呪い




あの時、私は本当に軽い気持ちで。
「で、一年丸々休みを貰って来たわけね?」
貴方の隣りで一年、世界を廻ってまたここへ帰ってくるのだと。
「しかも全て決めてから私に打ち明けるってどうよ、それ」
そしてまた時折帰ってくる貴方を待ちながら日々を過ごすのだと。
「まあ良いわ。お供させてもらおうじゃない」
そう信じて疑わなかった。
「クィリナス!!私の事は放って逃げなさい!!」
当然、彼の名は知っていた。けれど、然して名家でもない私たちには関係ないと、
「謝らないで…お願い、謝らないで…貴方に謝られると、私、自分が惨めに思えてくるの…」
そう油断していた。
「私はこんな体になってしまったけれど、それでも、この体だからこそ出来る事はあるわ」
私たちの周りは闇一色に染まっていて、暗い光ですら希望と思えてしまうくらい。
「だから必ず」
その暗い光に縋らないと生きていけないくらい、足元すら見えない暗闇の中、私たちはただ、無様に足掻き続けるしかなかった。
「ハリー・ポッターを殺しましょう」




「ハイ、ハーマイオニー。何を探しているの?」
ハーマイオニーが分厚い本を何冊も机に広げていると、聞き慣れた声が降って来た。

同じ一年の、けれどスリザリン生であるとハーマイオニーは図書館の常連で、何かと討論する内に時間を共有する事が多くなった。
「最近、三人で何かやってるでしょう?」
ハーマイオニーと仲良くなった事からハリーたちとも仲良くなったは、その三人組が最近何やら探っているのを察していた。
「ちょっと調べ物をしているのよ」
ああでも貴方の手を煩わせるほどの事じゃないの、本当に些細な事なのよ。
ハーマイオニーがそう続けると、はわかったわよ、と苦笑した。
「でもハーマイオニー」
はにこりと笑って彼女の広げている分厚い本を見下ろす。
「探し物っていうのは、案外簡単な所にある事があるのよ」
そんなに分厚い本じゃなくてね。
「それじゃあ、また後でね」
はひらりと手を振って貸し出し用カウンターへと向かった。




クィディッチの後、禁じられた森に向かうスネイプを見つけたハリーはそっとその後を追った。
案の定何やら怪しげな会話をクィレルと交わしており、(いつも以上に吃り、声がひっくり返っているクィレルにハリーは彼を哀れに思った)ハリーはスネイプへの疑惑を確信へと向かわせた。
「どちらに忠誠を尽くすのか決めておいて頂きましょう…彼女の為にも」
スネイプが去り、一人立ち尽くすクィレルに一瞥をくれたハリーはそろりとその場を後にした。


「もしかして、クィレル先生の恋人か何かが人質に取られているとかじゃない?」
ロンの言葉にハーマイオニーとハリーは唸り声を上げた。
「とすると、やっぱりもう時間が無いのかもしれないわ」

「なーにしてるのかな?」

「「「!!」」」
突然背後からかかった声に三人は揃って文字通り跳び上がった。
「な、何よ、びっくりしたじゃない」
そこには目を丸くしたが立っていた。
「びっくりしたのはこっちだぜ」
「あーらごめんなさいね、ロニー坊や」
にやっと笑うに、ロンが唇をへの字に歪めて「その呼び方止めろよ!」と抗議する。
「良いじゃ無いの、減るもんじゃなし」
「減る!」
「ハイハイ。所で、クィレル先生見なかった?」
すると三人は過剰なほど首を左右に振り、知らないと告げた。だがはそれに小首を傾げただけで「そう、引き止めて悪かったわね」と踵を返してしまった。
ほっと安堵の息を吐く三人の気配を背に感じながらは小さく謝罪の言葉を洩らす。
「ごめんなさいね」
でも、私はクィリナスの方が大事なのよ。
それは音になる前に彼女の口内で溶けてしまい、は軽く唇を噛んだ。




ハリーたち三人と仲良くなった頃はも良く一緒に行動していた。
けれど、年を越してからというもの余り顔を会わせる機会が減っていた。
彼ら三人は「賢者の石」の事で頭が一杯で、蚊帳の外のが近付ける雰囲気ではなかった。
「ごめんなさい、最近あの子達の傍に近づけないから情報が入ってこないの」
『闇の魔術に対する防衛術』教師の私室でお気に入りの紅茶を入れながらは眉尻を下げて部屋の主に謝罪した。
「気にしなくても良い。今はスネイプが犯人だと思わせておければそれで十分だ。泳がせておこう」
そう労わるように微笑むのは、その部屋の主であるクィリナス・クィレルだった。
ただいつものようなひっくり返ったような声と吃りはなく、低く落ち着いた声だった。
「…あの方は?」
声を潜めたの視線がちらりと彼の紫のターバンに注がれる。
「大丈夫、今は休んでおられる」
はほっと息を吐いて彼の前に紅茶を注いだカップを二つ並べ、男の隣りにそっと腰掛けた。
「後少し…後少しだから…」
無言で擦り寄ってくる少女を慰めるようにクィレルは囁く。
「もう少しで君は元に戻れる………私の最愛の妻よ…」
二人はまるで吹雪の中で遭難したかのように身を寄せ合い、きつく抱き合った。




全て順調だった。
ダンブルドアはホグワーツを空け、ハリーたちはスネイプを疑ったまま『石』の元へと向かった。
そしてつい先程、古い箒に跨ったロンとハーマイオニーがふくろう小屋へと向かうのを見た。
私がやるべきは、ただ一つ。
「そこを退きなさい、ミス・
三頭犬の間へと続く扉の前でスネイプは立ち塞がる少女と対峙していた。
「退かないわ。貴方だってわかってるでしょう?セブルス」
昂然と杖を構えた少女は当たり前の様に彼を呼び捨てる。だが、スネイプはそれに気を止める事無く首を微かに振った。
「お前こそ、わかっているだろう。この結末が」
「ええ勿論。ハリーは死んでヴォルデモートが復活するわ。そして私とクィリナスはまた一緒に暮らすのよ」
有り得ない、とスネイプは諭すように告げる。
「例えヴォルデモートが復活したとしても、クィレルは一生、奴の奴隷だ」
「言ったでしょう?私はクィリナスと一緒にいられるならそれで良いの。ヴォルデモートと出会ってしまった時、隷従してでも私はクィリナスと生き延びると、そう決めたもの」
が呪文を唱え、スネイプが咄嗟に反対呪文を唱えようとしたその時、二人は体に電流が走ったようにびくりと身を強張らせた。
「今…」
二人はそれぞれ己の左腕を掴む。
一瞬だけ鋭い痛みを発した左腕に寄生したそれが、彼の復活を意味するものでは無く、その反対を示すものだと悟った二人は同時に部屋へと駆け込んだ。
「クィリナス…!」
各部屋の仕掛けを抜けるのももどかしく二人は最奥の部屋へと向かう。
スネイプが自ら作り上げた炎を杖の一振りで消し、二人が最後の部屋へと辿り着いた時、そこにいたのは気を失って倒れているハリーと、
「……クィリナス……」
倒れ伏し、灰の山と化した男の姿にだけでなく、スネイプもただ呆然と立ち竦んだ。
「…クィリナス……クィリナス…?」
は覚束ない足取りで階段を降り、その紫と灰色のローブの前で膝を付いた。
恐る恐るその服を持ち上げると、ざらざらと灰が零れ落ちる。は白く煤けるのも厭わずその服をのろのろとした動作で抱きしめた。
「間に合わなかったか…」
響いた老人の声にスネイプがはっとしたように振り返る。
「ダンブルドア校長…」
ダンブルドアはクィレルの服を抱きしめたまま動かないを哀しみの宿った瞳で見下ろし、そして視線を伏せた。
「セブルス、君はハリーを医務室へ。、君はどうするかね」
ダンブルドアの言葉に彼女はゆるりと視線を上げ、虚ろな目でダンブルドアを見上げた。
「……わたし…かえるわ…だってもう、おわったんでしょう…?すべておわったんでしょう…?」
「そう。もう、全て終わったのじゃ。…終わってしまったのじゃよ」
するとは服を持ったままふらふらと立ち上がり、茫然自失したまま来た道を戻り始めた。
…」
スネイプは杖を降って担架を取り寄せ、ハリーをそこに寝かせて彼はに付添う。担架はふわふわと浮かびながらスネイプの後を追いかけていき、ダンブルドアはそれを見送った後、階段に転がった賢者の石をそっと掴み上げた。




「ハイ、ハリー、ロン、ハーマイオニー」
学年末パーティーも終わりを見せ、殆どの生徒がそれぞれの寮へと戻っていった頃、同じ様に寮へと戻ろうとしていた三人を引き止めたのは、だった。
「寮杯獲得おめでとう。まあ私としては自分の寮が負けたと嘆くべきでしょうけど」
そう笑って肩を竦め、「ちょっと良いかしら」とは三人を伺った。
「私、貴方たちに打ち明けたい事があるのよ」
「うん、何?」
「私ね、ずっと隠してたけど今のファミリーネームはじゃないの」
それは昔の名前、と彼女は笑う。
・クィレルなのよ、私」
事も無げに告げられたその内容に、三人は一瞬の間を得てその言葉の意味を理解した。
「…それじゃあ、スネイプが言っていた「彼女」って…」
「じゃあ、貴方はクィレル先生の血縁者だったの?!」
思わず大きな声を出してしまったハーマイオニーは慌てて周りを伺った。
幸い、もうそれぞれの寮へ帰ってしまったのか四人以外の姿はなかった。
けれどは一層可笑しそうに「違うわよ」と笑った。
「妹でも娘でもないわ。クィリナス・クィレルは私の旦那様」
「「「は?!」」」
三人の素っ頓狂な声が石造りの廊下に響く。
「私ね、こう見えても三十二歳なのよ。某魔法薬学教授と元クラスメイト」
「ちょっと待って、わけがわからないわ。最初から説明してくれない?」
ハーマイオニーの言葉には快くそれを受け入れた。
「私が子供の姿をして要る理由からで良いかしら?」
「ええ、そこからで結構よ」
「クィレル先生が以前一年間世界を廻ったっていうのは聞いた事あるかしら?
そう、なら話は早いわ。あの時出会ったのは鬼婆じゃなくてヴォルデモートだったのよ。幸い私たちは純血だったし、私はスリザリン出身だったから選ばせてもらえたわ。
従うか、死ぬか。
いっその事問答無用で殺してくれれば良かったのに。選択を迫られたら、従うに決まってるじゃない。私、まだ生きてクィリナスと一緒にいたかったもの。
そうしたら私、呪いでこの体にされたのよ。『賢者の石』を盗んでハリー・ポッターを殺せば元の体に戻してくれるって約束でね」
おっと警戒しないでね、とはおどけて両手を軽く上げた。
「私は証だったの。クィリナスがヴォルデモートに忠誠を誓う為の。怖じ気付いてダンブルドアに密告しない為の、ね。私は彼らに旅行中である呪いにかかってこうなったって言ったわ。強ち嘘じゃないもの。
そうしたらダンブルドアが生徒として通う事を提案してくれたのよ。渡りに船ってね。そこからは貴方たちが知ってる通り、私は貴方たちとお近付きになって逐一クィリナスに教えてたわ。
ただ、クィディッチの頃からダンブルドアも少しずつ私たちを疑うようになったから更に慎重になったけれど…貴方たちがセブルスを犯人だと勘違いしてくれてたから有り難かったわね。
でもまあ結局失敗してクィリナスも死んでしまったし、散々よね」
そこまで言いきると漸く彼女はほっと息を吐き、「すっきりしたわ」と苦笑した。
「私、貴方を殺さなくて良かったわ。貴方のお陰でクィリナスはヴォルデモートから解放されたんだもの」
「あの…僕の事、恨んでないの…?」
おずおずと告げたハリーの言葉に一瞬は目を丸くして、やがて叫び出そうとする嘆きを無理に抑え込んだ様な歪んだ笑みを浮かべた。
「どうしてそんな当たり前の事を聞くの…?」
信じられない、と言わんばかりに彼女はハリーに視線を釘付けたまま首をぎこちなく振った。
「クィリナスは私の愛する夫なのよ…?貴方たちの事も好きよ…でも、哀しくないわけ無いわ…憎らしくないわけが無いわ」
は素早くローブの中から杖を取り出して構えた。
「動かないで」
ごめんなさい、と彼女は泣きそうな笑みを浮かべながら一歩、また一歩と後退して三人との距離をとる。
「仕方ないと分かってるの。でも、クィリナスを愛しいと思う気持ち、そして貴方を憎いと想う気持ち…これは止められないわ」
は唇だけ笑みの形に吊り上げ、今にも泣きそうな顔で告げた。
「貴方たちの事、本当に大好きだったわ…さようなら」
そして彼女はその杖先を己のこめかみに当て、三人がローブから杖を取り出すより早く呪文を唇に乗せる。
「レダク…」

「エクスペリアームズ!」

だが、唱え終るより早く彼女の杖を弾き飛ばした声があった。
「…どうして止めるの、セブルス…」
いつからそこにいたのか、弧を描いて飛んだの杖を受け取ったのはスネイプだった。
「…死ぬ事は許さない」
「ふざけないで!」
諌めるでもなく、どこか嘆願するような色を含んでいた事には気付かない。
「クィリナスの後を追う事にどうして貴方の許可を得ないといけないのよ!愛する人のいなくなった世界で生きていく辛さは貴方には分からないわ!!」
「どうしても死にたいというのなら、我輩を殺せ」
「は?」
「お前の言葉を借りるのなら、愛する者の居なくなった世界で生きていく辛さなど…我輩は知りたくも無い」
は数秒の間スネイプをじっと見上げていたが、不意に笑い声を洩らした。
「何、あなた、私の事、愛してたの?バカね、ちょっと、いつからよ、私がクィリナスに告白されるよりずっと前とか言わないでよ?」
「……」
しかめっ面で黙り込んだ男に対しての笑い声がますます高くなる。
「アハハハハ!!やだわこの男、ちょっとそう思わない?!」
突然話を振られた三人は「はあ…」と気の抜けた応えを返すのが精一杯だ。
「本当にバカね、私、クィリナスの告白にOKしたのは、貴方への当てつけだったのに!」
笑いながらの言葉にスネイプの表情が微かに揺れる。
「あの時、私が好きだったのは貴方だったのよ?けど貴方、色恋なんて無駄だって言ってたじゃない、だからクィリナスと付き合って見せ付けてやろうと思ってたのよ。でも貴方は相変わらずで、少しずつクィリナスの優しさに惹かれて…貴方の事はもう親友と割り切って、クィリナスを幸せにするって思う様になったわ」
本当に、バカね、私たちって。
は決して笑いからではない涙を目尻から零し、それを袖で乱暴に拭った。
「それで、貴方は私が死んだら生きる気力を無くすくらい私の事を愛しているから私に生きていて欲しいと言う訳ね?」
両手を腰に当て、挑戦的に見上げてくる少女にスネイプは数秒の沈黙の後、短くそれを肯定する。
「なら、仕方ないからもう少しだけ生きていて上げるわ。でもクィリナス恋しさに耐え切れなかったらその時こそ死んでやるから」
勿論、貴方を殺してからね。
「…それならば許可しよう」
彼女にしかわからない程の微かな笑みを浮かべ、スネイプは少女に向かって手を差し出した。





おまけ。
「え?貴方の両親って…ジェームズとリリーの事?」
強く頷くハリーに少女はその表情を顰めた。
「私、リリーの事は好きだったけど、ジェームズ達の事は大ッキライなの」
余りにも嫌そうなその表情にハリーが少しだけ驚いたような顔をする。
「リリーの事は教えて上げるから、お願いだから私の前であのクソジェームズの名前は口にしないで」
何があったのかとの問いかけには彼女は更に苦々しい表情を作った。
「あの男、授業で遊んでばかりなのに私と同じ成績なのよ?例え影で頑張って勉強してたとしても授業中までふざけるのは許せないわ。ちゃんと真面目に授業を聞こうとしている子たちの良い迷惑よ…ああ思い出したら腹立って来たわ!ちょっとセブルス!私のアルバム何処にあるか知らない?!ハリーにジェームズどもの悪行をとくと語ってやるわ!!え?リリーの事?!後よ後!」
今日も彼女は元気です。










(END)
+−+◇+−+
最後の方支離死滅。さようならマイラヴァー。(意味不明)
まあ自殺は衝動的なものなので長くは続かないと。つまり話している内に死ぬ気が失せていったと。で、それなりに時間が経つと結構平気になるもんだと。そういう事。
冒頭はとにかくヒロインのセリフと語りを交互に。あとは御想像にお任せしますみたいな。要は手抜き。
ヒロインはセブと同期なのでクィレルより年上。というか私の中でクィレル先生は享年28〜30歳。間を取って29歳。
ていうかさ、ていうかさ、ていうか(いい加減にしろ)何でこうもスネイプ夢を書くとこうになるの?どうして貴方たちはそうも人前でドラマを繰り広げるの?もう少し二人きりでこっそりとか思わないの?どうして?とか言いたくなります。(どうしても何も全て貴様の所為だ)
とりあえず、後半は書きながら「いや、そんな死に方されたら片付けるフィルチ達が可愛そうですから」とかツッコミを入れてみたり。
(2003/08/14/高槻桂)

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