ハッピーマニア




――いつか…いつかきっと会いに行くから……


あれから二年。
待ち人は、まだ来ない。


「いよっと」
青い髪をバンダナで覆った少年は、一抱えある木箱をカウンターの奥から引っ張り出す。
蓋を抉じ開けると、その重さに見合う量のエレメントが出てくる。
「えぇ〜っと、アクア四つにケアルが二つ…」
セルジュはガサゴソとエレメントを漁る。
「セルジュー!ケアルあと三つ追加ね〜!!」
商品棚から聞えてくる明るい少女の声に「わかった!」と答え、ケアルを更に三つ取り出した。
セルジュは今、テルミナにあるエレメントショップでバイトをしていた。
事の発端はレナだった。
『友達がエレメントショップやっているんだけど、お父さんが行方不明だから一人で切り盛りしているらしいの。それでね、人手が足りなくて…』
こうしてセルジュはこの店で働く事となったのだ。
「よっと」
木箱を元の場所に戻して立ち上がる。ふと、壁に掛けられたペンダントに視線を止める。
コドモオオトカゲの鱗でできたそれは、二年前この辺りで流行ったアクセサリーだった。
(…もう二年か…)
レナのために鱗を集めたその日、彼は待ち合わせたオパーサの浜で倒れた。疲れからか何だったのかは分からなかったが目覚めた時、自分は確かに何かを、大切な何かを覚えていた。でも、次の瞬間にはすっぱりと消えていて自分は数日間考え込んだものだった。
ただ、はっきりと覚えている事もあった。

――いつか…いつかきっと会いに行くから……

多くの人々の声がそう言っていた。
そして

――ぜってぇ会いに行くから…!!何時何処で何していようともお前を見つけてやる!!だから、浮気すんじゃねえぞ!!

どの声よりも鮮明な男の声。自分はその声の主を知っている筈だ。
この声を思い出すと、何故だか心が暖かくなり、それと同時に切なくもなる。でも、誰だったのか……
(大切な……大切な存在だったような………)
「セルジューー?!早くーー!!」
リサの呼び声にはっとすると、セルジュは慌ててエレメントを抱える。
「今行くよ!!」





――なあ、俺がお前の事好きだって言ったら…嫌、だよな…?
照れながら彼は視線をそらす。そして照れ隠しからかその髪に手を突っ込んでガシガシと掻き回す。その髪は背中まで伸び、綺麗な藤色をしていた。

その髪が好きだった

――お前よくそんなちっちぇえ手でスワロー振り回せるな
笑いながらそう言うと、僕の手を自分の手ですっぽりと包み込む。
その手はゴツゴツしていて傷だらけだったけれど、暖かった。

その手が好きだった

髪も、手も、口元も、荒っぽい性格も、言い出したら聞かない直進的な所も、そして…紅の瞳も…

――血や炎の色だって言われた事はあったけどよ、ウサギだって言われたのは初めてだぜ…しかも「キレイ」と来たもんだ

だって、本当にキレイだって思ったんだ…ホントだよ?

――ぜってぇ会いに行くから…!!何時何処で何していようともお前を見つけてやる!!だから、浮気すんじゃねえぞ!!

「うん、わかってるよ、××××」

あれ、今、誰の…どんな名前を呼んだんだろう……
知っている筈なのに、その名が出てこない。
何だったっけ……

…………あなたは……だれ……………?





「おはよう、セルジュ。パンでいいかしら?」
「うん…」
寝ぼけ眼のままテーブルにつくと、マージがトーストの乗った皿とジャムの入った瓶をセルジュの前に置く。
「いただきます」
小さく挨拶してからセルジュはトーストにジャムを塗って齧り付く。
暫く黙々と食べていたセルジュは、洗い物をしている母に思い出したように言う。
「そうういや、またあの夢を見たよ。また「浮気すんな」って言われた」
マージは蛇口を捻り水を止めると、あらあら、と言った風に溜息を吐く。
「じゃあ、いつまでも特定の子と親しくしないのはその所為?」
「う〜ん……そうだね」
どこか抜けている息子に「バカねえ」と苦笑する。
「夢に恋してどうするのよ」
「うん…でも、何か大切な事を忘れているような気がして…」
セルジュもつられて苦笑する。
「それと、今日レナとオパーサの浜行ってくるから」
「そう、気をつけてね」



セルジュが出かけて暫く立つ。マージは大きな溜息を吐いて近くの椅子に座った。
二年前のあの日から息子の中で何かが変わった。
まずは、急激に強くなった事。
元々それなりに強かったが、二年前、オパーサの浜から帰ってきてからは異様に強くなっていた。それはあのラディウスでさえようやく勝てるくらいなのだ。
そして繰り返し繰り返し同じ夢を見る事。その所為なのか、セルジュはいつも何かを待っているような様子だった。そして長い事この村を離れようとしない。その理由は息子自身もよく分かっていないらしい。
――ただ、無性に「ここで待っていなくちゃ」って思うんだ…
セルジュは時折一日中自室に篭ってしまう時がある。マージが心配してそっとその部屋を覗いた時、セルジュは見ているこちらまで苦しくなる程切なそうな顔をして、誰とも無しに問い掛けていたのだ。

――ねえ…いつになったら迎えに来てくれるの…?名前も、顔も覚えていない……あんたは、本当に僕を迎えに来てくれるの……?

息子がここまで想う相手はどんな人なのか。本当にその人物は存在するのだろうか。
「すみません」
突然の声にマージははっとして立ち上ると、声のした方を見る。
「え?!あ、はい!なんでしょう?」
「セルジュ、居ますか?」
玄関口に立っている男はがっしりとした体格に、腰まで伸びた藤色の髪を後ろで一つに括っていた。そして何より印象的な紅の瞳でマージに問い掛けてくる。
「あら、ごめんなさいね。今ちょっとオパーサの浜まで行ってるのよ」
「オパーサの浜に……」
男は何故だか感慨深そうに呟くと一礼をして踵を返した。
マージは去って行く男の広い背を見詰めなからふと気付く。
「…あら、名前を聞くのを忘れたわ」





セルジュはオパーサの浜に佇んでいた。少し後ろにはレナが膝を抱えて座っている。
「あのね、ずっと言おうと思っていた事があったの…」
レナの言葉にセルジュは振り返ってその少女を見る。
「うん?」
「あのね、ずっと言おうと思っていたの。私、セルジュが好きよ、特定の相手として」
「……知ってた」
レナは「知ってるわ」と苦笑いをした。
「セルジュが気付いてたって事、知っていたの。だからわかっちゃった」
レナは立ち上ると砂をぽんぽん払う。
「私じゃ、ダメなんだね」
「…ごめん」
「ねえ、誰、って聞いちゃダメかな…?」
「…答えたいけど…誰だったかわからないんだ…」
「それって、夢の人?」
セルジュが誰かの夢を見ると言う事はセルジュ自身から聞き出して知っていた。聞いた時は特に気にも留めていなかったのだが、ここまで彼にとって大きな存在になっているとは思わなかった。
「……いるはずなんだ。今もどこかで僕を探している…」
「それは夢なんでしょ?!でも私はちゃんと「ここ」に存在していて、セルジュが好きなのよ?!他に好きな子が「いる」なら諦められるわ!けど、夢の人、じゃあ納得いかないわ!!」
静かにレナを見つめるセルジュに、レナは泣きそうな表情になってセルジュの想いを否定する。
「ねえ、現実を見てよ!私じゃなくていいから、ちゃんと存在してる人を…」
「オイコラ!俺のセルジュに浮気進めてんじゃねえ!!」
「え?」
突然割って入った男の声の方を何故かセルジュは見れなかった。セルジュの異変に気付かないレナは目を丸くして声のした方を見る。
そこには一人の男が立っていた。
男は腰まで伸びた藤色の髪を揺らしてこちらに近付いてくる。
セルジュとレナは知らなかったが、この男は先程セルジュの家を訪ねてきた男だった。
「向うのお前も油断できなかったがよ、こっちもやっぱ油断出来ねえな」

その声が、好きだった。

「だ、誰よあなた!」
あまり他人に見られたくないシーンを見られてレナは恥ずかし紛れについ、きつい声を発してしまう。だか男は完全にそれを無視してセルジュの方にざかざかと突き進んでいく。
「おい、セルジュ、こっち向けって」
セルジュのすぐ後ろまで辿り着くと、じっと俯いて顔を上げようとしないセルジュの頭をこつん、と叩く。
セルジュはびくりと過剰なほどに反応すると、ゆっくりとその顔を上げる。
「遅くなっちまったな」
男は紅の瞳で泣きそうな顔をしているセルジュを一通り見回すと、ニッと笑った。
「あ……」

その瞳が、藤色の髪が、指が……

「よお、迎えに来てやったぞ」
男はまるで夏の日差しの様に笑う。

その存在の全てが大切で……

「ま、お前は覚えちゃいねえだろうがよ」
男は少し哀しそうに笑う。

その荒っぽくて、言い出したら聞かない性格をした彼が大好きで……

ぱちん

頭の中で何かが弾けるような音がしたと思ったら、まるで水が湧き出るように多くの事を思い出していく。

すべてはこの浜で始まり、
すべてはこの浜で終った
あったはずの、「未来」
そして、「未来」という名の「過去」

「カーシュ…」

「!!覚えてんのか?!」
カーシュが目を見開きセルジュの肩を思いきり掴む。セルジュはその痛みさえも彼が目の前に居ると言う証拠として嬉しく感じた。
「今、わかった…思い出した…ずっと、誰を待っていたのか…」
ぽろぽろとセルジュの青い瞳から涙が零れ落ちる。
「逢いたかった…でも、記憶が曖昧すぎて…逢えるかなんて、いつも半信半疑だった…」
カーシュはセルジュの肩から手を放すと、懐から何かを取り出してセルジュに渡す。
「これ……」
「お前、消える時俺に託したろ。これと、ルチアナのおかげだ」
セルジュはその虹色のお守りをそっと撫でてやる。

彼を、ここまで導いてくれて、ありがとう。

「でも、どうやって…」
「ん?ああ、神の庭を覆ってる珊瑚礁に穴開けて運命のゆらきを通って来た」
何でもない事の様に言ってのけたカーシュにセルジュは驚愕の眼差しを向ける。
あの珊瑚礁は強い毒素を持ち、その硬度も半端じゃなかった筈だ。
「だからルチアナに毒の中和剤作ってもらってよ。んで強化した大砲でコツコツ削ってやっと入れるようになったと思ったら二年が立っちまっていた、わりい」
「ううん、凄い、カーシュ!」
セルジュの涙はいつの間にか途絶え、代わりに満面の笑顔になった。カーシュは二年ぶりに見るその笑顔に赤くなりながら「ホラよ」と手を差し伸べる。
「うん!」
セルジュはその手を迷わず取るとそのままカーシュに抱き着くように腕を絡める。
「ちょ、ちょっとセルジュ!」
「あ、レナ、ごめん、忘れてた」
さっさと立ち去ろうとする二人を慌てて呼び止めると、レナは無視された怒りも手伝って「分けわからないわ!」と怒鳴る。
「セルジュ、何処行くのよ!」
セルジュはその問にとても幸せそうに笑うと
「ごめん、レナ。母さんに伝えてくれるかな。やっと逢えたって。幸せになるからって」
「はい?!」
更に混乱してきたレナを尻目に、セルジュは「行こう、カーシュ!」と腕を引いて駆け出した。


「駆け落ちでもするのか?!」
トカゲ岩を駆け抜けながらカーシュは冗談半分でセルジュに問い掛けると、セルジュは「そうだよ!」と楽しそうに答える。
「レナが立ち直る前に逃げよう!それとも、カーシュは嫌?」
突然カーシュは立ち止まると、つられて立ち止まったセルジュをひょいっと肩に担ぎ上げる。
「うわ?!」
驚きの声を上げるセルジュを担いだままカーシュは再び駆け出す。
「嫌なわけねえだろ!!ハナっからそのつもりだ!!」
セルジュは乱暴に言い返された言葉に満足して目の前で揺れるその藤色の髪をきゅっと掴む。
「カーシュ、今度こそずっと一緒だよ!」
「当たり前だ!!」

その頃、オパーサの浜では少女の憤慨の絶叫が響き渡っていたとか。
原因の二人は近付くモンスターを蹴散らし、その声の届かない所まで逃げよう、と笑いあっていた。





(END)

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
……何?この話。『バカップル発見!!直ちに教育的指導を与えます!!』って俺の中の誰かが叫んでいる…。何故かカーセルってバカップル話になってしまう…。ホンマ何でやねん!不思議だ…。
(2000/05/18/高槻桂)



SSトップに戻る