家族 ハリーたちが秘密の部屋から無事帰って来たと夫から伝えられたは、ダンブルドアの元へと急いでいた。 「あら?」 角を曲がり、後少しでマクゴナガルの部屋だという所では見知った男を見つけた。 「ルーシー、どうしてホグワーツに?あらドビー、こんにちは。大丈夫?」 男の陰に隠れるように付いて来ていた包帯だらけの屋敷しもべ妖精は、の挨拶に恐縮しきった様子だった。 「様、お久し振りに存じます。ドビーめを気遣って頂けるとは至極恐悦の限りです」 「久し振り。ダンブルドア先生に会いに来たの?」 ルシウスは何を苛立っているのか、「そうだ」とだけ返してマクゴナガルの部屋にノックもせず乱暴に開いた。 「こんばんは、ルシウス。おや、先生も」 「ハリーたちが戻って来たと聞いて、来てしまいました」 怒り心頭といったルシウスの後に付いて入室したは、始めの方は大人しくダンブルドアとルシウスの話を聞いていたが、ダンブルドアが取上げた黒い本を見た途端、「あら」と声を上げた。 「ダンブルドア先生、それ、ヴォルデモート様の学生時代の日記だわ」 一瞬ルシウスの視線が突き刺さったが、はそれに気付かず「どうしてこんな所にあるのかしら」と首を傾げた。 「そう、この日記にはヴォルデモート卿の記憶が封じられておった。十六歳までの彼の記憶が。それが、今回の事件の真犯人じゃよ」 ダンブルドアの言葉に、は彼に近付いてその日記をまじまじと見下ろした。 「ではダンブルドア先生、この中にはもういないんですか?」 「完全に消滅はしていないのかも知れん。じゃが、もう何も出来ないじゃろう」 するとは両手を差し出して、 「ダンブルドア先生、ちょっとお借りしても良いですか?」 と小首を傾げた。 「構わんが、危険な事はしてはならんぞ?」 「しませんよぅ」 笑いながら日記をの手の上に乗せるダンブルドアに、彼女は唇を尖らせた。 は穴が空き、インクで中まで黒くなった日記をぺらぺらと捲った。そして比較的被害の少なそうなページを開くと、杖を取り出してそのページに当てる。 ぼそぼそと何か唱えていたが、微かに聞えてくるそれは、歌っているのだと分かった。 歌に合わせて杖の先がぽうっと光を宿す。その杖先でトン、と日記を叩くと、ぶわっと黒い霧のような物が日記から吹き出した。 「先生!」 ハリーが慌てて駆け寄るが、彼女は「大丈夫よ」と笑っていた。 吹き出た黒い霧の様なそれはゆっくりと蠢き、ぼんやりと人の形を取った。 「こんにちは、リドル」 ――…誰だ… それは酷く小さく、掠れた声だった。 ハリーと対峙した時とは違い、今では姿を保つ事も、声を紡ぐ事も難しいらしい。 「・スネイプよ。あなたが大活躍中だった頃、誰よりあなたの傍に居たと自負している女よ」 その言葉に驚いたのは、リドルよりハリーだった。 「先生?!」 「ハリーはちょーっと黙っててね。質疑応答は最後って相場が決まってるわよ。 で、リドル。単刀直入に聞くけど、このまま消えたい?それとも生まれ変わりたい?」 ――生まれ変わる、だと…?記憶でしかない、この僕が…? 「そう。一からやり直すのよ。 私ね、どうしてまた子供が欲しくなったのか分かったわ。あなたを産む為よ。 ねえリドル、誰でも幸せになる権利はあると私は思うの。 だけど私はヴォルデモート様を幸せにしてあげられなかった。 だから、せめて過去のあなただけでも幸せにしてあげたいの。例えそれが「記憶」でも。 自己満足だって笑ってくれても良いわ。 けど、今度こそ私は、いいえ、私たちはあなたを愛してあげるわ。 だから、私の中へ来なさい」 そう笑って腕を広げるに、リドルは途惑っているようだった。 だが、それも良いかもしれない、と小さく呟いた。 ――…どうせ僕は消える。お前の言う通りにするさ… ゆらり、と人を象っていたそれが形を崩し、流れ込むようにの下腹へと吸い込まれていった。 「ねえ、リドル。私、あなたが生まれたらリドルって付けたいわ」 彼の宿ったそこに、日記を持たない方の手をそっと当てる。 好きにしろ、と体の奥から聞えて来て、彼女は嬉しそうに微笑んだ。 「はい、ダンブルドア先生、ありがとうございました」 「これで良かったのかね?」 「ええ。あの時出来なかった事を、やりたいんです」 ダンブルドアは日記を受け取り、微笑んだ。 「お腹の子が無事産まれて来る事を祈らせてもらおう」 「ありがとうございます」 そしてくるりとハリーへ向きを変えて笑った。 「さあハリー、何か聞きたい事は?積もる話になるから一つだけ答えてあげるわ」 するとハリーは「ええと、」と何をどう聞けば一番多くの事を引き出せるか考えているようだった。 「あの、先生は、ヴォルデモートとどんな関係だったんですか?」 結局そんな質問しか出来なかった自分に、ハリーは内心で舌打ちした。 「ヴォルデモート様は私を愛していたけれど、私はセブルスを愛していた。そういう関係よ」 そうなった経緯も聞きたかったが、彼女が「はい、質問お終い」と宣言してしまったので聞く事は叶わなかった。 「それでルーシー、あなたね?日記をジニーに渡したのは」 ルシウスは苦々しい表情をした。 「何を根拠に。お前ほどの者が愚かな事を聞くんじゃない」 「確かに、誰も証明はできんじゃろう」 ダンブルドアがそう微笑んだ。 そして、これ以上ヴォルデモートの学用品をばら撒くのは止める事だと忠告した。 ダンブルドアの言葉に続き、が「全くだわ」と腰に手を当てて告げた。 「ジニー達に何かあったら私、モリーとアーサーに恨まれてしまうわ」 すると彼は収まらぬ怒りを滲ませ、出ていってしまった。 ハリーが日記を片手にその後を追う。 はそれを見送り、ダンブルドアに向き直った。 「さあ、どうやってリドルの事をセブルスに言ったものかしら」 ひょいと肩を竦めて苦笑すると、ダンブルドアはきらきらと輝く目で「大丈夫じゃよ」と微笑む。 「セブルスは君の事をよぉく知っておるから」 ダンブルドアの言葉に、彼女はもう一度肩を竦めた。 「それもそうだわ。それじゃあ、早速怒られと呆れられに行ってきますね」 宴に間に合う事を祈って下さいね、と彼女は笑って部屋を出ていった。 (END) +−+◇+−+ スネ妻ネタで一番始めに浮かんだネタがこれです。漸く書けましたよ〜。 元々はこの話が書きたいが為に、セブの妻という設定にしました。「誕生日」や「夏休み」辺りを書いている内はまだその事を覚えていましたが、気付けばどんどん違う方向へ突っ走ってました。まあいいや。 話自体ももっとこう、しっとりとした話になる予定だったんですが、無理でした。若い頃は結構まだ情緒不安定な所もあったんですが、今ではどーんと構えてるので「さあ来い!」な話になってしまいました。 あと、またその内書くとは思うけど、ウィーズリー夫婦と仲良いです、このヒロイン。 関連タイトル:「誕生日」、「夏休み」 (2003/06/20/高槻桂) |