あれから数ヶ月が過ぎた。
相変わらず妹は頻繁に「女」の顔を見せたし、自分もそれを受け入れた。
しかし、行為に慣れても背徳心や罪悪感は消えなかった。
寧ろぐずぐずと渦を巻き、澱んでいくようだった。
その澱みの中に沈んでいくがままになっていた時、天が割れた。

御剣が、一時帰国する。

あの日以来、御剣とは会っていなかった。
連絡も一切とっていなかった。
彼は、自分の元へやってくるだろうか。
そうなったら、自分はどうすればいいのだろう。

澱みの中から、何かが足掻いて手を伸ばした。





最近、兄の様子がおかしい。
話しかけても何処か上の空だし、誘っても「疲れてるから」の一言で応じてくれない。
疲れてるって言われたって、兄の仕事状況を私が把握していないとでも思っているのだろうか。
先日、面倒くさがっていた民事を一件片付けて、それからは「忙しい」程の依頼は受けていないはずだ。
不審に思いながらも私は学校帰りに事務所へと向かった。
今日は真宵ちゃんたちは来れないと言っていたから、兄一人のはずだ。

「ただいま〜」

いつものように事務所のドアを開けると、対面式のソファには兄と、もう一人。

御剣怜侍。

海外へ行っているはずのあの男が、何故。
瞬間的に私の脳裏に閃く。
だから兄の様子がおかしかったのだ。
この男が帰国していたから。だから兄の様子がおかしかったのだ。
「おかえり、
いつになく真剣な顔をした兄が出迎える。
「…なんで御剣検事がここにいるの」
しかし兄はそれに答えること無く立ち上がった。
、これからはマンションのほうで暮らすんだ。もう、僕のアパートには来てはいけない」
僕もマンションには行かない。
一瞬、兄が何を言っているのか分からなかった。
「どうして?」
本当に、わからなかった。
だから私はきっと間抜けな顔をして兄を見ていたろう。
兄は少しだけ眉を顰め、
「迷惑なんだ」
と言った。
「お前が居ると、僕は幸せになれない」
何を言っているのかしら。
「嘘」
「嘘じゃない」
「嘘よ。だって、私、幸せだもの」
「僕は違う。もう嫌なんだ。もうお前から離れたいんだ。僕は…


僕は、御剣と幸せになりたいんだ」


かしゃん、と脳の奥で何かが壊れた音がした。
唇が可笑しくも無いのに無理に笑みを模ろうとする。
「嘘だって、言って?」
冗談だよ、ごめんねって笑って。
けれど兄は怖いくらいに真剣な眼差しのまま、私を見て言う。
「嘘じゃない」
嘘。
「お兄ちゃん…」
嘘。
「…どうして…何故、変わってしまったの…?」
あんなにも、愛し合っていたのに。
「変わってなんてない…はじめから、僕が愛していたのは御剣だ」
「嘘よ!!」
臓躁的な声が身体の奥から弾けるように飛び出した。
「嘘よ!信じないんだから!お兄ちゃんのバカ!!」
悲鳴のように叫び、私は踵を返して事務所を飛び出した。
階段を段飛ばしに駆け下りる。
泣きながら走る私の姿は奇異だったのだろう、人目を引いた。
けれど私にはそんなこと気にならなかった。
そのままアパートへと駆け込み、ドアを勢いよく閉めた。
ずるずるとしゃがみ込み、嘘よ、としゃくり上げながら繰り返して呟く。
「…っ!」
胃が反転するような気持ち悪さに、私は慌ててトイレに駆け込んで胃の中のものを吐き出した。
何度もえづき、最後には胃液しか出なくなってそれでも吐き気は治まらない。
たすけて。
たすけて、おにいちゃん。
けれど脳裏に甦るのは優しい笑みを浮かべた兄ではなく、先ほどの怖いほどに真剣な目をした兄の姿で。
「…っぅ、ぅえぇ…えっ…」
何度も何度も、吐きながら泣いた。







 

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