教師 今日は月に二度の特殊声楽の授業。 …の筈なのだが。 「…なんで地下牢教室なんだ?」 ロンが不満そうな声を上げる。 本来なら朝から魔法薬学だったのだが、そこに月に二度の特殊声楽の時間が入った為に魔法薬学が潰れたのだ。 ロンとハリーは大喜びだったが、朝食の席ではグリフィンドールとスリザリンの三年に向かって告げた。 「今日はいつもの教室じゃなくて、地下牢教室でやります。魔法薬学のテキスト類も持って来てくださいね」 彼女の言い方からすると、特殊声楽の授業をやる事に変わりはない様だが、何故魔法薬学のテキストまでいるのだろうか。 そして地下牢教室に入ると、教卓には二人の教師。 「げっ、何でスネイプまで居るんだよ」 「僕にもわかんないよ」 ひそひそとロンとハリーが言葉を交わす。 教師の一人は特殊声楽担当の・。 その性格は温厚で、いつも微笑みを称えている。 授業も毎日だって受けたいと思う者が多い程の評判だ。 教師の中で人気トップクラスの教師だ。 方やその傍らで不満そうに腕を組んでいるのは魔法薬学担当のセブルス・スネイプ。 その性格は陰険で、いつもしかめっ面だ。 スリザリン生以外は近付きたくも無いという生徒が大半だという悪評判。 教師の中でもワースト上位三位にランクインする教師だ。 そんな二人だが、これでも結婚十二年、付き合い二十年近くになる夫婦である。 現にスリザリンの三年生になった長男と、四歳の娘がいる。 その上、現在三人目を妊娠中。 今日の彼女の服装は厚手のすとんとしたサック型のワンピースだ。 その腹部は微かに膨らみを持っている。 世の中何があるか分からない。 そんな言葉の象徴と言ってもよい夫婦だ。 因みにこの二人、揃うと何が起こるか分からない。 夫は妻の事になると周りが見えなくなるし、妻は妻で夫優先主義だ。 生徒の前で痴話喧嘩をしたりさりげに惚気たりするのもしばしばで。 教室に入って来た生徒達は、何が起こるのかと囁きあっている。 そして、ある意味、待ちに待った授業開始。 はいつもの様に出席を採り、全員の出席を確認して名簿を閉じる。 「はい、今日は本来なら魔法薬学なんですけど、月二回の私の授業が重なったために潰れるはずでした。…が、ダンブルドア先生の考案で、今日は魔法薬学と特殊声楽、合同で行ないます。 何をするかについてですが、私とスネイプ先生が学生時代に発明した、火傷の治療薬を作ります。 作り方はまた後で解説しますけど、これは私の「歌」がないと完成しません。 ということで、今回みんなは眺めるだけだから、安心してね」 の言葉にネビルを代表とする調合が苦手な数名があからさまにほっとする。 だが、 「その代わり、レポートを二巻。一週間以内にだ」 憮然と続けられたスネイプの言葉に、ロンを主とした面々が嫌そうな顔をした。 「まず、作り方ですが至って簡単。材料を順番に鍋に放り込んで、ひたすら掻き混ぜます。その内さらっとしてきますので、そうなったら完成です。材料と分量ですが…」 が説明をし、その間スネイプが石灰の塊で黒板に材料名、分量を書き綴る。 は学生時代に発明した、と言っていたが、その中には明らかに学生では使用できないはずの材料も幾つか見られる。 「はい、ここまでで何か質問は?」 すると、ハリーの手が挙がった。全て書き終えたスネイプがハリーを睨み付けたが、ハリーはそちらを見ない様にする事でスネイプの視線を遣り過ごした。 「はい、ハリー」 「あの、先生達が学生時代に作ったってさっき聞きましたけど、材料はどうやって調達したんですか?特に氷の花なんて滅多に手に入らないって聞きました(たった今、ハーマイオニーに)」 「はい、良い質問ですね。それは非常に簡単です。ダンブルドア先生に直接お願いに行こうと思ったんですけど、私、生憎校長室への合い言葉を知らなかったんですね。 なので、ガーゴイル像の前で「ああどうしましょう!あとは氷の花さえあればどんな火傷でも短時間で治る治療薬が作れるかもしれないというのに!!とっても残念だわ!」と大声で言ったら、次の日にダンブルドア先生が制作に立ち会うという条件の下、分けて下さいました」 「……そう、ですか」 ハリーがちらっとスネイプを見ると、彼は頭痛を耐えるように米神を片手で揉んでいた。 事実らしい。 「そして、これが問題の氷の花です。ちなみに今回も提供はダンブルドア先生です」 は手袋をしてそれを掴み、ずいっと生徒達に見せる。 それは茎も葉も、そして花も根っこまで白い、掌に乗る程度の大きさをした花だった。 「これは素手で触ると凍傷になるので必ず手袋を着用してくださいね。 さて、この氷の花ですが、花自体の効能は火傷にとても良く効きます。ですが殆ど薬草として使われる事はありません。はい、どうしてでしょう?」 するとやはり真っ先にハーマイオニーの手が挙がる。 は他に誰も上げる気配が無いのを確認してからハーマイオニーを指名した。 「氷の花はとても固いので根っこごと取るしかありません。切断は難しく、焼き切ろうとすると溶けて消えてしまいます。なので丸ごと使うしかありませんが、根には神経系の毒が多く含まれているので薬には向きません」 「良く出来ました。グリフィンドールに五点あげましょう」 グリフィンドール三人組が嬉しそうに顔を見合わせた。 この地下牢教室で(しかも魔法薬学との合同授業で)点を貰える日が来るなど思いも寄らなかった。 スネイプが小さく舌打ちするのを見て、三人は更に嬉しくなった。 これから魔法薬学の授業にも先生が助手として出てくれば良いのに。 グリフィンドール生の心は一つだった。 「今回必要なのは、花びらが三枚と葉が二枚です。特に効果の強い五分咲きのものを使用します。 ですが、先程ハーマイオニーが言ってくれた通り、この花は丸ごと使うしかありません。 ではどうするか。 至って簡単。私が歌って花びらと葉を取ります」 では早速、とが手の中の氷の花に向かって歌い出した。 それはあの神々しいまでの歌声ではなく、軽いテンポの明るい歌だった。 氷の花はその声に釣られる様にの掌の上でぴょこんと立ち上り、ゆらゆらと揺れだす。 やがて、お辞儀をするように花を垂れ、三枚の花びらと二枚の葉を落した。 が歌の中で花に礼を告げ、歌が止むと同時に再び花は動かなくなった。 おー、と生徒側から感嘆の声が上がり、拍手が巻き起こる。 「はい、これで材料が揃いました。では、実際に作ってみます」 の言葉と同時に不機嫌そうな顔をしたスネイプが大鍋に火を付けた。 鍋の中の少量の蒸留水が少しずつ沸騰し始める。 「はい、まずはこの上から三番目までの材料を入れます。で、沼ネズミの脾臓が溶けてきたら竜宮草の皮を剥いた物を七つ」 専らは説明で、スネイプが調合を進めていく。 「……」 スネイプは視線を鍋に向けたまま、無言でに左手を差し出す。 「はい」 何を寄越せとも言わなかったが、は迷わず氷の花の花びらを三枚とも手渡した。 それを受け取ったスネイプは一枚ずつ鍋に放り込み、再びゆっくりと掻き混ぜ始める。 そして同じ様に差し出された手に今度は二枚の葉を渡す。 「はい、材料はこれでお終い。あとはひたすら掻き混ぜます。さらっとしてくると緑っぽさが無くなって、真っ白になるのでそれを目安にしてくださいね」 の告げた通り、暫くして白緑色のどろどろしたそれが、純白の粉雪の様なものへと変わった。 「これで完成。使用方法は、スプレーをお勧めします。霧吹きなどの容器に入れて、日光の当たらない涼しい所に保管します。火傷は酷いと皮がずる剥けるので、そうならない様、気を付けてくださいね。 水脹れが出来る程度の軽い火傷なら、まず患部を水で冷やしてから使います。重度の場合は始めから直接使ってください。 患部に吹き付けるとすぐに治っていきますが、軽い日焼け程度まで治ったらそこでストップしてくださいね。それ以上吹き付けると今度は凍傷になりますから。 で、やっぱり作った以上その効果も見てもらいたいのですが…問題は、試すにしても誰も火傷なんて無いって事よね」 と、言う事で、と彼女は己の杖を取り出した。 「待て」 己の左腕に杖先を当てるその腕をスネイプが掴んで止める。 「ダンブルドア校長は実践はしなくとも良いと言っていただろう。第一、妊婦は攻撃魔法の使用は禁止されている。それを忘れた訳ではなかろう」 妊娠している魔女は初期、後期に関係なく中級以上の呪文、またはフルーパウダー等の転移系道具、魔法の使用を禁止されている。 同時に、第三者が妊婦に対して攻撃魔法や強制魔法を使用し、その結果、退治に異変が起きた場合は傷害、または殺人未遂、流産した場合は殺人と同等の罪とされる。 「腕に小さな火傷を作るだけよ?初級呪文じゃない」 「駄目だ。効果はそれぞれ火傷した時にでも見れば良い」 頑として譲らないスネイプに、は仕方ないわね、と肩を竦めて杖を一振りした。 途端、机の上にテスターで良く使われるような小さな噴霧器が生徒数分並んだ。 もう一振りするとそれらの蓋が外れ、鍋の中身を八分目まで満たすと蓋を閉じていった。 「さて、そろそろ終わりの時間に近付いて来た所ですし、これから前回のレポートを返します。その時にこの薬を一つずつ持っていってくださいね」 「ミズ・、我輩が配る。座っていたまえ」 スネイプの申し出に、はきょとんとした後、嬉しそうに笑ってレポートの半分をスネイプに渡した。 「この授業は私とスネイプ先生の授業ですから、半分は配らせて下さい」 スネイプは仕方ない、といった表情で、隣りに立っているにだけ聞える声で「無理はするな」と告げた。 「了解しました」 は小さく笑いながらレポートを配り始める。 いつもの半分の量しかない為、あっという間に羊皮紙の束はあと数枚になった。 「ネビル・ロングボトム…はい、良く出来ていたわ。ハーマイオニー・グレンジャー…あら?」 不意には自分の腹部を見下ろした。 ハーマイオニーやを見ていた生徒の視線がそれに釣られ、の僅かに膨らんでいる腹部に視線が行く。 「……」 はじっとその微かに膨らんでいる己の腹部を見詰め、やがて「ふふふ…」と思わず、といった風に笑いを洩らした。 「先生?」 ハーマイオニーの声には「あ、ごめんごめん」と顔を上げるが、それでもその表情は弛んだままだ。 「後で教えてあげるわ。はい、ハーマイオニーのレポート。相変わらず素晴らしいわ」 レポートと薬を受け取ったハーマイオニーは訝しげにしていたが、席に戻るなりはっと何かに気付いたような表情をした。 「はい、これで今日の授業はお終いです。始めに言った通り、一週間以内にレポートを二巻、私に提出してくださいね」 解散の声と同時に教室内がざわつき始める。 「先生!」 地下牢教室を出ていこうとする生徒の波に逆らい、ハーマイオニーはの元へと寄って来た。 「さっき、もしかして胎動を感じたんですか?」 その期待に満ちた視線に、はにっこりと笑って「触ってみて」と己のお腹を指差した。 「こうですか?」 ハーマイオニーがそっとその大きくなり始めている腹部に掌を押し当てると、数秒して「あっ!」と声を上げた。 「動いた!」 「え!本当?!」 ハーマイオニーの言葉にハリーとロンだけではなくネビル達もわらわらと集まってくる。 「いつまでも油を売っていないで、次の授業へ行ったらどうかね」 だが、スネイプの地を這うような声音にグリフィンドール三人組以外は蜘蛛の子を散らすように教室を出ていってしまった。 「ごめんなさいね、この人ったら毎回私以上に神経質になるのよ」 可笑しそうに笑うに、ハリーたちは苦笑して肩を竦めた。 「それじゃあ、ありがとうございました」 三人が出ていくのをは手を振って見送り、傍らに立つスネイプを見上げる。 「本当、男の人っていつまで経っても馴れないのね」 彼は憮然として妻を見下ろしていたが、その表情が「馴れる訳無いだろう」と語っているのが可笑しくては小さく笑う。 スネイプは杖を一振りして片付けを済ませると、「一人で帰れるか?」と尋ねて来た。スネイプは次もここで授業だ。その準備をしなくてはならない。 「当たり前じゃない。それじゃあ、頑張ってね」 はそう笑って地下牢教室の扉へと向かう。 「」 だが、の手が教室の扉に掛かると同時にスネイプが足早に寄って来た。 「やはり部屋まで送る」 そう言って彼はの手を取る。 「準備が遅れても知らないわよ?」 そう言いながらも、は嬉しそうにその手を握り返した。 (END) +−+◇+−+ なんか目指したものと違う話が出来てしまいました。あら?・・・まあいいか。 絶対妊婦がフルーパウダーとかポートキーとかで移動したら子宮収縮起こすと思います。 しかもハリーみたいに場所を間違えて落ちてお腹打ちましたーなんて有りそう。 だからそういう条例とかあるんじゃないかなーとか思ったり。知りませんけどね。(爆) 所で、ヒロインの部屋は地下にあります。当然食事は大広間。辛いね、階段が。やっぱ妊娠期間中は自室で取らせた方が良いですよね。 階段を上る時はゆっくり、休み休み昇るんですけど、それに付添うセブとか想像すると微笑ましいなあ、とか思ってみたり。(笑) 今回の歌ですが、これは歌詞があります。成長以外で何かを強制したりする時はそれを求める歌詞を付けます。 そう言えば、チョークで思い出したんですが、私、小学校に上がるまでチョークがあんな棒状になってるなんて知りませんでした。ウチで使うチョークと言えば大きな塊を金槌で叩き割って、その塊で書いてましたから。同時に赤とか青とかの色チョークの存在も知って、驚いた覚えが。(笑) 関連タイトル:「家族」、「第一印象」 (2003/06/16/高槻桂) |