アパートまでは始終無言だった。
私はずっと俯いていたから、兄がどんな表情で歩いていたのかは知らない。
繋いだ手の温もりが、全てだった。

この温もりは、私だけのものだ。
もう二度と、誰にも渡さない。

アパートに着いても私は兄の手を放さなかった。
俯いたまま玄関で立ち尽くしていると、あのね、と兄が言った。
ちゃん、御剣のことだけど…」
「聞きたくない」
瞬時に遮り、視線を上げる。
見上げた兄の顔は、困惑に染まっていた。
「聞いたら、嫌いになりそうだから、聞かない」
何が、とは言わず、私は兄の手をぎゅっと握って少しだけ笑った。
「お兄ちゃんが選んだことなら、あたしはそれでいい」
すると、兄の表情が僅かにほっとしたような色を浮かべる。
「ね。仲直り、しよう」
「…ありがとう」
微笑んで目を閉じると、額に暖かな感触。
そして私も眼を開けると、少し背伸びをして兄の頬に口付けた。

「お兄ちゃん、夕食、まだ?」
「うん、まだ食べてない」
「じゃあ何か作るね。待ってて」
兄の背を押して居間に追い出すと、私は冷蔵庫の開けて中を覗きこんだ。
中の食材からレシピを組み立てながら、私は思わず鼻歌を歌っていた。
兄はそんな私の背を見ていたようだったが、やがて安心したように居間のローテーブルに書類を引っ張り出していた。

キャベツをテンポよく刻みながら私は小さく歌う。
待っていて。もう少しだから。
私がお兄ちゃんを導いてあげる。
私以外の人なんて、見えなくしてあげるから。






***
悪い方向に吹っ切れた妹。

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