子連れの新任教師






新学期、二年生まであと半月。
ロンの家で毎日笑いあって過ごしていたある日の朝。
「あれ?郵便だ」
エロールではない、若々しい梟がすいっとウィーズリー宅の窓辺に降り立った。
「えーっと…」
一番近くに座っていたパーシーが梟の脚から一通の手紙を取り外すと、「あっ」と声を上げた。
「ハリー、君宛だよ」
「僕?」
ハリーは驚きに目を丸くしてその手紙を受け取った。
確かにハリー宛になっている。
送り主は「・S」とだけ書いてあるだけだ。
「……?誰だろう」
「知らない人?」
ロンの問いかけに、「聞いた事も無いよ」と返して封蝋に手を掛ける。
中には数枚の羊皮紙。何かが挟んである。
「何だろう…あっ!!」
「どうし…ああ!!」
覗き込んだロンまでが声を上げる。
「ハリーのパパとママの写真だ!!」
まだ驚きに固まっているハリーに代わってロンが叫び、何だ何だと家族が集まってくる。
挟んであったのは、二枚の写真。
一枚は、まだホグワーツの制服に身を包んだ若い頃の父と母、そして何人かの友人たち。
もう一枚は、同じく制服を纏った母と、その友人だろう少女が二人。
どれも笑顔でこちらに手を振っていたり、楽しそうにお喋りをしている。
「なんて書いてあるんだい?」
ロンに急かされ、ハリーは微かに震える手で羊皮紙を開く。

『はじめまして、突然手紙を送り付けてごめんなさい。
私は。本当はフルネームで自己紹介をするべきですが、諸事情により姓は名乗れません。イニシャルだけでごめんなさい。
先日、ハグリットから貴方へのアルバムを作るから、ジェームズたちの写真が欲しいと手紙が来ました。その際、あるだけの写真(とは言っても三枚だけですが)を送ったのですが、数日前、棚を整頓していたら新たに二枚出てきました。
ジェームズたちが亡くなって、それから暫くは写真を見るのが辛くて棚の奥にしまい込んでいた時がありました。この二枚はその時しまい込んでしまったものです』

そこでハリーは読み上げるのを一旦止め、二枚目の羊皮紙へと視線を移す。

『大勢で移っているのは、私たちが五年生の時です。みんなでおしゃべりしている時、ちょうど写真を取る事が趣味の子が通りかかったので、撮ってもらった物です。
もう一枚は、私たちが六年生で、向かって右端の人が卒業するので、その記念に取ったものです。
左が貴方のお母さん、リリー、真ん中が私、右の人がナルシッサ…ドラコ・マルフォイのお母さんです』

「「ええーー??!!」」
ハリーとロン、そして覗き込んでいた双子の声がウィーズリー家に響き渡る。

『あの頃の私たちは、本当に幸せでした。
それが少しでも伝われば良いと思います』

その後は在り来たりな締め括りの文章が連なり、

『愛する友の子、ハリー・ポッター。
あなたの行く先が、明るいものであります様に』

その一文で手紙は終わっていた。

「……僕」
じっとその最後の一文を見詰めながら、ハリーは呟いた。
「僕、この人と話してみたい」
ばっと窓辺を振り返ると、そこにはまだ手紙を運んで来た梟がパーシーに貰ったベーコンの欠片を啄んでいた。
「ちょっと待っててね!」
ハリーは梟にそう言い残し、羊皮紙と羽ペンを取りにばたばたとロンの部屋へ上がっていった。




すうっと窓から入って来た梟に、彼女は読んでいた本から顔を上げた。
「あ、おかえり」
左腕を差し出すと、梟はその上にふわりと舞い下りる。
「あら?」
そしてその脚に手紙が括り付けられているのに気付いた女性はそっとその手紙を取った。
「もしかして、お返事?」
途端、きらきらと期待と喜びに満ちた表情で手の中の封筒を見詰める。
宛名は『様』、そして差出人は。

『ハリー・ポッター』

彼女はその手紙を運んで来た梟に礼を述べ、優しく撫でて鳥籠に戻してやった。
梟が水を飲み始め、女性はうきうきとその封を開ける。

『はじめまして、さん』

そんな言葉から始まり、手紙に驚いた事、写真のお礼、感想が綴ってあった。
どうやら姓を名乗らなかった事は気にしていない様で、ほっと息を吐いた。
旧姓のでも良かったのだが、息子が姓でホグワーツに通っている以上、それを名乗る訳にも行かない。
そして最後に、

『もしご迷惑でなければ、学生時代の父と母の事を教えてもらえませんか?』

「これは、文通がしたい、って事よね?!」
は「よしっ」と小さく、だが気合いの入ったガッツポーズを決める。
「早速返事を…っとダメダメ。せめて明日にしてあげないと」
疲れて眠る体勢に入っている梟の姿に、急く気持ちを必死で押さえた。
手紙を本の間に挟み、「明日まで我慢」と呟いて立ち上る。
「よし、じゃあそろそろ夕食の準備に取り掛かりますか!」
「何を一人で騒いでいる」
無駄に気合いの入ったの大きな独り言に低い声が被さった。
「あら、仕事は終わったの?セブルス」
居間に入って来たのは、スリザリン生以外の生徒に嫌われている魔法薬学の教師、セブルス・スネイプ。
ちなみにのフルネームは・スネイプ。
そう、とセブルスは結婚十一年目の、未だ冷める事を知らぬ夫婦だ。
結婚十一年目。なのに息子は十二歳。
諸事情で入籍が遅かっただけで、付き合い始めてから既に二十年近く経っている。
ああもうそんなに経ったのか〜とが思いを馳せていると、セブルスが部屋を見回して「リリはどうした」とに向き直る。
リリとは春に三歳の誕生日を向かえた、これまたこの二人の娘である。
「リリはジェムと一緒に部屋で遊んでるわ」
「……」
妻の言葉にセブルスは沈黙する。
恐らくジェムに対して「宿題はどうした」とでも思っているのだろう。
「宿題だったらちょっと前までやってたわよ。ただ、リリがお昼寝から目を覚ましてうろちょろしだしたからジェムに面倒を頼んだのよ」
私これから夕食のしたくしなきゃならないし。
そう続けると「そうか」とだけ返し、徐に抱き着いて来た。
「疲れたの?」
抱きしめ、溜息を落した夫の背に腕を回し、は微笑む。
セブルスは何も答えなかったが、彼が疲れた時はいつもこうして寄り掛って来るのを知っているは、じっとその温もりに包まれていた。




「ハリー、手紙来たよ」
あれ以来、ハリーは頻繁にと手紙のやり取りをしていた。
昔の事、最近の事、ハリーがダーズリー一家の事を書くと、『何それ!そんな人とリリーが姉妹だなんて信じられない!』と返してくれた。
彼女は既婚者で、子供が二人。長男はなんとハリーたちと同学年らしい。長女はまだ三歳で、手紙を書いている時は兄と一緒に遊んでいるということもわかった。彼女の夫もどうやらホグワーツの同期らしいが、それ以上の事を書いてくる事は無かった。
「えーっと…」
そして届いたばかりの手紙を開くと、とうとう明日に迫った新学期の事が書いてあった。
そして最後に、

『近い内に貴方たちに会えるわ。楽しみにしていてね』

そう締めくくられていた。
「えっ…これって…」
ハリーとロンが顔を見合わせる。
「もしかして、新しい先生?」
「でも、『闇の魔術に対する防衛術』はあのロックハートだろ?」
「誰か辞めて、代わりに入って来るとか?」
「そうかなあ…」
「どうせならスネイプが辞めりゃ良いのに」
「同感」
二人は苦笑を浮かべてひょいと肩を竦めた。




翌日、そんな淡い期待は頭の彼方に吹っ飛んだ。
ホグワーツ特急に乗れなかった二人は、フォード・アングリラでドーンと御到着なさる(スネイプ談)羽目になったのだ。
更にその翌朝。
「あ、そう言えば!」
朝食のオートミールを食べながらロンがハーマイオニーを見た。
「ロックハート以外で新しい先生っていた?」
するとハーマイオニーは不機嫌な声で「居ないわよ」とだけ答えた。
まだ昨日の事を怒っているのだ。
「あ、郵便だ」
ネビルの声に揃って上を見上げると、何百羽の梟が大広間の天井近くを飛び交っていた。
それぞれが目的の人物を見つけると降下し、手紙を渡していく。
そしてロンの元には相変わらずのエロールと、その脚に括り付けられた赤い封筒が一通。


ロンとハリーは「穴があったら入りたい」という気持ちをこれ以上に無いほど理解した。


「時間割を配ります。一枚ずつ取り、隣りの人に回しなさい」
まるで咆えメールの一件が無かったかのようにマクゴナガルが時間割表を配り始めた。
他のテーブルでもそれぞれの寮監が時間割を配っている。
「最初は薬草学か…って、あれ?」
時間割の一番下に、『五日と二十日の始めの授業は特殊声楽の授業になります』と書かれている。
「「「ねえ」」」
三人とも同じ事を思ったらしく、揃ってお互いに疑問の声を上げてしまった。
「この特殊声楽って何だろう?教科書買ってないよね?」
「去年はなかったよな?うわ、しかもスリザリンと合同だよ」
「声楽、って事は歌でも歌うのかしら?」
「魔法と何の関係があるんだよ」
「特殊って、何が特殊なんだろ」
そんな疑問を交わしていると、教員席に戻ったマクゴナガルがスプーンでゴブレットを叩く音が聞えた。
「静かに。皆さん、時間割は貰いましたね?今年から新たに加わった教科について説明します」
大広間が静まり返り、マクゴナガルの声が響く。
「まず、担当の先生を紹介します。(教員席の後ろの扉を振り返り)出て来なさい」
全員の視線が集まる中、その扉が開かれた。
ガタッ、と音が響き、ハリーがそちらを見るとスネイプが驚きに目を見開いて腰を浮かしかけていた。
だが、すぐに座り直すと小さく何かを呟いて首を僅かに左右に振った。
何をそんなに驚いているのかと再び視線を戻し、目を丸くした。
先生です」
マクゴナガルの声が脳内を通り過ぎる。
現れたのは、写真よりは幾ばか年を重ねた「」が居た。
更には、その腕には三歳くらいの女の子を抱えている。女の子は彼女の腕の中ですやすやと寝息を立てている。
「はじめまして、この度他の先生方の助手と特殊声楽を担当するです。そしてこの子は娘のリリです」

『近い内に貴方たちに会えるわ。楽しみにしていてね』

夏休み最後の日に貰った手紙の末文が甦る。
「ハリー!あの人!あの人って手紙の人だよな?!」
ロンがヒソヒソと問い掛けてくる。
本当に会えるなんて。
ハリーが呆然と見詰めていると、と目が合った。
彼女はにっこりと笑い、そして再び視線を外した。
やっぱりあの人だ。
ハリーは確信した。
「あれ?でもって…」
ふと最近友達になった少年の顔が思い浮かび、ハリーたちは揃ってスリザリンのテーブルへ視線を向けた。
三人の視線はドラコの隣りに座る黒髪の少年に注がれている。
ジェム・
だが、その少年も驚いたように目を見開き、口も「は?!」と言わんばかりの形で固まっている。
先生は「声の一族」と呼ばれる、歌う事でその力を発揮する一族の方です。今回、みなさんの知識を広げる為、教鞭を取って頂く事になりました」
マクゴナガルの説明に、ハーマイオニーが「思い出した!」と小さく叫んだ。
「「ホグワーツの歴史」に書いてあったわ。確か、「声の一族」は女性しかその力が現れなくて、歌が魔法であり、歌う事で植物を成長させたり、人や動物の気分を変えたり出来る力を持っているって。その上、呪いや何かを強制させる魔法は一切効かず、撥ね返す体質。更には伴侶を決めるとそれ以外の人間は一切手出しできなくなるの。「声の一族」は穢れに繋がる全てを拒むって。だから「純潔と貞節を守る声の一族」とも言われているの」
ひそひそと一気に解説したハーマイオニーは、「へえ〜」と感心している二人に「あなたたち、一体いつになったら「ホグワーツの歴史」を読むの?」と呆れたように告げた。
「それと、授業の無い日は他の先生方の手伝いをしてもらう事もあります」
マクゴナガルの説明が終わると、は用意された席へ向かった。
そこはロックハートとは反対側の、スネイプの隣りだった。
スネイプがしかめっ面でを見ていたが、全く気に留めず、反対ににっこりと笑い返して彼の隣りに腰を下ろした。
「すっげぇ、あのスネイプに微塵も怯んでない!」
ロンが感嘆した声を上げ、同意の意を込めてハリーも頷く。
彼女の何がそうも気に入らないのか(職場に子連れという事だろうか?)は知らないが、不機嫌丸出しのスネイプに笑いかけた挙げ句、隣りに堂々と座っていられる彼女の神経を称えた。
ハリーたちが彼女の授業を受けるのは三日後。
特殊声楽がどんな授業なのか想像もつかなかったが、(まさか全員で歌うとか?スリザリンと一緒に?それは勘弁して欲しい気が…)ハリーは期待に胸を膨らました。








(終わります)
+−+◇+−+
基本設定、こんな感じ。
「声の一族」ですが、ごめん、捻り無くて。(笑)分かりやすくて良いや&考えるのが面倒臭いという理由からこれで行きました。
入籍が遅れた理由や、なんでヒロインがそんな特殊能力設定になったのかとか、スネ先生がデスイーターだった頃のヒロインが何をしていたかなどはまあその内に。
(2003/06/05/高槻桂)

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