう呟くと、玄関を出た。 かちり、と音を立てて鍵が閉まる。 これを再び開けるのは、私か、兄か。 *** 多分兄。 |