ハリポタ花言葉SSS(9月)
9月1日の花:とらゆり=私を愛して
「お前はもう、用済みだ」
気の無い声と共に杖先を向けられる。
「アヴァダ・ケタブラ」
振られた杖は主の言葉に忠実にその先端に死の光を生み出す。
ルシウスは逃げるでもなくただその光を見つめていた。
どこか他人事のような思いでその光の接近を見守る。
(…ああ…)
視界を染める死の光。
その鮮やかな翠の向こうに、ルシウスは赤毛の男を見た。
(…もし、あの時…)
痛みも苦しみも、衝撃すらない。
ただ、全てが消えていく感覚。
(…アーサー…)
声にならない声で彼の名を囁く。
――どうしたんだ?ルース…
獅子の紋章を抱くローブに身を包んだ彼が優しく微笑む。
そしてその姿は年を経た彼へと変わる。
ただ一つ記憶と違っていたのは、彼が変わらず微笑んでいた事で。
――ルース…
おいで、と広げられる腕。
ルシウスは微笑み、その腕の中へと倒れ込んだ。
関連タイトル:「閑話:トリトマ」
9月2日の花:チューベローズ=危険な快楽
それに触れてはいけない。
触れてしまえば、全てが崩れ去る。
「アーサー…」
薄く開かれた唇から漏れる声を飲み込む様にアーサーは口付けた。
「んっ…」
ルシウスは微かに眉根を寄せ、それでもその口付けを受け入れる。
アーサーはルシウスの口内を存分に蹂躪し、そして彼の唇の左端を舌先で突付く。
微かに鉄錆臭い味がする。
「っ…」
まだ癒えぬ小さな傷がぴりぴりとその存在を示し、ルシウスは顔を背けた。
「駄目だ、ルシウス」
だがアーサーはそれを追い、執拗にその傷痕を攻め立てた。
半日前、己が付けたその傷を。
すると僅かな鉄錆臭さは血の味へと変わる。
「血が滲んで来た」
「お前が弄るからだ」
憮然とした応えにアーサーは喉を鳴らして笑う。
「何が可笑しい」
「いや、拗ね方は昔と変わらないと思って」
すると途端ルシウスの表情が険しくなる。
「アーサー」
だがルシウスが言葉を連ねるより早くアーサーが謝罪した。
「すまない。今のは無しだ」
そしてルシウスのローブへと手を掛ける。
触れてはいけない。
過去に触れてはいけない。
この胸に湧き上がる想いを見てはいけない。
思い出してしまえば恋しくなる。
あの頃に戻りたいと願ってしまう。
「…ッアーサー…」
それでも離れる事は出来ない。
私はお前を知ってしまったのだから。
関連タイトル:「閑話:とらゆり」
9月3日の花:瓢箪=夢
ハリーは目の前の老人をじっと見詰めていた。
それはもう切羽詰まったような面持ちで。
「……」
老人が小さな籠の中からまだ温かいスコーンを手に取る。
皺と傷痕だらけの手は震える事無く的確に動いた。
その手はスコーンにリンゴジャムを少々塗り、口元へと持っていく。
一口齧り、咀嚼する様をハリーは穴を開けそうな勢いで見詰め続ける。
やがて喉仏が上下し、ハリーは老人の言葉を待った。
「……悪くはない」
ハリーの表情がぱっと明るくなる。
この老人が「悪くない」と言うのは及第点に達していると言う事だ。
「良かったぁ〜!」
「何が良かったのだね、ポッター」
老人の者ではない、苛立った低い声にハリーは一気に覚醒した。
「…はえ?」
身を起こすと目の前には顔色の悪い黒尽くめの男。
「何でスネイプ先生がいるん…」
漸くハリーは現状を理解した。
そうだ、ここは自宅ではなくホグワーツの己の執務室だ。
どうやら本を読んでいる途中で机に突っ伏して寝てしまったらしい。
そしてぐるぐると回る左の視界に現実を突き付けられる。
「何だ、夢か…」
もう何年も前の、遠い記憶。
「で、何でスネイプ先生がいるんですか?」
白けたような表情で問うと、男は苛立たしげに手にしていた羊皮紙を放った。
「ダンブルドアからだ」
ハリーは受け取ったそれに目を通し、「おっ」と声を上げた。
読みたかった禁書の取り寄せ許可が下りたのだ。
スネイプは用は済んだとばかりにさっさと退室しようとする。
「スネイプ先生」
けれどハリーの声に引き止められる。
「何だ」
「家族を大切にして下さいね」
スネイプは訝しげな色を浮かべたが、すぐに視線を外してドアノブに手を掛けた。
「当たり前だ」
そしてスネイプは扉を閉める瞬間、
「感傷で物事を言うな」
淡々とした声を室内に残して立ち去る。
ハリーは薄い笑みを浮かべ、背凭れにその身を預けた。
関連タイトル:「100:さようなら」
9月4日の花:ツリガネニンジン=感謝
ドラコと初めて会った時の事はよく覚えていない。
物心付いた時には既に友達だった。
一番古い記憶にもやはりドラコの姿はあった。
いつも僕が探すより早くドラコが寄って来る。
そして僕の腕を引っ張っていくのだ。
だから、自分の隣りにドラコがいるのは当たり前だと思ってた。
ドラコが僕に余り構わなくなっても一時的なものだろうと。
そうやって僕はドラコの気持ちに胡座を掻いていたんだ。
だから、
「僕は、セドリック・ディゴリーが死んで安堵している」
その台詞を聞いた時、後ろから殴られたような衝撃に襲われた。
どれだけ彼を苦しめたのか、僕は全然分かっていなかったんだ。
ごめん、ごめんね、ドラコ。
寂しい思いをさせてごめん。
僕たちはずっと、まるで体の半身の様に一緒に居たのに。
僕は何も言わず君の手を振り払ってしまったんだね。
自分勝手で、ごめん。
そして、待っていてくれた君に。
ありがとう。
関連タイトル:「11:大切なひと」
9月5日の花:エルム=信頼
スネイプは羽ペンを止め、羊皮紙から視線を上げた。
「……」
ちらりと視線を流せば、ソファの上で寝息を立てている子供。
スネイプは立ち上がり、子供の前まで足音を殺す事なく近付く。
だが、やはり子供が目を覚ます気配はない。
安心しきった表情で微かな寝息を立てている。
スネイプは纏っていたローブを脱ぎ、子供にそっと掛けてやる。
「…ぅん…」
すると子供はもぞもぞと動き、その小さな手がローブを握った。
「……」
信頼してくれているのは嬉しいのだが。
「…ポッター」
身を屈め、その癖のある髪に指を絡める。
すると子供はふにゃりと表情を緩めた。
「…全く…」
スネイプは一つ溜息を落す。
少しは耐える身にもなって欲しいものだ。
関連タイトル:「???」
9月6日の花:ミソハギ=悲哀
アーサーは己の耳を疑った。
「は?今、何て言った?」
残業続きでとうとうイカレたのだろうか。
「ルシウス・マルフォイが死んだんだよ!」
やはり彼は同じ言葉を繰り貸した。
「…ルシウスが?」
何の冗談だ。
「それで…」
彼が急っつきながら話す内容を、アーサーは聞いていなかった。
ただ、
『ルシウスが死んだ』
その言葉だけがぐるぐると頭の中を廻る。
まるで脳内で蛇がのたうっているような感覚。
気持ちが悪い。
「…すまない、私はこれで帰らせてもらうよ」
アーサーは覚束ない足取りでロビーへと向かう。
その間も、蛇はアーサーの脳から出て行ってはくれなかった。
「…何だって…?」
蛇は一つの言葉を囁き続けている。
「…ルシウスが、死んだ、だと…?」
囁きを声にした途端、その蛇は頭の中で弾け飛んだ。
ルシウス・マルフォイが死んだ。
――アーサー…
ではあの声は。
「ルシウス…」
あの声は、己の記憶に眠る昔の記憶ではなく。
「ルシウスッ…!」
お前が、呼んでいたとでもいうのか。
関連タイトル:「閑話:トリトマ」
9月7日の花:オレンジ=花嫁の喜び
「今日ね、ジニーのウエディングドレスを選びに行って来たの」
夕食後のコーヒーを啜りながら彼女はうっとりと告げた。
「どれも凄く綺麗でね、ジニーと二人で何時間も迷っちゃったわ」
そしてレースがどうの、襟刳りがどうのと語り始める。
「…すまない」
「え?」
スネイプの突然の謝罪に、彼女はきょとんとしている。
「何が?」
「…お前に着せてやれなかった」
事情があったとは言え、入籍だけで結婚式すら出来なかった。
純白のウエディングドレスはどれほど彼女に似合った事だろうか。
その衣装に彼女が憧れを抱いていたのを知っていたのに。
「バカねえ」
けれど彼女は可笑しそうに笑う。
「ドレスが着れるから嬉しいんじゃないのよ」
そりゃあ全く嬉しくないわけじゃないけど。
「好きな人と結婚する為の衣装だから嬉しいのよ」
そして彼女は空になった己のカップに二杯目を注ぐ。
「私はドレスを着る事は出来なかった。でも、貴方の妻になれた」
ぽとん、と角砂糖がコーヒーの中へと落とされた。
「だから私、十分幸せだわ」
関連タイトル:「???」
9月8日の花:コルチカム=私の最良の日は去った
僕は、見てしまった。
別に見たかったわけじゃない。
見たくなかったのに。
なのに、どうして見せるんだ。
アーサー。
お前が僕以外に心惹かれていく瞬間を。
あの女に心を開いていく瞬間を。
どうして。
どうして僕は見てしまったのだろう。
知らなければ良かった。
知らなければ良かったのに。
そうすれば今日もまた、昨日までと同じ退屈な一日だったのに。
退屈で、それでもお前との時間は満たされていて。
そんな一日がまた過ぎていくのだと思えたのに。
ああ…
昨日が…こんなにも、遠い。
関連タイトル:「88:純血主義」
9月9日の花:ホウセンカ=私に触れないで
人肌は嫌いだ、とルシウスは呟いた。
何故、と問うと、腕の中のルシウスは
「体温が気持ち悪い」
そう続けた。
けれど彼は抵抗しない。
アーサーが抱きしめると決まって彼は大人しくなる。
すると彼は「違うのだ」と呟いた。
何が、と返すと彼はアーサーに凭れ掛かったまま眼を閉じる。
お前だけは違うのだ、と。
「お前の体温は心地良い…」
だから駄目なのだと彼は言う。
「どうして」
「お前が特別なのだと突き付けられる」
その言葉にアーサーは抱きしめる力を強めた。
「苦しい?」
否、とルシウスは囁く。
「お前の腕ならば」
拘束さえ、心地よい。
関連タイトル:「???」
9月10日の花:しゅうかいどう=片想い
木の上からアーサーが僕へと腕を伸ばした。
「ルース」
おいで、と伸ばされる腕。
「本当に大丈夫なんだろうな」
「大丈夫だって、ほら」
僕は木の節に足をかけ、ぐいっと上へと体を持ち上げる。
「よし」
伸ばした片手がアーサーに捕らえられる。
「よっと」
持ち上がる身体。
更に上へと移り変わる視界。
そして、その視界はグリフィンドールの紋章に埋め尽くされる。
僕はアーサーの腕の中にいた。
「ほら、大丈夫だったろ?」
彼のローブの紋章から視線を上げると、
「な?」
彼の暖かな笑顔が間近にあった。
「…まあ、な」
僕は視線を逸らし、そろっと体の向きを変える。
太い樹の枝は二人分の体重を簡単に受け止めていた。
僕の視界はいつもより少しだけ近い空や森を眺めていたけれど、
「おっ、あそこ、ほら、何か実が成ってる樹がある」
僕の体を支えるアーサーの腕と、背に当たる彼の体温。
「ああ…遠くて良く見えないが…」
そればかりが、思考と体を支配する。
「よし、今度採りに行こうぜ」
アーサー。
「校則違反だ」
僕の事を親友だと言うアーサー。
「バレなきゃオッケーだって」
お前は知らないだろう?
「な?いいだろ?」
「…そう言うからには、ヘマはするなよ?」
僕が今、お前に欲情しているなんて。
「よっし決定!」
お前には、理解できないだろう。
関連タイトル:「???」
9月11日の花:なす=真実
それを知った時には、全てが遅かった。
「…ルシウス…」
テーブルに広がる、捨てられた筈だったいくつもの手紙。
その全てが、とても他愛の無い内容だった。
その夏にあった事、知った事。
一年に一度書かれた、まるで日記の様なその手紙。
アーサーは一番日付の新しい手紙を手に取る。
その日付は、彼が結婚する前日のものだった。
細く角張った文字が並ぶ白い便箋。
アーサーに宛てられた手紙。
けれどアーサーへの言葉は無くて。
「なあ、ルシウス…」
会わなくなってからも変わらず綴られた手紙。
結局それはゴミとされてしまったけれど。
「私たちは、本当に不器用だな…」
もしこの手紙たちが一通でも届いていたら、
「こんな生き方しか、出来なかったなんて」
お前は今、生きていてくれただろうか。
関連タイトル:「???」
9月12日の花:くず=治療
アーサーが火傷を負った。
とは言っても手の甲に少々薬品の飛沫が飛んだ程度だったが。
「ああ、これ?大した事無いって」
彼は魔法薬で傷を治す事を余り好まない。
「このくらいなら放っておけば治るし」
魔法薬での急激な治療を、何処か不自然だと思っている節がある。
身体本来の治癒力に任せるべきだと。
そんな所も微かにマグル贔屓の色がちらついていて、ルシウスを苛立たせる。
「アーサー、手を貸せ」
「何だ?それ。アロエ?」
魔法薬で治せば痛みはすぐ消え、痕も残らないというのに。
この男は敢えて痛みを受け入れ、その足跡が残るのを良しとする。
「火傷に効くそうだ。家の居候がよくそうやって居た」
「へえ〜。居候って、例の従妹?」
「そうだ」
ふ〜ん、と意味深な相槌にルシウスはガーゼを切る手を止める。
「何だ」
「いや、何でも無い」
そう笑うアーサーが無性に気に食わなくて、ルシウスは皮を剥いたアロエを
「いってぇ!」
アーサーの火傷に思い切り押し付けた。
関連タイトル:「???」
9月13日の花:彼岸花=悲しき思い出
ルシウス・マルフォイが死んだ。
その言葉を何度頭の中で繰り返しただろう。
内心の動揺を示すように、視線だけが無様に彷徨う。
死因は禁忌の魔法、死の呪文。
原因は不明。
恐らくデス・イーター同士の諍いではないかとされる。
葬儀は身内だけでの密葬。
耳にした噂話を、まるで書類を読み上げるように思考が繰り返す。
繰り返し繰り返し囁かれる彼の死。
そして切れ切れに甦る彼との記憶。
幸せだった頃の記憶に逃げようとしているのだろうか。
甦るそれは殆ど学生時代の姿だった。
道を別けてしまってからも、あの頃の記憶は暖かなものだった。
時折思い出しては頬を弛め、そして現状に苦笑する。
けれど今は。
共に過ごした暖かな日々も。
反発しあった険呑な日々も。
「…ルシウス…」
全てが、悲しい。
関連タイトル:「閑話:ミソハギ」
9月14日の花:アザミ=安心
ふと意識が浮上し、ルシウスは薄らと目を開けた。
「……」
眼前に明らかに男と分かる首筋があり、漸く彼は状況を把握した。
眠ってしまったのか。
どれほど眠っていたのだろう。
夜が明ける前には屋敷に戻らなければ。
そう思いながらもルシウスは再び眼を閉じる。
昔からそうだった、と内心で呟く。
アーサーの纏う空気はとても暖かくて、つい気が弛んでしまう。
ルシウスの眠りは浅い。
いつもちょっとした物音で目を覚ましてしまうほど。
けれど、この男が居る時だけは違った。
いつも熟睡してしまっていた。
今宵とて帰らなければならないという思いが無ければ朝まで寝てしまっただろう。
「…ん…」
アーサーが微かに身じろき、ルシウスは薄らと目を開ける。
「……」
だが彼が目覚める気配はなく、ただ腰に廻された彼の腕がルシウスを引き寄せただけで。
「………」
ルシウスは薄らと微笑みを浮かべ、そしてまた、その眼を閉じた。
関連タイトル:「閑話:チューベローズ」
9月15日の花:アザミ=反抗と無愛想
「最近、ルシウスの機嫌が悪い」
同室の友人にそう洩らすと、彼は「へ?」と声を上げた。
「マルフォイの坊ちゃんが?」
そして彼はスリザリンテーブルへと視線を移し。
「…いつも通りじゃん」
そしてその視線はアーサーへと戻って来た。
その応えにアーサーは「いいや」と首を振った。
「あれはかなり不機嫌だ。あんな仏頂面してさぁ」
「…いつもあんな感じの顔してるけど?」
「お前の目はおかしい」
「いや、おかしいのはお前だ」
速攻で帰って来た応えにさすがにアーサーもぐっと詰った。
「いつもは違うんだ。もっとこう、ふわーんって」
「わからん」
「だから、あの玲瓏たる様から滲み出るような暖かさが」
「小説の読み過ぎ」
「あの薄くほんのり色づいた唇が不機嫌そうに結ばれて」
「ハーレクイン愛読者とか言うなよ?」
「だったらどう言えばわかってくれるんだ!」
因みにハーレクインは読んだ事無いぞ!
「ごめん、俺、お前じゃないからわかんないよ、アーサー…」
彼は無駄に寂しげに囁き、席を立とうとする。
「あっこら逃げんな!」
「ちっ…」
アーサーは彼の腕を引いて再び座らせ、逃がさない様にがっちりと肩を抱いた。
「まあまあオレンジジュースでも飲んで」
「ここは飲み屋か」
べしっと肩に廻された手を叩き落として彼はゴブレットを手にする。
(ああ、まただ)
スリザリンテーブルからの殺気じみた視線に彼は溜息を吐く。
「アーサー」
どう考えてもこれは自分に対する嫉妬の視線だというのに。
「あ?」
出所は勿論、あの不機嫌な坊ちゃん。
「お前バカだろ。ていうか鈍すぎ」
「はあ?」
ああ、何で俺、こいつの親友なんてやってんだろう。
溜息を押し戻すように彼はオレンジジュースを飲み干した。
関連タイトル:「閑話:しゅうかいどう」
9月16日の花:りんどう=悲しむ君が好き
時折、強い衝動に駆られる。
自分達の関係を、ウィーズリー夫人や子供たちに告げてみたいと。
あの暖かな、私には到底手にする事は出来なかった暖かな家族。
告げてしまえば、アーサーは選択を強いられる。
私を取るか、家族を取るか。
だが、それは考えるまでも無い。
彼は家族を選ぶだろう。
けれどその絆に入った私と言う罅は確かに存在する。
彼はそれを嘆くだろうか。悲しむだろうか。
そして私を過ちと悔い、憎むだろうか。
所詮、あの頃に戻れるわけが無いのだ。
そして、あの頃の様な日々を再び得る事も。
ならば壊してしまったほうがいっそ清々するではないか。
お前のあの暖かな笑みを望むと同時に、私は。
「アーサー…」
これ以上に無くどろどろとした憎しみの目で見詰めて欲しいと。
それを何よりも望んでいる。
関連タイトル:「???」
9月17日の花:ハゲイトウ=見栄坊
「アーサー様」
突然隠れ家に現れたしもべ妖精に、彼らはぎょっと目を見開いた。
「「ドビー!」」
アーサーとロンの声が重なる。
「?ロン、ドビーを知っているのか?」
「うん、今はホグワーツに居るんだ。よくハリーの所に来るよ」
ね、とドビーを見下ろせば、彼はぺこりとお辞儀を返した。
「数日振りに御座います、ウィージー様」
「だからウィーズリーだってば!」
「それはともかくで御座いましてですね」
ドビーは相変わらずぼろぼろの服の中から手紙を取り出した。
何通もの手紙が束ねられたそれを恭しくアーサーに差し出す。
「アーサー様へこれをお渡しに参りまして御座います」
「これは…」
アーサーは眼を見張り、それを見詰める。
宛名はたった一行。アーサーの名前が記してあるだけだった。
けれど、その文字に見覚えが有った。
「ルシウスからの、か…?」
震えそうになる腕を内心で叱咤しながらそれを受け取る。
間違いない、彼の字だ。
「ドビーめは遠い昔に坊ちゃまからこれを預かったので御座います」
「ドラコから?」
ロンの声にドビーは「そうで御座います」と肯く。
「ドビーめは自由です。ですがそれでもこれだけは果たしたくて参りました」
「だが、何故ドラコが…」
すると突然、ノックも無しに玄関扉が開かれた。
「その手紙がゴミとされていたからさ」
関連タイトル:「閑話:なす」
9月18日の花:マルメロ=誘惑
就寝時間を過ぎればホグワーツ内には静けさが訪れる。
勿論、監督生専用の風呂も同じ事。
が、この日は違っていた。
「ずっと気になっている事が有るんだが…」
アーサーが縁から身を起こすと、それに伴って薔薇色の湯が揺れた。
「何がだ」
彼のすぐ傍らで声が上がった。
縁に腕を投げ出し、気だるげに湯に浸かっていたルシウスが視線だけをこちらに向ける。
「この薔薇湯に使われるバラは何処から来ているんだろうな」
「……」
この魔法界で何を寝呆けた事を。
そんな視線で見上げてくるルシウスをアーサーは見下ろした。
「何処から来るんだろうな」
繰り返すアーサーに、ルシウスは身を起こした。
「それは魔法の原理を問う事と同じ事だ」
額に張りついた髪を後ろへと撫で付けながら告げる。
「無から有が生まれる。それが魔法だ」
「そうかな」
「そうだ」
でも、とアーサーは笑う。
「もし何処かの薔薇園から調達してるんだったら笑えるよな」
「何処が」
「この薔薇湯用の蛇口を捻る度、薔薇園の薔薇が消えていくんだぜ」
さも可笑しそうに言う男に、ルシウスは同じ言葉を繰り返して肩を竦めた。
「It is frivolous!」
そんな事より、とルシウスはアーサーの首に腕を絡める。
「アーサー」
う、と唸る男が可笑しくて、ルシウスは喉の奥で笑う。
「ここ、湯ん中なんですけど」
「薔薇の香りが体に染み付きそうだ」
「まあ、明日二人して薔薇の香りを振り撒くのも良いかもな」
笑いあってキスを交わすと、やはり薔薇の味がした。
関連タイトル:「???」
9月19日の花:カリオプテリス=忘れ得ぬ悩み
「その手紙がゴミとされていたからさ」
突然やって来たドラコに、ロンが声を荒げた。
「挨拶も無しにそれか!」
だがドラコはロンを無視してドビーを見下ろす。
「捨てられていたのを僕が拾ってドビーに渡したんだ」
かつてマルフォイ家の屋敷しもべだった彼は恐縮したように身を竦めた。
「その頃の僕はまだ幼かった。もう、十年ほど前になる」
偶然それを見つけた彼はそっとそれを手に取った。
ごみ箱から物を取るなどいつもなら考えられない事だったが。
「子供は好奇心が旺盛だからね」
好奇心に勝てず、それを手に取った。
きちんと封蝋までされている手紙達は、全てに同じ名前が綴られていた。
その中で一通だけ封を開け、中から出て来た便箋に視線を滑らした。
その内容は特に面白い事が書いてあるわけではなかった。
まるで日記の様なそれに彼は何処か落胆して便箋を封筒に戻した。
そして再び捨てようとし、ふとその手を止めたのだ。
そしてもう一度その手紙に目を通す。
やはり内容は変わらない。
けれど、それがとても丁寧に書かれたものだと気付いた。
父はいつももう少し崩した書き方をする。
けれどこの手紙はきっちりと丁寧に書かれていたのだ。
ドラコは手紙の束を紐で括るとドビーを呼び付けた。
「いつか、父が死んだらこれを『アーサー・ウィーズリー』に渡せ」
捨てられていたという事は、父はこれが相手に届く事を良しとしない。
けれど、捨ててしまうのは勿体無い気がしたのだ。
「あの時は軽い気持ちだったんだが」
まさか今でも持っていたとは思わなかった。
そう言ってドビーを見下ろすと、ドビーは何処か誇らしげな顔をした。
「で、なんでドラコが居るんだよ」
ロンの不貞腐れたような声に、ドラコはローブから白い塊を取り出した。
彼の手に収まるそれは、純白の光沢を放つ布に包まれた何かだった。
片方の手で丁寧にその布を捲っていき、中の物がその姿を現わした。
「それは…!」
アーサーが音を立てて椅子から立ち上がる。
「これを、ミスター・ウィーズリーに」
現れたのは、銀の懐中時計だった。
関連タイトル:「閑話:ハゲイトウ」
9月20日の花:まんねんろう=私を思って
「これを、ミスター・ウィーズリーに」
差し出されたそれは、銀の懐中時計だった。
蓋に細かな細工のされたそれは薄らとくすんでいて、その年月を物語っている。
「これに、見覚えは」
「何故、君がこれを…」
ドラコの淡々とした問いかけとは反対に、アーサーの声は微かに震えていた。
「父は、杖と共にこの時計だけは肌身離さず持っていましたから」
アーサーの目が見開かれる。
「…それは…」
そして脱力するように彼は再び椅子に腰を落とし、片手で口元を覆った。
「それは…私がルシウスに贈った時計だ…」
彼は差し出したままのドラコの掌からそっとその時計を手に取る。
かちりと微かな音を立てて蓋を開けば、その裏に刻まれた言葉。
Rosemary
from A to L
「まだ、持っていてくれたのか…」
アーサーはその文字をじっと見詰める。
ローズマリーの花言葉は、「Think of me(私を思って)」
学生時代、未来など考えもしなかったあの頃。
ルシウスの誕生日にと、無け無しの金を叩いて購入した銀の懐中時計。
彼が持つには随分と安物だという自覚はあったが、それでも彼にこれを贈りたかった。
彼がその時計を見る度に自分を想って欲しくて。
だが、彼がそれを持っている所を見た事がなかった。
時計は持たない主義だと言って。
まるで懐中時計を贈られた事すら記憶にないような表情で。
なのにその表情の下で、彼はその懐中時計を大切にしていたのだろう。
それは二人が対立してからも変わらずに。
アーサー自身はすっかり忘れてしまっていたというのに。
彼が何を思ってアーサーからの贈り物を大切にしていたのかは分からない。
過去に縋っていたのか、未来への有り得ないだろう希望を抱いてか。
少なくとも、惰性で持ち歩くような性格ではない。
「…こんな…」
アーサーは自分の声が震えている事に漸く気付いた。
「こんな形で戻ってくるとは……」
若い頃、気障ったらしいと思いながらも彫った「Rosemary」の文字。
頭の良い彼ならその意にすぐ気付くだろうと。
Think of me.
なのに今ではそれが、まるでルシウスの叫びの様に感じてしまう。
Think of me!
彼を少しだけ束縛したくて贈った懐中時計。
二人きりじゃない時も自分という存在を感じて欲しくて贈った懐中時計。
Think of me!
Think of me!
Think of me!
刻まれた「Rosemary」の文字が、まるでアーサーを責めるように。
「すまない…」
その非難に抗う術を、男は持っていなかった。
関連タイトル:「閑話:カリオプテリス」
9月21日の花:五色唐辛子=悪夢が覚めた
「魔法薬学五年とDADA六年、か」
リドルは全学年の時間割を見ながら呟いた。
どちらも捨て難い教科だ。
リドルは自室から出て父の姿を探す。
「父さん」
彼の父、セブルス・スネイプは洗面所に居た。
「今日の一つ目の魔法薬学、何やるの?五年のやつ」
父は手にしていたタオルを籠に放り、一言。
「石化剤の調合だ」
「あれ?それってこの前やらなかったっけ」
全クラス終わっている筈だと首を傾げ、すぐに思い当たった。
抜打ちテストか。
「じゃあ僕はDADAに出ようっと」
石化剤なら目を瞑りながらでも出来る。
「ありがと」
そう告げて踵を返し、
「あ」
と再び父を振り返る。
「あと、おはよう」
「…おはよう」
今更の挨拶にスネイプは僅かな苦笑を浮かべる。
「今日はあの夢、見なかったんだ」
だが、続けられたその言葉にスネイプの苦笑は穏かなものへと変わった。
「そうか。良かったな」
「うん」
リドルも嬉しそうにその表情を綻ばせ、今度こそその場を立ち去った。
「母さんにも知らせてくる!」
関連タイトル:「32:夢」
9月22日の花:コバンソウ=熱心な議論
「だから!」
魔法史の教室へ向かっていた彼女は、知った声に足を止めた。
「『ら』だって言ってんだろ?!」
「『か』だって!」
少し離れた廊下の隅で二人の少年が何やら言い争っている。
「ジェームズ、シリウス…何してるの?」
彼ら、ジェームズとシリウスに近寄ると、
「「丁度良い!」」
ぽむっとそれぞれジェームズは少女の左肩に、
「実は君に聞きたい事が有るんだ」
シリウスは右肩に手を置いてじっと見詰めた。
「??何?」
「これを訳して欲しいんだ」
とジェームズが肩から手を放して一冊の本を取り出した。
そして開いたページの一個所を指差す。
「訳す?って…」
そこには「plain」と。当然、それは英語である。
訳すも何も、英語をこれ以上何に訳せというのだろうか。
ここが彼女の母国である日本であるというのならともかく。
「…何語に?」
「日本語だよ!」
「日本語に?何でまた」
嗜みとしてフランス語やドイツ語を学ぶ者は多いが、何故日本語。
まだイタリア語を学んだほうが役に立ちそうだ。
「いや、前に君が言っていた間違え易い日本語について話てたんだけど」
何故そんな話した本人ですら忘れていたような話を。
余程話題に困っているのだろうか?
「ジェームズが『か』だって言うんだぜ?『ら』だろ?」
「『か』だってば」
「だから、何が『か』で『ら』なの?」
「だから、これの日本語」
前後の文章から言って…
そこで漸く彼女は得心した。
「ああ、そういう事ね」
そして彼女はシリウスの肩をぽんと叩き、
「残念ね、シリウス。『か』が正解よ」
「マジで?!」
「ほら見ろ」
はい、とジェームズがシリウスに手を差し出す。
「くっそー!」
シリウスはポケットから銅貨を一枚取り出してジェームズに渡した。
どうやら賭けまでしていたらしい。
ていうかそんな下らない事に金を賭けるな。
少女はそうツッコミを入れようとしたが、止めておいた。
シリウスの勘違いには身に覚えがあったので。
「所で貴方たち、グリフィンドールは次の時間、薬草学じゃないの?」
少女の声に少年たちははっと我に返る。
「私はそこの教室だから間に合うけど、ここから温室って…」
「「ヤバイ!」」
少女の言葉が終わるより早く少年たちは駆け出した。
また後で!と手を振る二人に手を振り返し、少女も教室へと向かった。
つまり。
何が『か』で『ら』なのか。
「あからさま」と「あらかさま」
どちらが正しいか、という事を議論していたのだ。
「ホント、下らない」
言葉の割には愉快そうに、少女は笑い声を小さく洩らした。
関連タイトル:「???」
9月23日の花:バラ(黄)=嫉妬
アーサーと仲の良い生徒が居る。
彼に友人は多いのだが、その中でも一際仲の良い生徒。
名前は知らないが彼の同室で、いつも一緒に食事を摂っている。
現に今も二人はグリフィンドールテーブルで並んで朝食を摂っていた。
何をやっているんだ、あのバカ(アーサー)は。
何やら先程から芝居掛かった身振りでその青年に語り掛けている。
あ、怒った、のか?
むがー!という声が聞こえてきそうなアクションをするアーサー。
一体何を話しているんだ?
すると例の男が寂しげな表情で何か呟き、席を立とうとする。
喧嘩か?
だが、そんな考えも一瞬で消える。
アーサーが彼の腕を引いて再び座らせ、逃さないと言わんばかりに肩を抱いたのだ。
「………」
何を話しているのかは知らないが。
何を話しているのかは知らないがっ。
非常に腹立たしい事この上ない。
アーサーに腹を立てているのか、その友人に腹を立てているのか。
最早その区別が付かないほど腹立たしい。
出来る事なら石化の呪文の一つでも唱えてやりたい所だ。
お陰でまた食事の味が分からなかった。
後でアーサーに嫌味の百や二百くれてやろう。
関連タイトル:「閑話:アザミ」
9月24日の花:マンダラゲ=恐怖
そこは、見慣れない場所だった。
けれど、そこが何処なのか。
何故か…すぐにわかった。
彼の家だ。
ここは、彼の家なのだと。
なんだ、と安堵する。
彼は何処に居るのだろう。
ああ、確かあの部屋だ。
あの部屋が、彼の部屋だから。
きっと彼はそこに居る。
やけに大きな扉の前で自分は立ち止まる。
そしてノックを二回。
「入るぞ」
そう声を掛けてノブを廻す。
あっさりと開いた扉の向こう。
「……」
言葉もでない、とはこの事か。
血が、真っ赤な血が。
部屋の中央に血溜まりが出来ていた。
そこから一直線にベッドへと向かって血の筋が延びている。
まるで、何かを引き摺った痕の様に。
「ああ…」
溜息の様な声に自分はびくりとする。
血の擦れた跡、その先。
彼は、そこに居た。
天蓋付きの大きなベッドの上に腰掛けて。
ベッドの上には、自分が居た。
血に塗れ、瞼を重く閉ざし、土気色の顔色をした自分。
彼はその血に汚れた頬に舌を這わせる。
ちゅ、と戯れに吸いながら彼は何度も何度も。
「やめろ!」
目が覚めた。
「………」
天蓋を見上げながら呆然と事態を把握しようとする。
体の血の気が引いている。
心臓が高鳴っている。
「……何だ」
夢だったのか。
関連タイトル:「???」
9月25日の花:からすむぎ=音楽が好き
構えと煩い男を無視して本を読んでいると彼は不意に歌い出した。
歌詞はなく、ただ音を準えるだけのそれ。
始めは無視していたルシウスだったが、ふと視線を上げた。
何処かで聞いたようなメロディ。
「お、やっとこっち向いた」
アーサーが歌うのを止めて嬉しそうに言う。
お陰で分かりそうだった曲名が分からなくなる。
「何の曲だ?」
仕方なく問うと、彼はあっさり。
「知らない」
ホグズミートの何処かの店で流れていたんだ、と彼は言う。
「何かこう、耳に残っててさ」
「そうか」
こうなると自分の記憶の引き出しを引っ掻き回すしかない。
それほど気に留めるような事ではないと分かってはいるのだが。
一度気になってしまうとどうしても知りたくなる。
あれでもない。これでもない。
ああ、確かあの曲…似ているが違う。
他に何か無いか?
頭の中を様々な曲が流れては消えて行く。
けれどそこに当てはまる曲は見つからない。
確かに自分はこの曲を知っているのに。
「………」
分かりそうで分からない。
それは無性に腹立たしい。
なので。
「いてっ」
原因であるアーサーの頭を。
「お前、最近すぐ手が出るよな?!」
「自業自得だ」
手にしていた本の角で叩いてやった。
関連タイトル:「閑話:くず」
9月26日の花:バラ(淡紫)=気まぐれな美しさ
「なあ、ルース…」
切なげに問い掛けても。
「ルーゥシウス?」
機嫌を伺うような声音で呼び掛けても。
「ルールールーッシウッスー」
おちゃらけて呼び掛けてみても。
「ユニオンジャックってのはさぁ」
マグルのイギリス国旗について語ってみても。
「God save our gracious Queen!」
マグルのイギリス国歌を歌ってみても。
「……」
ルシウスは一向に紙面から視線を上げようとしない。
以前から読みたがっていた本が漸く手に入った。
それは分かる。嬉しいのも分かる。早く読みたいのも分かる。
が、せめて二人で居る時くらい。
昨日だってこんな調子だったじゃないか。
消灯時間まであと一時間しかないというのに。
そう思ってしまうのは仕方の無い事で。
次第に思考は愚痴が増え始め。
何でこいつに惚れてんだろう。
そう思った途端、ルシウスの視線がこちらに向けられる。
「な、なんだ?」
まるで心の中を見透かされた様な気分になり、アーサーは上擦った声を上げた。
「アーサー」
ルシウスは片腕を伸ばしてくしゃくしゃと彼の赤毛を掻き混ぜ、
「もう暫く待っていろ」
構ってやるから。
再び紙面へと視線を落としてしまった。
「……」
まるで駄々を捏ねる子供に対するようなそれ。
アーサーは暫くぽかんとしていたが。
「……反則だ」
がくりと項垂れた。
関連タイトル:「閑話:からすむぎ」
9月27日の花:グズマニア・マグニフィカ=挑戦
「ルース、勝負だ」
ばん、とテーブルに置かれたのは、チェスセット。
しかも魔法使いのチェスではなく普通のチェス。
二人は自分の指で駒を動かす方が好きだった。
「何だ突然」
「負けた方は一つだけ勝った方の言う事を聞く」
「………」
ルシウスは怪訝そうな視線でアーサーを見る。
アーサーのチェスの腕はかなりのものだ。
負ける事など滅多に無い。
が、それはルシウス相手以外の場合で。
ルシウスとアーサーはほぼ互角。という事は。
自分が負け、ルシウスの命令を一つ叶える羽目になる可能性だって有る。
それでもそう言い出したという事は。
「…わかった」
頼みがあるならそう言えば良いのに。
だが、勝負という手に出るという事は多少なりとも言い難い内容なのだろう。
駒を並べ終わり、ルシウスはポーンを摘んだ。
結果。
「チェックメイト」
勝者、ルシウス・マルフォイ。
「私の勝ちだな」
「ぬあ〜〜…!」
悔しがるアーサーを尻目にルシウスはさっさと駒を片付け始める。
「さて、負けた方は…覚えているな?」
ぐっと言葉に詰るアーサーに、ルシウスは僅かに唇の端を持ち上げた。
「私に何をさせたかったのか、言ってみろ。これが命令だ」
関連タイトル:「???」
9月28日の花:コーカサスマツムシソウ=私はすべてを失った
何年か前、私は全てを失った。
名前も、記憶も、性格も。
「貴方の名前は、ギルデロイ・ロックハートです」
私の一番古い記憶は、私にそう言い聞かせる医師の姿だった。
「ギルデロイ・ロックハート…?」
他人の名前を聞いている様な気分だったのを覚えている。
あれから数年。
記憶の喪失は相変わらずだったが、退院できるまでにはなった。
自分の家だと連れて来られた屋敷。
始めの内は他人の家の様に足音一つも潜めていた。
だが、まあ、馴れてくればなかなか快適で。
「やあ、よく来てくれたね」
こうして人を呼ぶ事も出来るようになった。
「何が良い?紅茶にココア、ジュースだってある。バタービールはないけどね」
何処に何があるのかも自然と覚えた。
「今日は泊まっていけるんだろ?ロニィ」
そう聞いていたから客間だってちゃんと整えてある。
(整えたのは屋敷しもべだけど)
熱いココアにバニラアイスの塊をそっと落とす。
ココアとバニラの甘い香りが漂うカップを彼の前に置き、私はにっこりと笑う。
バニラアイスが溶けきらない内に飲んでくれたまえ。
私はコーヒー。
だけど君とお揃いでバニラアイスを落としてみよう。
おお、何だかシュールな事に。
「チョコレート?」
バニラ以外なら、やっぱりそれかな?
ストロベリーはどうだろう?ココアには合うかもしれないね。
ラムレーズン?不味くはないんじゃないかな?
キャラメルリボンも捨て難いね。
うん、そうだね。
「じゃあ明日、一緒に買いに行こう」
数年前、私は全てを失った。
けれど足りないものなど何も無い。
私は今、満たされている。
関連タイトル:「閑話:キンセンカ」
9月29日の花:りんご=名声
私の名前はギルデロイ・ロックハート。
まあ、有名だったらしい。
今でも街を歩くと声を掛けられる。
頑張って下さい、とか。記憶が戻ります様に、とか。
大抵レディから。
一応、笑って「ありがとう」と応えてみる。
実は余り嬉しくないんだけどね。
「ギルディ?」
私を呼ぶ彼の声にはっとする。
「どうしたんだい?」
二周りも年下の君。今では私と同じくらいの身長だ。
ひょろりと伸びた、けれど決してか弱くはない体と柔らかな赤毛。
「ああいや、何でも無いよ、ロニィ」
そう?と小首を傾げる君。
ああ、私に声を掛けてくれたレディたち。
申し訳ないけれど、恐らく君たちに囲まれて居た頃より
「さあ、帰ろう」
今の私は幸せなんだ。
関連タイトル:「閑話:コーカサスマツムシソウ」
9月30日の花:ヒマラヤスギ=貴方のために生きる
もし、私が名家の生まれでなかったら。
一般家庭の魔法使いで、その姓を知る者なんて少ないような。
そんな家に生まれていたら。
お前は今でも私の隣りに立っていただろうか。
それとも、やはり私は闇に堕ち、お前に見限られるのだろうか。
それでもいい。
それでもいいから。
ああ、ほんの一瞬だけでいい。
家名も勢力もプライドも建前も意地も何もかもを捨て。
その一瞬だけ、お前の為だけに生きる事が出来たなら。
それは叶う事の無い、泡沫の夢。
関連タイトル:「???」
密室なのでブラウザバックプリーズ。