眼鏡




ドラコ・マルフォイはハリー・ポッターに恋をしている。
自分自身に言ったことに素直に納得したのはついこの間。
それからの僕の心境を、君は知りはしないだろう。
憎しみとともに膨れ上がる、甘美なこの気持ち。


授業の移動のため、階段を上っている時だった。
カシャンと軽い音を立てて、僕の足元に何かが振ってきた。
落ちてきたのは丸い黒ぶちの眼鏡。
何処かで見たことがあると思い拾い上げる。
するとある一人の人物が頭を過ぎった。
「お前達、コレが誰のものだと思う?」
まさかと思いつつ、後ろから付いて来ているクラッブとゴイルに問いかける。
さあ、と首をかしげる二人にかわって、頭上から声がした。

「僕のさ、マルフォイ」

答えたのは、一つ上の階段に立つ、予想していた人物。
この眼鏡の持ち主、ハリー・ポッターだった。


「これはこれは、有名なハリー・ポッターの落し物を拾えるなんて、光栄だな」
僕はいつものように彼をからかう様に話しかける。
ポッターは何も言わず黙ったままだ。
「さっさと返せよ」
先に口を開いたのは、彼の親友だと言うウィーズリー。その横にはグレンジャーも立っている。
この二人と一緒ということは、大方ふざけあっていて眼鏡を落としたのだろう。
じゃれあい、笑いあい。
そう考えたら、腹が立った。
差し出されるウィーズリーの手を見て、誰がお前の手に渡してやるものかと思う。
これはそう、明らかに嫉妬だ。

「嫌だね」
刺々しい口調を投げつけると、僕はそっと手の中にある眼鏡をかけた。
度のきついそれに、視界がはっきりしすぎておかしな感じがした。
ゆれる視界でポッターを見る。
いつもより明るく鮮明すぎる君が見えた。
「ここまで取りに来いよ。そしたら返してやってもいいさ」
「どういうつもりだ!」
「君には言っていない。僕はポッターに言っているんだ」
「なんだと!」
「やめなさいよ、ロン」
殴りかかろうとするウィーズリーをグレンジャーが止める。
いっそ殴りにくればいいと思う。
そうすれば、この胸の怒りと共にあいつにぶつけてやれるのに。
君はいったいどんな顔をするんだろうね。

グレンジャーに止められる彼に代わって動いたのはポッターだった。
殴ろうと考えてはいないようで、彼は二人の脇を通り、ゆっくりと僕に歩み寄る。
僕は逃げることもせず、ただそこにじっと立っていた。
ポッターが真正面に立つ。
ドクン、と、心臓が脈打つ音が聞こえた。
「返してもらうよ」
両手が僕の顔へと伸ばされる。
そして眼鏡の淵に手をかけるとそっと抜き取り、それは在るべき位置に戻された。
レンズ越しの、緑の瞳と視線がぶつかる。
僕は彼が僕のことを、しっかりと見えるようになったのだろうと考え、胸に沸く喜びを必死で押し留めていた。
何故これだけのことが、こんなにも嬉しいのだろう。
きっと恋をしているからだと、どこか頭の遠くの方で自分が言っていた。
それを否定することなど、今更できなかった。
「さっさと行こう」
今だ怒りの収まらないウィーズリーの声に頷き、ポッターは階段を上り始める。
彼が僕に背を向ける。
この腕を、引き止めてはいけないだろうか。そんなことまで考え始めていた時だった。
去り際に、彼が言った。


「何か、見えたかい?」



眼鏡を押し上げながら、彼が肩越しに視線を送る。


「何も」


短い答えに、彼もまたそう、とだけ答えて歩き始める。
そう、何も見えてなどいない。
いくら視界がはっきりしても、見えたのはいつもと変らない無表情な君の顔だけ。
君が君の選んだ友人達に送る笑顔は、見えはしなかった。

誰よりも望んでいるのに。
きっとあのウィーズリーやグレンジャーよりも、君の笑顔を欲しているのに。
君をこんなにも恋しく思うのに。



何か見えたと聴く君は、眼鏡をかけた僕に何かを見たのだろうか。
僕が何かを見てもいいと、言っているのだろうか。
もし、そうならば、僕は君を追いかけるよ。
そしていつか、その腕を掴もう。








あとがき
ドラちゃま普及計画第一弾(笑)
かわいいドラコを普及しようと書いたのですが、どうして私が書くとこうもかわいくなくなるのでしょうか?ハリーはさり気にブラックです(気づいてくれてありがとう高さんv)
第二弾は計画中★

戻る