「好き過ぎて…どうしていいのかわかんねえよ」
(ゴドー/逆転裁判)




ビルの壁際に座り込んで鳴いている子猫がいた。

「そんなところで鳴いてると、狼に食われちまうぜ、コネコちゃん」

子猫は厳つい、というより怪しいゴーグルを身につけた男を胡乱げに見上げたが、襟元のそれに気付くと目の色に輝きが微かに戻った。
「秋霜烈日章…あなた、検事さん?」
「ご名答。聡明なコネコちゃんだ」
「知り合いに、いるもの。検事さん。それに、お兄ちゃんも…」
「コネコちゃんの兄貴も検事なのかい」
「ううん、弁護士…成歩堂弁護士って知ってる?」
「……」
一瞬、男は言葉に詰まったようだった。
けれど、視線を再び己の膝に戻してしまっていた子猫はそれに気付かない。
「…ああ、知ってるぜ。あのツンツン頭のボウヤだろ」
すると子猫はツンツン頭、と小さく反復して笑った。
「あたし、お兄ちゃんのツンツン頭、好きだよ。髪洗った後もね、乾くにつれてぴこぴこ跳ねてくるの。そんなお兄ちゃんの髪を拭いてあげるのが大好きだった…お兄ちゃんの全部が大好きだった…でも、もう、もうよくわかんない…」
「喧嘩でもしたのかい」
「…ううん、違うの…好きだから、もう、どうしていいのかわかんないの…好きなのに、許せない…そんな自分が、許せない…」
「……」
ぐすっと洟を啜り上げた子猫は、やがて失笑を浮かべて男を見上げた。
「…ごめんなさい。見ず知らずの人に愚痴っちゃった。多分、検事バッチのせいで気が緩んだのかもね」
すると眼前にすっと手を差し伸べられ、子猫は小首を傾げて男を見上げた。
「このままだと凍えちゃうぜ?コネコちゃん。…狼の塒に飛び込んでみるかい?」
子猫、否、制服姿のままの少女は微かに目を見開き、男の手と顔を交互に見た。
そして再びくしゃりと泣きそうな顔をして、差し出された手に自らの手を伸ばした。
大きく暖かな手が、小さく冷たい手をそっと引き上げた。



子猫が狼につれ浚われて数分後、そのコンビニの前に一人の青年が息を切らせて走ってきた。
しかしコンビに内に入ることは無く、ぜえぜえと息をしながら辺りを見回している。
すると彼の胸ポケットから軽快な電子音が流れ、慌ててそれを取り出して耳に当てた。
「もしもし!そっちいた?!」
しかし応えは彼の望むものではなかったらしく、そう、と落胆した声が続いた。
「…うん、まだこの辺りにいると思うんだけど…あいつ、足速いから…」
また後で、と通話を切ると彼は携帯電話を握り締め、辺りを見回した。
「…何処へ行ったんだよ……」







***
3の始め。ゴドーがまだ本編に出てきてない頃。
家出の理由はまたその内。

 

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