第一印象 想像としてはね、来るとしたら、姿現わしだと思っていたの。 人が寛いでいる所に突然現れたと思ったら見下した笑みを浮かべながら杖を突き付けて、「私に従い生きるか、抗って死ぬか、どちらが良い」とか聞かれるんだと思ったのよ。 悪役って言ったらそれだと思ったのよ。 まさか普通に「こんばんは」とか言いながら玄関から来るなんて、誰が思うかしら? 主の呼び出しに、彼らは広間に集まった。 「如何為さいましたか、我が君」 主の信を最も得ているルシウス・マルフォイが、他の者より一歩進み出て問う。 主の隣りには、先日こちら側へ堕ちた小柄な男が相変わらず所在無げに立っている。 「ワームテールから聞いた」 ワームテールとは彼の傍らの小男の事だ。 「「声の一族」がこの近くに居ると」 主の言葉にルシウスは一瞬眼を見張った後、ワームテールを射殺さんばかりの視線で睨み付けた。 「ヒィッ」 怒りと憎悪に満ちたその視線にワームテールは縮み上がった。 その視線はルシウスだけではない。 彼の直ぐ近くに立っていた黒髪の男からも発せられている。 だが彼らの主はそれを楽しむかのように低く笑う。 「聞いた所によるとルシウス、お前の従妹だそうではないか」 主の問いかけ、というより確認に近いそれにルシウスは苦々しい思いでそれを肯定する。 「そしてセブルス、今はお前と暮らしていると」 「…はい」 先程ワームテールに射殺さんばかりの視線を送っていたもう一人、セブルス・スネイプがルシウスと同じ様に短く肯定の声を上げる。 「その上スリザリンを卒業したと聞く。これは一度会いに行くべきだと思うが。どうかな?」 拒否など出来ないと分かっていながら彼らの主は問う。 彼らが出来るのは、ただ一つ。 「…仰せのままに…」 ルシウスとセブルスはそう告げて首を垂れた。 「あら?」 来訪を知らせるブザーの音には読んでいた本を閉じた。 「誰かしら?」 こんな夜遅くに訪れるとは何事だろうか。 彼女は小首を傾げながらショールを羽織り、念の為に杖を手に取り玄関へと向かう。 「はい」 用心の為に控え目に開き、はあら?と首を傾げた。 「こんばんは、お嬢さん」 そこに立っていたのは、年の頃は五十代半ばくらいの見覚えの無い男だった。 男は闇に溶け込みそうな漆黒のローブを纏い、薄い笑みを浮かべながらを見下ろしている。 「ええ、こんばんは。私の知り合いにこんなダンディなオジサマいらしたかしら?」 お家を間違えたのではなくて? そう返すと、男は可笑しそうにくつくつと笑った。 「あら?」 そこで漸くは男の後ろに見知った顔がある事に気付いた。 「あらセブルス。ルーシーまで」 二人は揃いも揃って葬式の参列者の様な表情をしている。 そんな所で何しているの?そう問おうとして「あら?」とまた呟いて男を見上げた。 この二人がこうして付き従うのはたった一人しか知らない。 「お名前をお伺いしても良いかしら?」 すると男は「誰だと思うかね?」と聞き返した。 「違ったらごめんなさい。ヴォルデモート卿かしら?」 「そうだ」 は驚いたようにじっと男を見上げた。 だが、その表情に恐怖や恐れは見当たらない。 やがて彼女は「あらあらあら」と繰り返した。 「ああごめんなさい。とっても意外だったもので」 「意外とは?」 「私、闇の帝王と呼ばれる方がこんなに礼儀正しいとは思わなかったんですもの。突然姿現わしで家の中に現れて杖を突き付けられると思ってたわ。ごめんなさい」 そう謝ると、ヴォルデモートは声を立てて笑い出した。 「?私、何か可笑しな事でも言ったかしら?」 セブルスたちにそう聞いても、彼らは揃って胃の辺りを押さえ、溜息と共に俯いてしまってその答えが返って来る事はなかった。 やがて笑いの収まったヴォルデモートが「いやお嬢さん」とを見下ろした。 「今まで私と出会って恐れなかったのは君が初めてだよ」 「あら、私、あなたがとても怖いわ」 「ほう?」 「あなたは人の命を呪文一つで奪うわ。怖いに決まっているじゃない」 「その割に堂々としている」 「泣き叫んで許しを請う方が良いかしら?」 の問いに男はまた可笑しそうに唇の端を歪める。 「そんな事よりね」 彼女は中途半端に開いていた扉を大きく開けた。 「お話しなら中でしません?寒いんですよね」 にっこりと笑顔で中へと促すに、男は満足げに頷いた。 「気に入った」 それは、ある意味奇妙な光景だった。 客人である男は当然の様にソファで寛ぎ、その家の主であるはずのセブルスは、かつての先輩であるルシウスと共に男の座るソファの後ろに立っている。 彼らが対面するのは、もう一人の家主である。 二人は紅茶を啜りつつ一見和やかに談笑しているように見える。 何も知らない人がこの光景を見たら、大抵がこう言うだろう。 どこぞのVIPがSPを引き連れ、愛人とお茶を楽しんでいる。 だが、交わされる言葉は余り和やかではない。 「正直な話、あなたに従うのは嫌ですし、勿論死ぬのも嫌です」 笑顔でそう応える。 「だが君に残された道はそのどちらかだ」 ニヒルな笑みを浮かべて足を組み直す男。 「中立、または傍観という脇道を作って頂けると、とっても有り難いんですけど」 「私が作るとでも?」 「思いませんけど、言わずに済ませるより、言って否定された方がすっきりします」 そう言って彼女はカップに僅かに残った紅茶を飲み干し、受け皿に戻した。 「確かに私は声の一族ですけど、あなたのお役に立てるとは思いませんけど?」 彼女は歌う事で魔法に近い、またはそれ以上の力を発揮する。 だが、それで人を殺める事は出来ないし、死人を生き返らせたりする事も出来ない。 人に関して出来る事と言ったら精々眠らせたり少しだけ足止めしたりとその程度だ。 それ以上の事はやろうと思えば出来るかもしれないが、彼女は決して歌おうとはしないだろう。 第一、彼女の力は相手が耳を塞いでしまったらそれで終わりだ。 そんな闇の帝王の役に立たなさそうな自分を、何故引き込みに来たのかにはいまいちピンとこない。 「そもそもはただの好奇心だったのだが」 そこで言葉を切り、彼は膝の上でその手を組む。 「声の一族云々を抜かして、お前自身が気に入った。私の部屋に囲いたいくらいにな」 背後のセブルスがぴくりと反応したが、はヴォルデモートを驚いたような表情で見詰めるばかりだ。 「…あら、私、もしかして愛人になってね、とか言われてるのかしら?」 は考え込むように右手を頬に当て、小首を傾げた。 「これはこれで名誉ある事なのかもしれないけれど、お断りしますわ。私、伴侶はセブルスと決めてしまいましたもの」 「純潔と貞節を守る声の一族、か」 ええ、と彼女は笑った。 「声の一族」の女は穢れに繋がる全てを拒み、一度伴侶を決めるとそれ以外の男は一切手出しできなくなる。 それ故、「純血と貞節を守る声の一族」と言われている。 「何なら試してみます?ただし、痛いですよ」 伴侶以外の者が犯そうとすれば、その身は雷に焼かれると言われている。 ヴォルデモートは「結構だ」と肩を竦めた。 「そういえばそれで思い出したのだが」 男は徐に杖を取り出し、まるで挨拶をするかのように「クルーシオ!」とに向かって唱えた。 「くっ…」 僅かな呻き声を上げたのは、ではなくヴォルデモート自身だった。 からん、と澄んだ音を立てて彼の杖が床に落ちる。 彼が唱えた瞬間、まるで銃の暴発の様に彼の手元に火花が散ったのだ。 「アクシオ!」 今度はが呼び寄せの呪文を唱える。 途端、彼女の手の中に救急箱と何故かアロエの鉢が吸い込まれるように現れた。 「強制呪文は全て撥ね返すというのも本当の様だな」 「私の体質を試したいならもう少し簡単な魔法にすれば良かったんです!そうすれば軽い火傷で済んだのに!バカじゃないですか?!」 焼けこげた己の右手を満足そうに眺めるヴォルデモートに、は殺されてもおかしくない暴言を叩き付けながらその手を取った。 彼女は救急箱から一つのスプレー瓶を取り出すと、焦げた指先の皮を剥いてしまわない様に注意しながら手にしたスプレーを吹き付ける。 氷の様に冷たい霧状の液体が焼け爛れた指先に辿り着いた途端、見る間にその傷は癒えていく。 まるで日焼けの様な赤みだけが残るまでになると、は瓶を箱に戻した。 「これ以上は反対に凍傷になりますから」 「良い薬だ。自家製か」 「ええ。学生時代にセブルスと一緒に開発しました」 そして何に使うのかと思われたアロエを一本折り、その薄皮を剥いて赤くなっている部分にぺたぺたと張り付け出した。 「何だ?」 「アロエは軽い火傷や日焼けに効くんです。何でもかんでも魔法に頼っていると、いつか痛い目に遭いますよ」 そう言ってはその上から包帯で固定する。 「本当は何も巻かないでそのまま放置するのが良いんですけど、あなた動き回りそうだからこうしておきます。このまま寝ても良いですけど、朝には取って下さいね」 全くもう、試すなら一度聞いてからにしてください、とまるで子供を叱るような口調で彼女は言った。 ヴォルデモートは包帯の巻かれた右手をまじまじと眺めていたが、やがてくつくつと可笑しそうに笑い出した。 「いや全く、本当にお前は予想もしない事ばかりしてくれる」 決めた、と彼は続ける。 「お前の意志がどうであろうと私はお前を連れていく」 「決めたも何も、私はあなたの元へ行きますけれど?」 さらりとした宣言に、セブルスもルシウスも眼を見張る。 「ほう?先程は嫌がっていたようだが?」 「ええ、勿論どちらも嫌だわ。でもどちらかしかないのなら、私はまだ死にたくないもの。あなたの側へ付くしかないじゃない?」 「私の屋敷から出る事は許さぬぞ?」 「構いません」 あっさりと軟禁される事を受け入れるに、ヴォルデモートは「反論しないのだな」と返す。 すると彼女は柔らかな笑みではなく、にっと唇の端を持ち上げて笑った。 「女は一度腹括ったら思いの外強いんです。力じゃ男の人に負けるけど、心の強さは負けないわ」 そう歌うように告げ、彼女は立ち上った。 「衣類だけ持っていきますから、少々お待ちを。セブルス、手伝ってちょうだい」 お借りしても良いですよね?とヴォルデモートに問い掛けると、彼が「構わん」と返し、セブルスは自分の部屋へと向かうの後を追った。 「…」 部屋に入るなりセブルスはを背後から抱きしめた。 の表情に今までの笑みはない。 「すまない…」 はふるふると首を横に振り、セブルスの腕に顔を摺り寄せる。 「大丈夫。私は、大丈夫だから」 己に言い聞かせるように告げ、彼女はセブルスの腕の中から逃れて灰色のスーツケースをクローゼットの奥から取り出した。 「この際、丁度良いわ。私一人安全な所でぬくぬくしているのも、それはそれで苛立たしかったの。だからいっその事スッキリするってモンよ」 彼女がそう苦笑しながら衣類を無造作にスーツケースへ放り込んでいくと、放り込まれた衣類たちは自分で綺麗に折り重なっていく。 「はい、終わり」 結局何も手伝う事の無かったセブルスが、そのスーツケースを持とうとしゃがみ込んだ隙には触れるだけの口付けを彼の唇に落した。 「セブルスがいるなら、私は大丈夫よ」 そう告げるの表情は、いつも通りの柔らかな笑みを浮かべている。 「…、愛してる。例え何があろうと…」 セブルスがそう囁くと、彼女は心から嬉しそうに笑った。 (終) +−+◇+−+ えーっとですね、映画版でヴォル様がポッター家を襲うシーン、あるじゃないですか。 あの時ね、「ヴォル様、何で姿現わしじゃなくて徒歩で向かうんだろう」と思ったんですよ。 実はヴォル様って礼儀正しい?とか思ったり。(笑) ちなみに今更言っても遅いって感じですが、ヒロインは「マイペースと自分勝手は紙一重」を地で行く人です。 更に言うならヒロイン、ヴォル様の屋敷での軟禁生活の途中でセブルスの子を孕んでジェムを出産してます。ヴォル様の屋敷で事に及んだセブルスも案外神経太いんじゃないだろうか、と思います。今回の話には全く関係ありませんがね。(じゃあ言うな) 実を言うと、ヒロインにおかしな設定(声の一族)があるのは全てはこの話の為です。最初、スネイプの妻の設定で書こう、と思った時、ヒロインはマグル学教師の予定でした。が、そうなるとセブがデスイーター時代、どうするかが問題でした。このヒロインだったら絶対乗り込むので。でも普通の魔法使いだったらヴォル様の傍に平然と居る為の理由が無いんですよね。なのでヴォル様に「ヒロインは貴重な能力を持つ人間だから」という理由を与えて傍に置かせようとしたんです。 ・・・まあ、その事を忘れてる事多いけどね。(爆) 関連タイトル:「睡眠不足」、「ホグワーツ」 (2003/06/14/高槻桂) |