ハロウィーン




物心付いた時から自分の左腕にあるもの。
黒い痣のようなそれ。
父さんにも同じ様なのがあったのを覚えている。
昔、それが何なのか聞いた事があった。
父さんは何も教えてくれなかった。母さんは「そんな所まで遺伝したのね!」と笑っていた。
だけど、その笑いがいつもの柔らかいものじゃなくて何処か無理しているような感じがして、以来その事は聞かないようにした。
やがてそんな事は忘れてしまって、「父さんと同じ痣がある」、その程度の認識でしかなかった。
この痣がとても大きな意味を持っているなんて、考えた事も無かった。




今日はハロウィーンだ。
みんないつもより浮き足立っていて、食事中なのに騒がしい。(まあ、騒がしいのはいつもの事だけど)
何がそんなに嬉しいのか僕は今一つ良く分からない。
そりゃあ確かに食事は豪勢になるし天井もジャック・オー・ランタンが浮かんでたりしてるけど、それほど喜び騒ぐほどでもないと思うんだけど。
「ジェム」
そんな事を思いながらパンプキンパイを食べていると、母さんがこっちにやって来た。

「レクイエム?」

僕の声に母さんは「そうなのよ」と笑った。
「ダンブルドア先生に頼まれちゃって」
母さんの話しはこうだ。
今日はハロウィーン。つまりは死者の鎮魂を願う日とも死者の魂が帰って来る日とも言われる日。
そこで母さんに鎮魂歌を歌って欲しいとダンブルドアに頼まれたそうなのだ。
「嫌なら断れば良いのに」
僕の言葉に母さんは「嫌っていう訳じゃないのよ」と苦笑した。
「ただ…色々と、思い出しちゃいそうで…」
微かに寂しそうに笑う母さんに、掛ける言葉を持たない僕は黙って菓子皿に盛られていたチョコレートの包みを幾つか手に取って母さんに渡した。
昔、嫌な事があって落ち込んでいる僕に母さんがやってくれた事。
ただのチョコレートなのに、不思議と心が落ち着いたのを覚えている。
「…ありがとう」
母さんも覚えていたんだろう、嬉しそうに笑って包みを一つ剥いて口の中へ放り込んだ。
「さて、何歌おうかしら」
いつもの調子を取り戻したらしい母さんは「楽しみにしててね」と告げて教員席へと戻っていった。
それから暫くして、ダンブルドアが手を叩くと同時にテーブルの上の料理が消えた。
「さて、今年は特別に先生に鎮魂歌を歌ってもらう事になった」
ダンブルドアの説明に多くの生徒が喜びに沸き立ち、母さんは少し照れたように笑っていた。
母さんが教員テーブルより少し前に立つとダンブルドアが杖を振った。
途端、母さんの回りに演奏者のいない楽器たちが浮かび上がって音を奏で始めた。
それに合わせて母さんが歌を紡ぎ出す。
その曲は、僕の知らないものだった。だけど、不思議と耳に馴染む。
どこか哀しげで、透き通るような歌声。けれど力強く、か弱さは感じさせない。
母さんはじっと目を閉じてその歌声を響かせている。
何度聞いても母さんの歌は凄いと思う。
母さんにそう言うといつも「それしか能がない一族だから」と苦笑するけれど、十分凄いと僕は思っている。

くらり、と視界が霞んだ。

(え?)
次の瞬間、まるで光が襲って来たような眩い感覚に僕は眼を閉じた。






「もう、決めたのね?私が説得しても、行ってしまうのね?」



母さんの声だ、と思った途端、視界が開けた。
(あれ?)
僕は、自分の膝の上に置かれた本を見ていた。

『罠の大辞典〜落とし穴編〜』

……何これ。僕、こんなの借りた覚えないんだけど。
ていうか、僕、大広間に居た筈なんだけど。
僕はここがどこだか確かめようとしたけれど、それは叶わなかった。
体どころか、視線すら動かす事も出来ない。
どうなってるんだ?
「わかったわ」
また母さんの声が聞える。
「私、貴方に付いて行くわ」
でも、と母さんの声が続く。
「一度だけ言わせて……「行かないで」」
何処に?母さんは誰と話しているんだ?そもそも母さんは何処に居るんだろう。
「すまない…」
直ぐ近くで男の声が聞えた。父さん?
ちょっと声が高い気がするけど、でもこの声は父さんだよね?
「バカね」
声に合わせてかすかに視界が揺れた。
「例えば私がマルフォイの血筋じゃなくて、私もあなたもスリザリンじゃなかったらもっと楽だったかもしれないわ。けれど、事実私はルーシーの従妹で、私もあなたもスリザリンだわ。しかも厄介な事に私たちは優秀と来た。こうなるのは、仕様が無い事なのよ。あなたが私の為に行くのなら、私も付いて行くわ」


瞬間、またあの眩い光が僕を襲った。


光が去った後、「僕」は何処かの森を駆け抜けていた。
僕はもうこれが何なのか勘付いていた。
僕は今、母さんの視点で過去を見ている。
これは母さんの記憶だ。
母さんはきっと歌いながら昔を思い出していたんだろう。
その「声」に僕が引きずり込まれてしまったんだ。

やがて森を抜けると同時に、母さんは崩れ去った家を見つけた。
「誰だ!」
突然響いた男の声に、母さんはびくりとしてそちらを見た。
月の光しかない中、ハグリットと背の高い男がこちらを見ている。
シリウスだ!!
僕が出会った頃より少し大人びてはいたけれど、シリウスに間違いない!
「…まさか、、か…?」
シリウスが驚きの声を上げる。

「…シリウス?」

母さんの声に確信する。やっぱりシリウスだ!
「お前、どうして…」
「シリウス、ハグリット、何が…その子は?」
ふと母さんがハグリットの抱えているものに視線を向けた。
ハグリットの腕の中には赤ん坊がすやすやと眠っている。
「お前さんは知らんかったな。この子はハリー。ジェームズとリリーの息子だ」
「ジェームズと、リリーの…?」
ハリーだって?!この赤ん坊が?!
「ねえ、シリウス、どうし、て…」
母さんはシリウスを見上げ、そして彼の背後に人が横たわっているのに気付いた。
シリウス・ブラックと同い年くらいだろう男女が胸元で祈るように手を組み、横たわっている。
女の人の方には見覚えはない。けれど、

「…ジェームズ、リリー…!」

母さんが悲鳴に近い声を上げる。
やっぱり、ジェームズだった…ジェームズなんだ…!
母さんがその二人の元に膝を付き、まるで叫びを押し戻すように自分の口を両手で塞いだ。

「ヴォルデモートが、二人を殺した」

背後からシリウスの声が聞えてくる。
本当にシリウスが裏切ったんだろうか。彼の声は本当に辛そうで、苦しそうで…これが縁起だなんて思えない。
「ハリーがどうやってヤツを退けたのかはわからない…けれど、ジェームズとリリーが死んで…ハリーだけが生き残った…それだけは、事実だ…」
「っ…!」
母さんは拳を地面に思い切り打ち付け、悲痛な声を上げた。
「ヴォルデモート様ぁ!」
僕は母さんのそんな声を聞くのは始めてで、呆然としてしまう。
「ヴォルデモート様!あなたの求めるものはすぐ傍にあったのに…!どうして気付こうとしないんですか!」
けれど、その叫びに僕は驚いた。
まるで、母さんがヴォルデモートを良く知っているようなセリフ。
そして、ヴォルデモート「様」。
「臆病者!」
視界がゆらりと霞む。
母さんが、泣いている。
いつも微笑んでいて、どんな事があってもやんわりと受け止めていた母さんが。
…どういう、事だ…」
僕と同じ疑問を抱いたのだろう、シリウスが母さんの肩を引いて視線を合わせた。
「お前、まさか…」
シリウスの声が微かに震えていて。
「私…」
母さんの声も、涙で揺れている。
「私、ずっとヴォルデモート様の館に閉じ込められて、いたの……私は、この国でただ一人の声の一族だから…」
僕の中を衝撃が走った。
父さんも母さんも昔の事は話したがらなかった。
ジェームズたちが父さんがヴォルデモート側に降るかもしれないって言っていたから、きっとそれが原因なんだろうって思ってた。
だけど、まさか母さんがヴォルデモートに囚われていたなんて全く思い付かなかった。


そしてまた世界は光に包まれた。





「ヴォルデモート様!」


母さんの悲鳴のような声が聞える。
次の瞬間、僕が見たのは赤ん坊だった。
母さんが赤ん坊を抱いていて、その子を見下ろしている。
「さあ、どうする」
近くで男の声がする。ヴォルデモートだ、と何故か僕は理解した。
母さんは赤ん坊に向かって小さく「ごめんね」と囁いた。
「それで良い」
母さんが顔を上げて声の主に近付くと、男は母さんを抱きしめるように引き寄せた。
「よく見ているがいい」
彼は母さんが抱えている赤ん坊の左腕を取り、何かを唱え始めた。
その腕を取る男の手が仄かに暗く光り、それが収まる頃には赤ん坊の左腕には髑髏と蛇の、醜い印が宿っていた。
ぎくりとした。
今まで忘れていた、僕の左腕にある黒い痣。
それと同じ場所にそれは刻まれている。
そして、男がその印に指を触れると、忽ち室内には大勢の人々が現れた。
誰もが漆黒のローブを纏っている。
「良い知らせだ」
彼は集まった者たちを見回し、高らかに告げた。


「赤子の名はジェム。我らの新たなる「家族」だ」


先程とは比べ物にならないくらいの衝撃が駆け抜ける。
この赤ん坊が、僕?
じゃあ、この左腕の黒い痣はヴォルデモートの仲間だという印なのか?!
母さんはじっと「僕」を見ている。




そして光の洪水。








「ジェムは我が息子として恥じぬ様育てよ」










「!」
はっと我に返った。
僕は相変わらずスリザリンテーブルに居て、隣りにはドラコたちが居る。
一瞬、彼らも同じモノを見たのかと思ったけれど、みんな母さんの歌に聞き惚れているだけみたいだ。
ほっとしてドラコの横顔から視線を外し、ぎくりとした。
みんなの視線が母さんへ向かっている中、一対だけ僕に向けられた視線があった。
ハリーだ。
ハリーは信じられない、と言わんばかりの表情で僕を見ている。
違う。
僕は思わずそう唇を動かして首を横に振った。
違う、僕はヴォルデモートの息子じゃない。
けれど、ハリーの視線はぎこちなく逸らされる。
ハリー!
僕はセブルス・スネイプとの息子だ!!
そう叫びたかった。
だけど、僕はそれを証明する術を持たない。
(くそっ…!)
僕は左腕の痣のある場所を、ローブの上からきつく握った。







(終)
+−+◇+−+
ジェムの外見、スネ先生似なのにね。(笑)
ジェムがジェームズ達と知り合いなのは「父親」を参照。
実は私、歌ネタって嫌いです。(何かどっかでも書いた気がするが)既存の歌の歌詞とか載せてるSS見ると、ちょっぴり引きます。
まあ、それは置いといて。この話は最後のジェムがハリーに「違う」と首を振るシーンが浮かんで、それが書きたくて作りました。
今回のヒロインのイメージは「月のしずく」です。映画「黄泉がえり」のテーマ曲だそうで。お陰で最近「黄泉がえり」が観たくなってしまって困ったものです。
「告白」でヒロインが読んでいた本の書名が分かりましたね。所詮彼女はジェームズたちの仲間です。
関連タイトル:「告白」、「涙」、「謝罪」、「闇」
(2003/07/11/高槻桂)

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