落ちこぼれ




始業式の前日、その生徒は両目と体の左半身が不自由だと告げられた。
魔法で補助はしているが、集中が途切れればそれまでだし、目もはっきりと見えているわけではないと。
だが実際にその生徒を目にした時、スネイプはそれを疑った。
!」
マクゴナガルに名を呼ばれた彼女は迷いも無く組み分け帽子の前に進み出た。
他の生徒の様に何の機具も身に付けず、それが当たり前の様に歩みを進める。魔法補助で漸く見える程度の筈の視線もきちんと定まっている。
これが盲目、そして左半身不随を抱える者の動きなのだろうかと思ってしまうほど迷いの無い足取り。

「スリザリン!!」

更に驚いたのは、彼女がスネイプが監督するスリザリンに振り分けられた事。
ハッフルパフかレイブンクローに振り分けられると思っていたスネイプは、スリザリンテーブルへ向かう彼女の後姿を食い入るように見詰めてしまった。
その後姿は、やはり何の支障も無いような印象を抱かせるものだった。



彼女が身体障害者であるという事は生徒は知らない。
障害を持つ者だという目で見られるのを彼女が嫌った為だ。
露見するのも時間の問題だと思っていたスネイプだったが、一年が過ぎ、二年、三年と過ぎても彼女はあくまで「実技が不得意な生徒」であり続けた。
彼女の成績は、筆記だけで評価するのなら主席は無理でも上位は争えるだろう。
だが、実技の成績がこれ以上に無く悪い。
呪文学や闇の魔術に対する防衛術などの杖を振って呪文を唱えるだけの教科の成績は良い。変身術も時折可笑しな色をした動物に変身させる事も有るようだが然程悪くはない。
だが、飛行訓練はこれ以上に無く悪い。薬草学の実習や魔法薬学の調合も良いとは言えない。
どうやら素早い動きは出来ないらしく、スピードを要する植え替えや調合は尽く失敗している。
飛行訓練にしても、左半身と視力を絶えず魔法で補佐をするのは想像以上に魔力を使うのだろう、肉体と箒の二個所に魔力が分散して安定しないから箒に上手く伝わらない。
結局殆ど飛べず、マダム・フーチも「スクイブよりはマシ」程度だと評価していた。
恐らく彼女のはこのまま障害者である事を隠し通して卒業していくのだろう。
魔力の弱い、劣等生として。


「スリザリンの恥さらしめ」


己の研究室へ向かっていたスネイプは聞き覚えの有る声に足を止めた。
「スリザリンにスクイブが籍を置くなど。組み分け帽子も耄碌したものだな」
呪文学の教室からそれは聞えてくる。
スリザリン生でスクイブ扱いされる者は一人しかいない。
スネイプは呪文学教室の扉を開けた。
「スネイプ先生」
やはりそこに居たのはドラコ・マルフォイを始めとする純血主義の子供たち。
そしてそれらに囲まれ、項垂れるように視線を伏せて座っている
「何をしている。授業は疾うに終わったはずだ」
「…すみません」
彼らはちらりと座ったままの少女を睨み、教室を出ていった。
「君もだ、ミス・
教室内に己とスネイプだけになっても動こうとしない彼女に告げると、「すみません」と拒絶の応えが返って来た。
「もう少し、ここに居たいので…」
視線を一向に上げようとしないに、スネイプはまさか、と少女を見下ろした。
「動けないのか」
スネイプの言葉に漸くの視線が上がった。
その視線はきょときょとと落ち着きが無く、目の前の男を見ているようにも素通りしているようにも見える。
「…すみません」
少女は再び謝罪の言葉を口にした。
「朝から上手く集中出来なくて…さっきの授業中、とうとう解けてしまって…」
放っておいて下さって構いませんから、と続ける少女にスネイプは僅かに溜息を落してその傍らに移動した。
「先生?」
僅かに体をずらしたスネイプの影を追ってぎこちなくその視線が動く。
「体が戻るまで医務室で休んでいるが良い」
彼女が得たように頷くと同時に彼女の脇と膝の下に腕を差し入れ、持ち上げる。
すみません、と三度目の謝罪にスネイプは何も答えず黙々と医務室へと向かう。
途中、何人かの生徒とすれ違ったが、彼らの向ける奇異の視線にも彼女が気付くはずも無くひたすらスネイプの腕の中で大人しくしている。
やがて医務室の前に辿り着くと、スネイプは彼女に扉を開けるように告げた。
彼女はスネイプの指示通りの場所へ右手を滑らせ、その扉を開けた。
をベッドに降ろしながらそういえばマダム・ポンフリーは出張中だったと今更ながらに思い出す。
「原因に心当たりは」
脈拍や体温を手早く測る。特にこれと言った異常は見られない。
「ただの疲れだと思います」
右手を動かしてシーツの流れを探っている姿を尻目にスネイプは薬棚へ向かい、そこから二種類の小瓶を取り出した。
馴れた手付きで二種類の薬をゴブレットに注いで混ぜ合わせ、の傍らに立つ。
「今日はここに居るといい。夕食はあとで運んでやる」
の右手を取り、ゴブレットを手渡す。彼女は受け取ったゴブレットの辺りに視線をさ迷わせ、不安げにスネイプがいるだろう場所を見上げた。
「ただの栄養剤と睡眠導入剤だ。多少苦い程度だ」
スネイプの言葉にはそっとゴブレットに口を付ける。ちびりと舐めるように飲み、それが言われた通り苦みを持つ液体だと分かるとぐいっと一気に飲み干した。
スネイプは苦そうに表情を歪めるからゴブレットを取上げてベッドサイドに置いた。
彼は杖を取り出すとくるっと小さな丸を二つ杖の先で描き、差し出した掌にその描かれた丸が形を成して落ちた。
ちりん、と軽やかな二つの音が響く。
「鈴?」
にその一つを握らせると彼女はきょとんとしてその手触りを確かめる。
「呼び鈴だ。何かあればそれを何度も鳴らせ」
「はあ」
が試しに鈴を摘んでぶんぶんと振るように鳴らしてみた。
すると鈴のりんりんとした音が彼女の手とスネイプの手の上の二個所から響き、彼女は「おお」と感心したように視力の無い眼を見張った。
「ありがとうございます」
それをしっかりと握って横になると、スネイプが踵を返して出ていくのが音で分かった。
僅かに音を立てて扉が閉ざされる。は遠ざかっていく足音に耳を澄ませながら、手の中の鈴を握り直した。
手の中で微かに音を立てたそれに、今頃彼の鈴も小さな音を立てたのだろうかと思いながら眼を閉じた。









(終)
+−+◇+−+
ネタ自体は「約束」と同じ頃に出来てましたが妻ヒロインばかり書いていたので漸く書く事が出来ました。
とは言っても実際に書き始めるまでは「左半身が不自由で普段は魔法で補助している」という設定しかなかったのでいつ没になってもおかしくないネタでしたが。(爆)
元々は「私、スネイプ先生の顔が見てみたいです」という台詞を言わせたかったというのもあったんですが、別にまだ恋愛感情発生していないのにそれはないだろ、と思って止めました。
ていうか、あれこれ書きたいシーンがあったのに実際書き挙げてみれば全然違う話になりました。
それにしても最近腹の調子が悪い。いや、下すでも戻すでもなくただ痛いだけなんですが。多分今スネハリを書いたら下すなり戻すなりすると思います。(笑)
それにしても、何やら物凄く久し振りにSSを書いたような気分です。実際は数日振り。
(2003/07/07/高槻桂)

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