「例えば、俺の横で無防備に寝てくれることとか」
(成歩堂/逆転裁判夢)




その日は兄のアパートに泊まった。
普段は父と二人でマンションに住んでいるのだが、父が宮城の支店だかなんだかに単身赴任中のため、半ば私は豪勢な一人暮らし、というわけだ。
反面、決して広いと言い難いアパートに一人暮らしをしている兄は、仕事が比較的忙しくない日はマンションに転がり込んでくる。
元々三人で暮らしてきたマンションだ。兄の居場所もちゃんとある。
しかし今回は仕事が忙しいらしく、事務所から近いアパートへ帰るという。
なので私の方が兄のアパートに押しかけたのだ。
兄のアパートは相変わらず雑然としていた。
しかし兄曰く、これでも何処に何があるのかは把握しているとの事なので、私もゴミ以外は片付けないようにしている。
実際、リモコンの置き位置がいつもと違うだけでブチ切れそうになる私としては、兄の言い分に激しく同意してしまうのだ。
なので半分書籍やら書類やらで埋まった部屋の中央で、のんびりとコタツに潜ってテレビを見るのが私のいつものパターンだ。
夕食は事務所からの帰り道、いつものラーメン屋で済ませてきた。
シャワーも浴びたし、あとは寝るだけ。
「……」
ぼけーっとくだらないバラエティ番組を見ていると、傍らでくすりと笑う気配がした。
広げられた書類をかき集め、とんとん、と揃えている兄の姿に私はぴょこんと上体を起こした。
「終わった?」
「うん、急ぎじゃないし、今日はこれくらいにしておくよ。ちゃんも眠そうだしね」
う、ばれてたか。
「じゃあ、カップ片してくるね」
私は二つのカップを手に台所に立つ。さっと洗って食器籠に伏せ、手を拭く頃には兄も書類を封筒に戻して立ち上がったところだった。
「じゃあ、寝ようか」
兄のパジャマと私のパジャマは色違いのおそろいだ。
兄がブルーで私がオレンジのラインの入ったパジャマは私のお気に入りだ。
電気を消し、暗闇の中を兄を追いかけて寝室へ向かう。
当然、ベッドなんて一つしかない。
床にもう一組布団が引いてあるわけでもない。
私は当然のように兄に続いて同じベッドにもぐりこんだ。
これはもう幼い頃からの習慣なので、兄も特に疑問を抱いたことは無いみたいだ。
「電気消すね」
一応一言断ってから紐を引っ張る。
かちりと手ごたえがして寝室も真っ暗になる。
「おやすみ、お兄ちゃん」
「おやすみ、ちゃん」
もそもそと兄の胸元にもぐりこんで目を閉じる。
枕は一つしかないけれど、兄の胸元に擦り寄って眠る私には不要なものだ。
ボディーソープの香りに混じって微かに香る兄の体臭。
とくんとくんと響く兄の心音。
私が幸せを感じるのは、こんな瞬間。







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成歩堂は妹の事を大抵呼び捨てですが自宅とか気の緩んだときはちゃん付けで呼ぶことが多いです。

 

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