満月 「君に、頼みがあるんだ」 そう言って、彼は私を見上げていた。 彼の後ろでは、その志を共にした三人が同じ様に私を見ている。 「このホグワーツを、見守り続けて欲しい」 あなたたちは、誰? 「俺はゴドリック・グリフィンドール」 「僕はサラザール・スリザリン」 「私はヘルガ・ハッフルパフよ」 「私はロウェナ・レイブンクロー」 私は「・」と名付けられた。 人の形を得た私は、まず人間としての知識を詰込んでいった。 これから、このホグワーツを見守っていく為に。 四人が死んでしまった後は私一人で見守っていかなくてはならない。 私がそれを辛いと思うなら、樹に戻してあげるよ。そう彼らは言った。 だけど、私はそれを拒んだ。 一本の樹として生まれた私が、こんな素晴らしい役目を貰えるなんて。 また樹に戻るなんて、とんでもない。 何千年だって見守ってあげるわよ、と笑うと、彼らは「ありがとう」と私を代わるがわる抱きしめてくれた。 彼らは、私を妹の様に可愛がってくれる。 まるで、始めからそうであったかのように私たちは仲が良かった。 その中で、私は密やかに恋という感情を知った。 黒髪に、翠の瞳が鮮やかな青年。 サラザール・スリザリン。 私がその想いを表に出す事はなかったし、告げる事も無かった。 私は初めて感じたこの感情が愛しくて、この仄かに想い続ける気持ちを失いたくなかったのだ。 そして私が彼らの元にやって来て幾つもの年を数えていくと、まずロウェナが当時の魔法史の教師と結婚した。そしてそれに釣られるようにヘルガも。 そしてそれから一年と経たない内にゴドリックが。 三人は今まで同居していた家のすぐ傍にそれぞれ家を建て、頻繁にこの家を訪れるものの、この家に住んでいるのは私と、未だ一人身のサラザールの二人だけだった。 私はいつかサラザールも誰かと結婚してこの家を出ていってしまうのだろうか、と不安になった。 けれど、それから幾つかの年を重ねても、サラザールは誰とも縁を結ばなかった。 未だ彼を好きでいる私にはそれが嬉しく、同時に不思議だった。 私は植物だからその習性は分からないけれど、動物や人はつがいになる。 なのに何故サラザールは相手を見つけないのだろう、と。 それでも、私たちは幸せだった。 けれど、少しずつ、何かが変わっていった。 切っ掛けは、ホグワーツの生徒数が年々増加している事。 ゴドリックとヘルガ、ロウェナは教師を増やし、寮を増築する事を唱えた。 けれど、サラザールは生徒を減らすべきだと主張した。 中途半端なハーフや生っ粋のマグルの両親から生まれた者を排除すべきだと。 魔法を習うだけなら、ホグワーツでなくとも他の魔法使いの元に預ければいい。 このホグワーツには、純血だけを受け入れるべきだと。 彼は、主張を覆そうとはしなかった。 少しずつ、対立が激しくなっていく。 私はまだ難しい話は理解できなかったから、何も言わなかった。 やがて彼は一人で行動する事が多くなり、何処にいるの変わらない事が多くなった。 最近、彼が私に向ける微笑以外で笑っている所を見ない。 「何を考えている!」 ある日、ゴドリックがサラザールを怒鳴っているのを見た。 怒鳴り声が響いてくるサラザールの部屋をそっと覗くと、テーブルを挟んでゴドリックが怒鳴り、サラザールはそれを冷めた視線で聞き流している。 ふと、テーブルの上に置かれた大きな水槽に目が行った。 水の張られていないその水槽の中には、一匹の蛇がとぐろを巻いて眠っていた。 「バシリスクがどれだけ危険な生物か分かっているだろう!」 バシリスク。 私は一度見聞きした事は、忘れようと思わない限り忘れる事はない。 けれど、その単語は初めて聞く。私は首を傾げた。 あの蛇の種類なのだろうか? すると、サラザールが私に気付いた。 二人は気まずそうな笑みを私に向け、大丈夫だから、と言った。 何が大丈夫なのか分からなかったけれど、二人がそういうのなら大丈夫なのだろう。 私はそう思って、わかった、と返した。 二人は、ほっとしたような表情をした。 話し合いは膠着状態で、一向に進む気配が無かった。 お互い、というかサラザールとゴドリックが一歩も退かないからだ。 ロウェナは中立に立った。 純血以外を排除する、という意見には賛同できないけれど、受け入れる生徒を減らす事に対しては考える余地があると彼女は言った。 そんなギスギスした空気のまま、月日が流れていく。 そういえば、あの蛇はどうしたんだろう。 私はふと気になって彼の部屋を訪れた。 サラザールは微笑んで私を部屋に通してくれた。 私は特に何も考えず、疑問を口にした。 「サラザール、あの蛇は何処に行ったの?」 途端、彼の表情が強張った。 聞いてはいけない事だったんだろうか。 「あの、ごめんなさい…」 サラザールにそんな顔をさせてしまったのが悲しくて謝ると、彼は謝らなくていい、と私の頭を撫でてくれた。 その手が頬に下り、私はその手の温かさが気持ち良くて目を細めた。 「…」 彼の低い声が私の名を呼ぶ。 私は「なあに?」と返そうとしたけれど、言葉は紡げなかった。 サラザールの唇が、私の唇に触れていた。 その唇は少しだけ離れ、再び私の唇に重なる。 最初より、強く押し当てられる唇。 私はその行為が何を意味するのか分からなくて、ただきょとんとして目の前のサラザールの整った顔を見詰めていた。 やがて合わせられた唇が離れ、サラザールが身を起こす。 私が相変わらずきょとんとしていると、彼は少しだけ困ったように笑った。 「すまない…」 私はどうしてサラザールが謝るのか分からなかった。 どうして謝るのかと問うと、 「分からなくていいんだ。いや、分からない方が良い…」 君にとっても、私にとっても。 そう言って彼は苦笑した。 「…アレは私のもう一つの部屋にいるよ」 もう一つの部屋とは何処の事なのだろう。 私がそれを問おうとするのを遮るように彼は続けた。 「もう少しで私の望みが叶えられる」 望み。 私は彼が望みと言うべきものは、一つしか知らなかった。 「ホグワーツを、純血だけの学校にする事?」 彼はそうだ、と力強く頷いた。 ゴドリックたちは知っているんだろうか? だけど、それより私は不思議に思っている事があった。 「純血と混血、マグルから生まれた子、何が違うの?」 彼は少しだけ眼を見張って私を見下ろした。 私はその視線に違うの、と首を振った。 「その定義は知ってるの。純血は両親が魔法使いと魔女、混血は魔法使いとマグルの間に生まれた子。それは分かってるの。そうじゃなくて、その三つの血の違いはなに?」 四人の中で一番察しの良いはずの彼も、今一つ私の問いたい事が判らなかったようだ。 私は慌てて付け足した。 「あのね、だって、それぞれ一人ずついたとして、その人達は何が違うの?三人とも魔法が使えて、血の色も赤いじゃない? それに、孤児の子達はどっち?親の事を全く知らないけど魔法が使えるって子は、どこに分類されるの?」 私の言葉に、何故か彼は驚いたように目を見開いていた。 私はまた何か彼の気に障るような事を言ってしまったのだろうか? 私はきっととても不安そうな表情をしたのだろう。 彼ははっとして私から視線を逸らした。 そして、 「、悪いけど、一人にしてくれないか」 そう私に告げた。 私は酷く彼を怒らせてしまったのだろうか。 すると、彼は違うんだ、と首を振った。 「今日一日、考えたい事が出来たんだ。また、明日になったらおいで?」 そう柔らかく言う彼に、私は少しだけ安心して彼の部屋を出た。 これが、彼との別離への第一歩だと…その時の私は全く気付かなかった。 私は食事をしなくても、水と少しの栄養、そして日光さえあれば生きていける。 けれど、それでは人間たちに怪しまれるから、一応食べるという習慣は付いている。 私は朝食代りの林檎を齧りながら目の前の空いている椅子をじっと見詰めた。 昨日までは、そこにサラザールが座っていて、私と一緒に朝食を共にしていた。 けれど、今日はいない。 どうやらまだ部屋に篭もって何か考え込んでいるらしい。 「明日になったらまたおいで?」 彼はそう言ってくれたけど、彼が朝食に下りてこないという事はまだ考え事の最中なのだろう。 私は彼が下りてくるまで待とう思った。 けれど、結局彼は日が落ちても下りてこなかった。 窓辺から空を見上げると、丸い月が私を見下ろしている。 彼の部屋にもティーセットはあるけれど、食べ物は無かったはずだ。 その気になれば杖の一振りで呼び寄せられるのだろうけれど、きっと彼は何も食べていない。 私は心配になって彼の部屋の前まで来てしまった。 コンコン、と控え目にノックをする。 「サラザール?」 ノックと同じく控え目に彼の名を呼ぶと、扉が開いた。 「お入り」 いつもの微笑で迎えてくれた彼に、私はほっとして促されるまま彼の部屋に踏み入れた。 「サラザール、お腹空いてない?」 私の問いに、彼は大丈夫だと答えた。 「でも、何も食べていないでしょう?何か欲しいものがあったら…」 私は言葉を止めた。 サラザールが、私の体をきつく抱きしめたのだ。 「サラザール?」 私は彼の体を抱き返す。 甘えるように首筋に擦り寄ると、彼の抱きしめる力が少し、強まった。 そして、彼は低く、押し殺したような声で、 「私は…君を、愛している」 そう、告げた。 私はただ、嬉しかった。 サラザールが、私を愛している。 それは、私がサラザールを好きだと想う、その気持ちより大きな想いで私を見てくれているという事。 「私も、サラザールの事、大好きよ」 嬉しくて、私は一層彼に擦り寄った。 私たちの間に隙間など無いくらい、ぴったりと抱き合い、寄り添う。 それは、とても幸せな事だった。 だから私は、次に彼が告げた事が、理解できなかった。 「私はここを去る」 「…え?」 私は彼の首筋から頭を起こし、同じ様に頭を起こした彼を見上げた。 彼の目は、いつも以上に真摯な色を称えていた。 「もう、二度と帰る事はないだろう。だけど…、君が私の代わりにこのホグワーツを見守って欲しい」 私は彼の言葉が信じられなくて首を左右に振った。 「何処にもいかないで」 「…すまない」 けれど、彼は短い謝罪の言葉を返す。 「君が、人間だったらと何度も思ったよ」 その言葉に、私は大きく目を見開いた。 確かに、私は彼らに造られたその時から成長していない。 私の外見は今でも少女のままだ。 けれど、四人ともそんな事気にしていなかった。 いつまでも妹の様に接してくれた。 サラザールがそんな事を思っていたなんて、露ほどにも想わなかった。 「だけど、このホグワーツを見守る為に「君」を造らなかったら、私は君に逢えなかった」 私はもう、何も言えなかった。 ただ呆然と、彼を見上げていた。 「、私はここを出ていく。何処か遠くでスリザリンの血筋を残し、やがて朽ちるだろう。 けれど、、今だけで良い。君を・ではなく、・スリザリンにしたい」 震える唇で、どうやって?そう問う。 「君がそれを承諾してくれれば、それで君はもう一人のスリザリンになる」 承諾。 勿論、承諾するわ。 貴方たちに付けてもらった名と、あなたのファミリーネーム。 物凄く、嬉しい。 だけど、 「それでも、あなたは行ってしまうのね」 彼は、また「すまない」と謝った。 「これから先、君には私たちとは比べ物にならないくらい多くの出会いがあるだろう。 そして、誰かを愛するかもしれない。 だけど、今だけは…私の命が尽きるまでは…私の君であって欲しい。 君がサラザール・スリザリンの妻として…もう一人のスリザリンとして、ホグワーツを見守って欲しい」 そして、と彼は続けた。 「私のもう一つの部屋が開かれない様、見張って欲しい」 「もう一つの部屋?」 あの蛇がいる所? そう返すと、彼はそうだ、と肯いた。 「バシリスクを、そこに封じた。バシリスクは、今はとても気性が荒ぶっている。最近では私の命令にも背き…情けない話だが、手に負えない。 だから、君にホグワーツを見守ると同時に、その部屋を開ける者が出ない様見張って欲しい。 バシリスクはそう簡単に倒せれるものじゃない。だから決して扉を開けない事。そうすれば一生バシリスクは出てこられない。そのまま朽ちるのを待てば良い。 だが、もしかしたらその部屋を開ける者がいるかもしれない。 そしてもう一つ…」 三人に伝えてくれ、と彼は言った。 伝えてくれ。 それは、確実に彼がここを出ていくという事で。 「わかった、絶対に伝えるわ…」 さようなら、と額に口付けられ、私は生まれて初めて涙を流した。 サラザールがこの家を出ていって二日後、ゴドリックが訪れた。 あの日から私は何もする気が起きなくて、窓辺でずっとぼうっとしていた。 そんな私を見て、始め彼は私とサラザールが喧嘩をしたのだと思ったらしかった。 「ったくサラザールの奴、を放って自室に篭もってんのか?」 そう言いながらサラザールの部屋に向かった彼は、その室内の様を見て、私の元に駆け戻って来た。 「、どういう事だ?サラザールは何処へ行ったんだ?!」 サラザールの部屋は、閑散としていた。 彼の本も、服も、何もかも無くなっている。 私は、ただぼうっと慌てるゴドリックの顔を見上げていた。 すると彼は突然家を出ていき、暫くして戻って来た。 ヘルガとロウェナが血相を変えて私に駆けよって来る。 「、どうしたの?何があったの?」 「大丈夫?サラザールはいつからいないの?」 「…満月の、夜に…」 漸く私は言葉を紡ぐ事が出来た。 「満月?って事は二日前だな」 ゴドリックの言葉に私は頷く。 「サラザール、私を愛してるって言ってくれたの…」 私の言葉に三人は息を飲んだ。 彼が私を大切にしているのはみんな知っていた。 この三人だって、私をとても大切にしてくれていたから。 だけど、彼の想いが自分達とは違っている事には気付かなかったのだろう。 「私に、もう一人のスリザリンになって欲しいって、私が承諾すれば、私は・スリザリンだって…でも、もうここには帰らないって…私、何が悪かったのかしら。唇を合わせた時、何かしなくてはならなかったのかしら。それとも、私が人間じゃないからかしら…」 「…」 ロウェナが私の手を取った。 サラザールの手とは違って、とても柔らかい手だった。 「サラザールは私が人間だったら良かったのにって。でも、私が人間じゃなくて、みんなに造ってもらったから私に逢えたんだって……サラザールが、自分が死ぬまでは、自分の妻であって欲しいって…」 そしてふと私は思い出した。 「ああ…もしかして、あれが悪かったのかしら…」 「あれって?」 ロウェナの優しい問いかけに、私は小首を傾げた。 「サラザールが出ていく前の日、私、彼に聞いたの。ねえ、ゴドリック、あなたは知ってるわよね?彼が育てていた蛇の事」 すると、ゴドリックは険しい表情で短く頷いた。 ロウェナとヘルガは知らない様だ。 「あの蛇、何処に行ったの?って聞いたの。そうしたら、もう一つのサラザールの部屋にいるって」 「もう一つの部屋?」 ゴドリックの言葉に私は頷く。 そして私は蛇…バシリスクの事を三人に話した。 すると、ゴドリックはばんっとテーブルを叩いた。 「だから止せと言ったのに!」 あのバカ!そう怒鳴るのを私はぼんやりと聞いていた。 私はまだ、伝えなくてはならない事がある。 「それと、サラザールがみんなに伝えて欲しいって」 ――三人に伝えてくれ。私は… 「『私は純血以外の生徒と共に、お前たちも消すつもりだった。 そして、私との二人で真の魔法学校を造るのだと。 始めは私はお前たちまで手にかけるつもりは無かった。 どんなに言い争っていても、お前たちは大切な友だ。 何とかお前たちを説得できればと思っていた。 だが、本当に愚かな理由で私はお前たちに、否、ゴドリックに殺意を抱いた。 私は、何年も前からを愛していた。 だが、私は彼女がゴドリックを想っているのだと思っていた。 私は己の醜い嫉妬に、己の目的達成の為という建前を見つけてしまった。 私はお前たちが居る限り己の目的は成されないと言い聞かせ、この醜い感情に蓋をした。 けれど、その建前は、皮肉にもによって崩された。 私は彼女の問い掛けに答える事が出来なかった。 そして漸く我に返った。 私は間違っていた。 許してくれとは言わない。 ただ、すまなかった』」 「…問い掛け?」 ヘルガがまるで壊れ物に触れるように聞いた。 ゴドリックは自分の聞いた言葉が理解できていないような表情をしている。 「私、サラザールに聞いたの。三つの血は、何が違うのって…ああ、そうだわ…そうしたら、サラザールが「一人にしてくれ」って…」 ――純血と混血、マグルから生まれた子、何が違うの? サラザールに問い掛けた己の言葉。 一語一句たりとも間違えず覚えている。 ――あのね、だって、それぞれ一人ずついたとして、その人達は何が違うの?三人とも魔法が使えて、血の色も赤いじゃない? それに、孤児の子達はどっち?親の事を全く知らないけど魔法が使えるって子は、どこに分類されるの? もし、それを問わなかったら。 そうすれば、彼は今もこの家に居たのだろうか。 けれど、それでは近い未来、ゴドリック達はサラザールの手によって死んでしまったかもしれない。 「私、どうすれば良かったのかしら…サラザールが居なくなるのも、ゴドリック達が居なくなるのも嫌だわ」 ああ、私がもっと賢かったら。 私にもっと人間の機微に対する知識があったら。 「…」 ロウェナの私の手を握る力が微かに強まった。 「、泣かないで…」 ヘルガの手が私の二の腕に当てられる。 そんな顔しないで。 私、泣くのは始めてじゃないの。 だから、みんなそんな哀しい顔しないで。 「私、楽しかったの…サラザールを好きだと想うこの気持ちがとても嬉しくて……私は人間じゃないから子孫を残して上げる事は出来ないし、成長しないから人目に出る事も出来ないから…だから、サラザールを好きだと想っている事だけで幸せだったの…」 どうして声が震えるのだろう。 私は涙を流しているだけなのに。 「私、間違っていたのかしら…もし、サラザールに好きだってもっと早く伝えていたら…」 サラザールが笑顔を失う前に、伝えていたら。 サラザールはゴドリック達に殺意も抱かず、いずれお互い妥協して前の様に楽しく笑いあえただろうか。 私の脳裏に「もし、」と仮定ばかり思い浮かぶ。 もしあの時こうしていたら、しなかったら。 もしあの時こう言っていたら、言わなかったら。 そして漸く、私は理解した。 ああ、サラザール。 私は、あなたを失ったのね。 「…」 ロウェナとヘルガが身を引き、ゴドリックが私の前に立った。 涙で濡れた私の頬をそっと両手で包み込む。 「すまない…」 ゴドリックの親指が、そっと私の目元を拭う。 サラザールの指と違って、ゴドリックの指はゴツゴツとしていた。 「どうして謝るの?」 「俺たちが守人を据えようなんて言い出さなければ、君はあの森で静かに暮らしていけた」 私は彼の手に包まれたまま、少しだけ首を横に振った。 いいえ、いいえ。 それは違う。 「確かに私は今、とても哀しいわ。でもゴドリック、私は確かに見掛けだけの人間だけれど、「人間」は喜怒哀楽をたくさん経験するでしょう?私はまだ憤るという感情を知らないけれど、それでも多くの経験をしたわ。これも、その一つだと…今はとても哀しすぎて思えないけれど、いつか思える日が来ると思うの。 だから、そんな事言わないで。 私は貴方たちに会えて、とても幸せだわ」 ゴドリックは、目尻に涙を滲ませて笑った。 「ありがとう」 ゴドリックは私をきつく抱きしめた。 そしてロウェナ、ヘルガと代わるがわる私を抱きしめる。 彼女たちも、「ありがとう」と震える声で私に囁いた。 ああ、遠い昔にも、こんな事があった。 こうしてみんなが代わるがわる私を抱きしめて、「ありがとう」と囁いてくれた。 ただ一つ、違うのは。 サラザール、あなたがいない。 「私、ずっとホグワーツを見守るわ。貴方たちの志を知る者として。 そして、もう一人のスリザリンとして」 満月の度、私はあの夜を思い出すだろう。 あなたが私を抱きしめてくれた、あの幸せを。 私は決して忘れない。 四人が目指したものを。 そしてサラザール、あなたの最後の望みを。 私は、見届けてみせる。 (終) +−+◇+−+ 途中から何故かハー●ク◎ン系の小説を書いているような気分でした。(笑) サラザールの一人称についてですが、私的に若い時は「僕」でホグワーツを去る頃は「私」であって欲しいなあ〜と思ってます。 そしてこれで彼女が柊の樹から変化したことが判明。別にどうでも良いですが。 それにしても、始めはメモ帳で5、6KB程度の話の予定だったんですが、書き上がってみれば18KB・・・何だそれ。 同一ヒロインでリドル世代の話やも書いてみたいなあ〜と思ったりもしているんですが、どうなる事やら。 あとはスネ先生が本当に報われる日が来るのかどうかとか。(爆) 関連タイトル:「約束」、「制服」 (2003/06/12/高槻桂) |