花言葉SSS
8月14日の花:睡蓮=清純な心
「友情なんて、損だ」
そう拗ねた表情で洩らした君は、本当に不満そうに唇を尖らせていたね。
よく見ればやっぱり見た目はスネイプ先生に似ているのに、何故かその印象を余り持った事はない。
多分それは君の、君自身の光が「ジェム・スネイプ」という一つの存在を造り出しているからだと思う。
「じゃあ、誓う?」
ねえ、ジェム…約束だ。
「私、セドリック・ディゴリーはジェム・スネイプを…」
例えば、どうしようもない事で僕たちが離れ離れになってしまったとしても。
「……セイディ」
僕らが今、こうして笑いあったこの時を。
「私、ジェム・スネイプはセドリック・ディゴリーを…」
幸せだったと、ちゃんと覚えておこうね。
関連タイトル:「11:大切なひと」
8月15日の花:ガーベラ=神秘
彼女が、歌っている。
この牢獄の様な屋敷の中であっても彼女の歌声は軽やかに舞い、悲観の色は欠片も無い。
扉を開けると、気配に気付いた彼女が歌うのを止め、私に笑いかける。
「あら、ルーシー」
ソファの上で寛いでいる彼女と視線を合わせ、そして彼女の腕の中の存在にその視線を落した。
私は彼女が腕の中の存在に歌いかけていたのだと察した。
「具合はどうだ」
彼女の腕の中には、まだ産まれて三ヶ月ほどの赤子。
「もう大丈夫よ。ねえ、ジェム」
話し掛けられた赤子は言葉にならない喜びの声を上げ、その小さな手を盛んに動かしている。
ああ、やはり彼女も「母」なのだ。
「なら良い。足らないものがあれば言え」
私は漠然とそう思う。
ナルシッサも彼女も、気の強い方だ。勝気な笑みを浮かべている印象が強い。
「今の所大丈夫。ありがとう、ルーシー」
けれど、二人とも子を孕んだ途端、彼女たちの中で何かが変わった。
「いや…」
人が人を生み出すという事は、こういう事なのだろうか。
私は適当な所で話を切り上げて部屋を出る。
ホールへと向かう私を追う様に、再び軽やかな音色が耳を擽った。
ああ、彼女が歌っている。
関連タイトル:「73:謝罪」
8月16日の花:オイランソウ=あなたに同意する
「じゃあ、ドビーは出ていってしまったの?!」
特殊声楽教師の驚きの声にハリーは短い返事と共に頷いた。
「そう…ドビーが…」
何処か気落ちしたその様子に、ハリーは「どうかしたんですか?」と小首を傾げた。
「ん〜…ドビーは、ルーシーにとって特別なしもべ妖精だったから…」
でも、と彼女は視線を伏せた。
「ドラコやナルシッサの事を思うなら、こうなって…良かったのかもしれないわ…」
「?どういうことですか?」
すると彼女ははっとして顔を上げ、「やだわ私ったら」と口元を手で覆った。
「今の事、聞かなかった事にしてくれない?」
「??はい、わかりました」
「セブルスにも内緒ね」
そう念を押す彼女に、「少なくともスネイプ先生には確実に言いませんよ」と苦笑した。
関連タイトル:「27:赤毛」
8月17日の花:クコ=お互いに忘れましょう
だから、そんな事有り得ない。
「おや、これはこれは。勉強だけが取り得の頭でっかちのグレンジャーじゃないか」
こんな生意気なヤツに。
「あらあら、碌に一人歩きも出来ない上に語彙がとっても貧相なマルフォイじゃない」
こんな捻くれたヤツに。
「そこを退けよ。僕はそこにある『呪文と併せて使う薬草』の本に用が有るんでね」
スリザリンの僕が。
「あぁら、それはお生憎様。これは今私が借りるの。また後にする事ね」
グリフィンドールの私が。
「………」
「………」
恋をするなんて。
「『穢れた血』の分際で厚かましい」
「あらまたそれなの?もう聞き飽きたわ」
繰り返して言うが、そんな事、有り得ない。あって良い筈が無い。
だから、
「「ふんっ」」
そんな事は、さっさと忘れてしまうのが一番だ。
関連タイトル:「???」
8月18日の花:トロロアオイ=知られぬ恋
「今だから言うが、グレンジャー」
ドラコは今でも私の事を旧姓で呼ぶ。
「昔、君に恋していた頃があった」
「何だって?!」
隣りでロンが勢い余って立ち上るのを抑え、私は小さく笑った。
「あら偶然ね。私もよ」
「ハーマイオニー?!」
更に声を荒げるロンに「うるさいわよ」と窘めてドラコと向き合う。
「だが、何も告げずにおいて良かったと思っている」
「あら、私たちって実は息ぴったりなのかしら。私もそう思っているんだもの」
あの頃は、そうは思えなかったけれど。
「一応「どうしてかしら?」と小首を傾げた方が良いかしら?」
ドラコが唇の端を持ち上げて薄く笑う。
「分かっているんだろう?」
あの頃は嫌味ったらしく見えたその笑いが、今は優しく見えるなんて。
「ええ、とっても。何なら一緒に言ってみる?」
あの頃の私たちだったら、今この光景は絶対に想像できなかっただろう。
「それならばカウントを…Thre、Two、One…」
「「私は今、とても幸せだから」」
そして私たちは顔を見合わせ笑いあった。
「何なんだよ、もう…」
ただ一人、ロンだけがわけが分からない、と不貞腐れている。
「私はロン、貴方はリリ。それぞれ最高のパートナーを見つけたんだもの。あ、すみません」
私は肩手を上げ、飲み物の追加を頼む。ええ、三つともハーフ・パイントでお願いします。
「私たちが結ばれなかったのは、良い事だったのよ」
例えば、とドラコがロンをちらりと見た。
「例えば、君がウィーズリーではなく私と結婚していた場合、今以上の幸せが手に入るとしたら」
私はロンと結婚した事を後悔したかしら?
あら、ロンが不安そうな視線で私を見ているわ。失礼ね。
「後悔なんてしないわ」
にっこりと笑顔のマダムが三人分のバタービールを私たちのテーブルに置いていった。どうもありがとう。
「今こんなに幸せなのに、これ以上幸せになったら反対に申し訳ない気がしてしまうもの」
「同感だ」
そしてドラコがグラスを持ち上げ、私もそれに続く。
(ロンの脇を肘で突付くと彼も慌ててグラスを持ち上げた)
「それでは」
私たちは昔から大好きなバタービールを掲げる。
「密やかな恋心が実らなかった事に」
三つのグラスが澄んだ音を立てた。
関連タイトル:「閑話:クコ」
8月19日の花:カンナ=尊敬
「尊敬する人?うーん…身近な人で言うならお義父さんとお義母さんかしら」
ジニーの言葉に僕は目を丸くした。
「父さんも?」
確かに僕と結婚した事によって父さんと顔を合わせる事も増えただろうが。
だが、まさかここで父さんの名が出るとは思わなかった。
「お義母さんがね、前に言っていたのよ。あの人は不器用なだけだって」
そこで一度言葉を区切り、ジニーはくすりと笑った。
「そう思って見てたら、ああ、なるほどって思えてしまったのよ」
「それがどうして尊敬に?」
「私、元々ホグワーツの先生は全員尊敬してるわよ」
ただ、昔は「スネイプ先生」の事は個人的に好きじゃなかっただけで。
「だからその苦手意識が薄れた今、素直に尊敬できるという事?」
すると彼女は昔と変わらぬ、はにかんだような笑みを浮かべた。
「そういう事よ」
関連タイトル:「???」
8月20日の花:スノーフレーク=純潔
「あれ?シリウス、それ、どうしたの?」
僕がちょいと自分の唇の端を指で示すと、シリウスは苦々しげな顔をした。
「その事は聞くな、ジェームズ」
「いいえ、聞いてやってちょうだいな」
横からかかった声に振り返ると、そこには我らが歌姫が呆れた表情で立っていた。
「え、君は原因を知っているの?」
すると彼女はひょいと肩を竦めて、
「それ、私がやったのよ」
悪いのはシリウスだけどね、と付け足した。
「ほら、前に言ったでしょう?私の体質の事」
ああ、特定の相手としか触れ合う事が出来ないってやつね。
で、彼女みたいにまだ特定の相手を決めてない場合は誰であろうと駄目。
「…うわーシリウスさんサイテー」
シリウスが何を彼女に何をしたのか察した僕は冷たい視線でシリウスを見る。
「興味本位でそういう事するから痛い目見るのよ」
全くだ。まあこれで彼女の体質が本当だと証明されたわけだ。
「だってよ、額や頬は大丈夫で何で口だとバチッてなるんだよ」
「そんな事私に聞かないでよね」
第一、そんな事気にしていたら魔法の原理自体「何で」だらけじゃないか。
「それよりさ、僕が今一番気になる事、教えて上げるよ」
にっこりと笑ってシリウスを見る。
「あ」
「それ」に気付いた彼女も小さく声を上げる。
「あ?何だよ」
「シリウス、後ろ…」
僕は彼女と揃ってシリウスの背後を指差して、
「話、全部聞かれてたみたいだけど?」
シリウスの背後でにっこりと笑顔で立っているリーマスの存在を教えてやった。
「リッ、リーマス?!」
「やあシリウス、ちょっと、いいかな?」
にぃっこり。
おわ、怖すぎる…。
「えっ、ちょっ、オイ!」
ずるずると何処かへ引っ張られて行くシリウスを僕らはただ見送った。
「あ〜あ…」
御愁傷様。
関連タイトル:「???」
8月21日の花:サルスベリ=雄弁
「私、ギルデロイ・ロックハートはその時こう思ったのですよ!」
語る語るとにかく語るこれでもかと語る。
人々の尊敬の視線を浴びながら私は今日も語る。
さあ私を見ろ私を見ろ私を見るんだ。
私は敬われている称えられている愛されている。
何と素晴らしい事か誇らしい事か。
そこの君には特別にサイン入りの著書を差し上げよう。
勿論、君の名前も入れて上げるよ。いやいや礼には及ばない。
私は素晴らしいからね。
さあほらそこのお嬢さん、そんな少年と話していないで。
ほらそんなたった一度生き延びた少年より、私を見なさい。
私は何度もハラハラドキドキするようなピンチを潜り抜けたんだ。
ほら凄いだろう?
私の大冒険の物語は君たちの心を感動に揺らすだろう。
素晴らしい!ブラッヴォー!!
全て嘘だけど。
「そして私は杖を取り出し、力強く呪文を唱えたのです!」
騙る騙るとにかく騙るこれでもかと騙る。
人々の崇拝の視線を浴びながら私は今日も騙る。
さあ、私を見るんだ。
関連タイトル:「???」
8月22日の花:ベロニカ=忠実、堅固、貞操
「本当に良いのね?」
三度目になる問いかけに、僕は小さく溜息を吐いた。
「だから、良いと言っている」
「でもね、セブルス。「伴侶の儀」を交わしてしまったら、
『他に好きな人が出来ました、やっぱり止めます』
…ってわけには行かないのよ?」
彼女のその言葉に僕はむっとした。
「お前は僕が心変わりすると思っているのか?」
そうじゃなくて、と彼女は視線を床に落した。
「一生、私に縛られてしまうのよ?」
彼女は僕を縛り付けてしまう事に躊躇いを抱いている。
けれど僕は、
「お前の鎖ならば、進んで身に付けよう」
お前への想いに忠実であると、
「紙切れでもなく、指輪でもなく、僕らだけの鎖を」
そう、決めたのだ。
「さあ、「伴侶の儀」を」
関連タイトル:「食事」
8月23日の花:カラー=壮大な美
「じゃあ、その儀式を行なったら変更は聞かないって事か?」
生涯で肌を合わせるのはたった一人。
だから、愛するのもたった一人だと。
「まあ、そういう事になるわね」
儀式というほど大それたものじゃないけれど、と彼女は笑う。
「なあ…」
無性に目の前の少女が欲しくなった。
その壮大な清廉さと言うのだろうか。
自分には無い、果て無い草原のようなその美しさを。
その草原へと足を踏み入れられるのは、たった一人の男で。
そいつは彼女の起こす柔らかな風に頬を擽られるのだろう。
「シリウス?」
その男に、なりたいと思った。
「……私ね、言ったわよね?」
呆れたような声音に俺は視線を逸らす。
「相手を決めていない時は、誰であろうと駄目だって」
ハイ、言いました。
「私の意志には関係なく、体質だって」
ハイ、きっちり聞き覚えが御座います。
「あれ?シリウス、それ、どうしたの?」
げっ、ジェームズに見つかった。
「その事は聞くな、ジェームズ」
「いいえ、聞いてやってちょうだいな」
いや聞くな聞くな頼むから。
「え、君は原因を知っているの?」
スミマセン、出来心だったんです。
関連タイトル:「閑話:スノーフレーク」
8月24日の花:パンパスグラス=光輝
冬へと近付く頃、私は一卵性双生児を産んだ。
小さな男の子達は身を寄せ合って眠っている。
そんな二人の頬を、父親であるジェムが人差し指でそっと撫でていた。
「ジニー」
そしてベッドに横たわる私の傍らに腰を下ろす。
「…付けたい名前が、あるんだ」
どこか思い詰めたようなジェムの表情に、私は思わず笑っていた。
「何をそんなに難しい顔をしているのよ」
そして、知ってるわ、とジェムを見上げる。
「あの人達の、名前でしょう?」
するとジェムは曖昧な笑みを浮かべた。
「…うん」
私はジェムと彼らが過ごした時間を殆ど知らない。
けれど、ジェムが彼らとの時間を本当に大切にしていた事は知っている。
「父さんは嫌な顔するかもしれないけど、彼らの名前を付けたい」
そしてその暖かな思い出が、彼の哀しみの傷となってしまっている事を。
「なら、決まりだわ」
だから、この子達がそれを癒す光となれば良いと思う。
「この子達の名前は……」
貴方たちに、大いなる祝福を。
関連タイトル:「82:たからもの」
8月25日の花:キンセンカ=非難
私の名前はギルデロイ・ロックハート。
それは私が決めたのではなく、周りの人達が教えてくれた。
私の名前はギルデロイ・ロックハート。
話によると有名人だったらしい。
本もたくさん出版していたとも聞いた。
この私が?
とんでもない。
私は何も知らないのに。
「そりゃ全部あんたが忘れてるからさ」
目の前の少年が肩を竦めた。
彼の名前はロン・ウィーズリーだそうだ。
毎日ではないけれど頻繁に私の所へ遊びに来てくれる子だ。
「思い出せば思い出すのかね」
「はあ?何が?」
「え?何がだい?」
首を傾げると彼は「もういい」と溜息を吐いた。
彼はよく溜息を吐く。趣味なのだろうか。
「今日はこれで帰るよ」
「え?もう帰るのかい?」
彼はさっさと丸椅子から立ち上ってドアへと向かう。
「待ってくれ」
私の言葉より早くロンは扉を閉めて出ていってしまった。
「待ってくれ、ロン、私はまだ君に帰って欲しくないんだ」
一人になった部屋で、私はもうここには居ない彼に向かって話し掛けた。
だってロン、君だけなんだ。
みんなにこにこしているんだ。
にこにこして「大丈夫ですよ、きっと記憶は戻ります」ってそればかり。
だからロン、君だけなんだ。
君はいつもどこか機嫌が悪そうで、でも私の話を聞いてくれて。
「酷いじゃないか」
私はそれがいつも楽しみだったのに。
「戻って来てはくれないのかい」
私は君と一緒に居たいだけなのに。
「…酷いじゃないか…」
関連タイトル:「???」
8月26日の花:チョウジ=威厳
朝食の乗ったトレイを手に、ハリーは彼の部屋を訪れた。
「アラスター、入るよ」
室内に入ると、まず彼の『魔法の目』がハリーを捉える。
彼はいつもの様に大きな肱掛椅子にその身を任せていた。
既に階段の昇降すら儘ならぬというのに、未だ眼光は衰えぬ老人。
「おはよう。調子はどう?」
「おはようハリー。相変わらずだ」
表情を全く変えぬ老人に気を害した様子も無く、ハリーはよかった、と頷いた。
ハリーはテーブルに手早く朝食をセットして彼の椅子をテーブルへと導く。
老人の向かいの椅子にハリーが腰を下ろすと食事が始まる。
「…何を笑っている」
暫くしてムーディがそう呟いた。
「え?えへへ」
確かにクランペットにバターを塗りたくっているハリーの表情は弛みっぱなしだ。
「変わらないな、と思って」
訝しげに顔を顰めるムーディのその表情すら彼の喜びに触れるらしく、
「ふふふ」
やはりハリーはにやついている。
だって、と彼は年不相応な甘えた物言いをする。
「相変わらず貴方が素敵だから」
ムーディは聞かなかった事にした。
「あっ、ちょっと今無視したでしょう」
だがそれも原因によって阻まれてしまう。
「下らぬ事を言うからだ」
そう切り捨ててムーディはクロワッサンを千切る。
するとハリーが下らなくないですーぅと唇を尖らせた。
「僕にはとっても大切な事なんですから」
ハリーの子供じみた仕種にムーディは僅かに唇の端を持ち上げ、笑みを象る。
それに気付いたハリーも、また笑みを洩らした。
関連タイトル:「52:休日の過ごし方」
8月27日の花:センニチコウ=変わらぬ愛情
「本気かい?!いや寧ろそれは正気なのかいジニー?!」
ええ本気よ、と即答するとロンは一層大きな声で
「そんなバカな事あってたまるか!」
と喚いた。
「バカな事じゃないわ。当たり前の事よ」
「だったらジェムが婿養子に来れば良いじゃ無いか!」
それか夫婦別姓だ!と息巻くロン。
全く、呆れて物が言えないわ。
「別に良いじゃない。私は気にしないわ」
「だってお前がジェムと結婚したらスネイプ夫人って呼ばれるんだぜ?!」
「今更何を言ってるのよ。当たり前の事だって言ってるでしょう」
「その上ヤツが舅なんだぞ?!胃に穴が空くのは目に見えてる!耐えられない!」
誰もロンが結婚するわけじゃないんだから。
それにお生憎様。
私にはジェムの父親が某魔法薬学教師だろうが関係ないの。
「そんな事で、私のジェムへの気持ちは変わらないわ…ところでロン」
さっきから貴方の後ろに噂の薬学教師が立ってるって、知ってた?
関連タイトル:「82:たからもの」
8月28日の花:コウホネ=崇高
君はいつも笑みを湛えていた。
勝気な笑みだったり、無邪気な笑いだったり。
たまに怒って彼らを追いかけていたりしていたけれど。
それでもやっぱり、その後は笑っていた。
私は、ただ見ているだけで良かったんだ。
それだけでも十分幸せだった。
けれど、知ってしまった。
君が、たった一人に向けるその微笑みを。
その笑みを、私に向けて欲しいと思わなかったわけじゃない。
けれどそれよりも私の中で膨れ上がったのは。
「…ご主人様、」
その笑みを一身に受ける、あの男。
自ら進んでその腕に闇の印を刻んだというのに。
「ご主人様に、御知らせしたい事が…」
理不尽じゃないか。道理に反している。冒涜だ。
あんな男が聖なる君の傍らに立つべきじゃない。
だから、私が君をあの男から解き放ってあげるよ。
「ご主人様、『声の一族』をご存知でしょうか…」
関連タイトル:「70:雪」
8月29日の花:トリトマ=あなたを想って胸が痛む
「?」
呼ばれたような気がしてアーサーはふと視線を上げた。
見廻してもこの執務室にいるのは自分だけで。
それでもアーサーは何度も室内を見廻した。
声に、聞き覚えがあったのだ。
(ルシウス?)
廊下に出ても時折書類を抱えた人が通り過ぎていくだけで。
アーサーは首を傾げた。
確かに、ルシウス・マルフォイの声だったというのに。
そしてはっと思い出した。
「…ルース…」
そうだ、あの声は確かにルシウスのものだった。
けれど、それは遥か昔の彼の声だった。
まだどこか甲高く、自分を求める声。
「……」
漸くアーサーは自分のデスクへと戻った。
なんだ、昔の幻聴か。
どうして脈絡も無く思い起こされたのかはわからない。
ただ脳裏に甦る遠い日々に、僅かな苦笑を洩らした。
関連タイトル:「???」
8月30日の花:かやつりぐさ=伝統、歴史
「あの子をイギリスへ!?」
お父さんの声に私は目を覚ました。
ベッドから降り、そうっと部屋を出る。
「あの子には確実にホグワーツから入学許可書が届くわ」
だから今からあちらに馴れさせるのだとお母さんの声。
「そんなもの断ればいいじゃないか」
あの子は特別なんだとお父さんの声。
廊下をそろりと進んで私は扉の近くに座り込んだ。
「駄目よ。あの子は魔女だもの」
「しかし、あの子に何かあれば…」
ばんっとテーブルを叩く音が聞えて私はびくっとした。
「私が何故マルフォイ家から出たのか、知ってるわね?」
あ、お母さん怒っちゃった。
こうなったらお父さんに勝ち目はないなぁ。
ごめんねお父さん、助けに入らないよ、私。
私、「トクベツ」って言われるの、好きじゃない。
だからお父さん。
お母さんにこっ酷く叱られてね。
関連タイトル:「???」
8月31日の花:ワレモコウ=愛慕
いつもの様に二人並んで本を読んで居た時。
「ジェム?」
ことんと左肩に重みを感じて視線を向ける。
案の定、ジェムはすっかり寝入ってしまっていた。
「……」
じっと見詰めても、ジェムはその視線に気付かない。
微かにジェムの呼吸音が耳を擽り、その愛しさに僕は目を細めた。
「…ジェム?」
もう一度、そっと呼んでみる。
起きなければ良いのに。
「……」
僕の望んだ通り、ジェムは起きる素振りを見せない。
少しずつ僕の鼓動は速くなり、煩いほどに騒ぎ立てる。
「ジェム…」
僕はそっと彼の唇に自分の唇を押し当てた。
けれど、すぐに顔を上げ、逸る鼓動を抑える事に専念する。
僕の唇は少し荒れていて、彼の柔らかな唇を傷付けてしまう様な気がしたのだ。
「……」
左肩に掛かる重みと温もりに知らず微笑みが漏れる。
僕は眠るジェムの黒髪を、そっと撫でた。
関連タイトル:「???」ダブルパロでスミマセン
密室なのでブラウザバックプリーズ。