プライド 「あら、あたくし存じ上げていてよ。あなた、あたくしの事を愛していらっしゃるのでしょう?」 傲慢に言い放つでもなく、嫌悪を含むでもなく、彼女はまるで挨拶でもするように告げたのだ。 何を愚かな。 その一言は声帯に辿り着く前に消えてしまった。その代わり。 「ああ、そうだ。だからどうした」 己の声帯を震わせたのはそんな言葉だった。そんな事で狼狽したりするのは自分の自尊心が許さなかったのだ。 しかし彼女は薄らと笑い、ショールを翻して去っていった。 今よりずっと身体のラインに沿った藤色のドレスローブを纏い、何重にも重ねた同色のスパンコールを散りばめたショール。腕やら足やら首やら頭やらととにかくじゃらじゃらと下げたアクセサリー。それらが光をちらちらと反射していた。 あれから何が変わったということも無い。 馴れ合うことも無く、突き放すように時間だけが過ぎていった。 お互い年をとり、見た目にもそれは表れている。 それでも、何も変わることは無かった。 解雇辞令が出され、しかしダンブルドアの計らいでホグワーツ城に留まる事を許された、否、望まれたシビル・トレローニー教授はマクゴナガルとスプラウト、そしてフリットウィックに付き添われて彼女の部屋へと戻っていった。 そして彼女の部屋の前でマクゴナガルはスプラウトとフリットウィックに礼を述べ、トレローニーと二人、その部屋の中へと消えていった。 トレローニーはふらふらと暖炉の前へと向かい、真っ白な毛の長いラグマットの上にへたり込んだ。 マクゴナガルは杖を振って室内の明かりを灯し、暖炉にも炎を灯して彼女の隣に同じように腰を下ろした。 「シビル」 それまで呆然としていたトレローニーがゆっくりとマクゴナガルに向き直る。 「……っ…」 既に涙でぐしゃぐしゃになっていたトレローニーの顔が再び歪み、ぼろぼろと涙を零してマクゴナガルに掴み掛かった。 「ミネルバ、ミネルバ…!!」 「何度も呼ばずとも聞こえています」 いつものようにぴしゃりと切り捨てるような物言い。しかしトレローニーは構わず続けてもう何回か彼女の名を呼んだ。 「ダンブルドアはっ、ダンブルドアは何故あのような女をいつまでもこの学校に寄生させておくのです!何故追放してくださらないの!ダンブルドアはこの学校で一番力をお持ちなのに!!」 「確かにダンブルドアは校長ですがホグワーツはダンブルドアの私立学校ではありません。魔法省の決定にはダンブルドアも従わなくてはならない義務を持っています」 「だったらあなたが何とかしてちょうだい!」 「落ち着きなさい、シビル」 あくまで態度の変わらないマクゴナガルに、トレローニーは臓躁的な声を上げ、マクゴナガルの膝を叩いた。 「あなた、あたくしを愛しているのでしょう?!!」 一層甲高く、臓躁的な叫びにもマクゴナガルの表情は変わらない。 「あの女はあたくしを侮辱し、あたくしの全てを奪い取ろうとしているのですよ?!あなたが何とかしたらどうなの!!」 何も言わず、ただ静かに自分を見つめてくるマクゴナガルに、トレローニーはぶるぶると震え、やがて再び堰を切ったようにマクゴナガルの膝に取り縋るようにして泣き喚き始めた。 「ミネルバ、ミネルバ!あたくしを愛してると言いなさい!あたくしが必要だと言いなさい!!」 マクゴナガルは己の膝の上で揺れる、ふわふわとした流れを持つトレローニーの髪を何度も慰めるように撫でる。 「ええ、シビル。私は貴方を愛しています。貴方は私にも、このホグワーツにも必要な魔女です。ええ、ええ、勿論ですとも」 トレローニーが泣き疲れて眠った後も、ずっとその髪を撫で続けた。 暫くして、ダンブルドアに代わり、アンブリッジが校長の座に就いた。 しかし生徒やフィルチ以外の教師がそれに好意的であるはずも無く、アンブリッジは日夜問わず騒ぎを起こされては走り回っていた。 ある日、マクゴナガルはホールの天井から下がる豪奢なクリスタルシャンデリアを外そうとしているピーブズを見つけた。 「……」 歩みを止めぬまま、マクゴナガルはちらりとシャンデリアを見上げる。 年代物のこのクリスタルシャンデリアはとても巧緻で繊細な芸術的一品である。それを壊されては堪ったものではない。はずなのだが。 しかしマクゴナガルはまるでピーブズの存在になど気付いていないように前を見据えて歩いていく。 あれが落ち、破壊されれば当然アンブリッジが処理する羽目になるのだろう。 しかも物が物だけに無碍に捨てることも出来ない。つまり直さなくてはならない。 しかしあのアンブリッジにこれだけ巧緻で大きな物を直せるわけが無い。 精々少しずつ一部ずつチマチマと直していく羽目となるのだろう。途方も無い作業だ。 マクゴナガルは口を動かさずに告げた。 「反対に回せば外れます」 マクゴナガルがその場を後にして暫く。耳が痛いほどの大音響でクリスタルの砕け散る音が追ってきた。 あの娘を泣かせた報いを少しは受ければよいのです。 ヒステリーを起こすアンブリッジの姿が目に浮かび、マクゴナガルはほんの微かに唇を吊り上げた。 (END) +−+◇+−+ 初マクトレ。五巻の泣きじゃくるトレ様と、それに付き添うマクゴナガルに萌えて勢いで書いたシロモノその1。その2はトレ様視点というか、マクゴナガルが失神呪文を受けて倒れた辺りの話でも書こうかと。 解雇辞令の辺り、始め読んだ時はスプラウト先生とか全く見えて無かったです。(笑) なんていうか、私の中での若かりしマクゴナガル先生は「爆裂ハンター」のショコラ(戦闘モード)です。あんな格好はしてませんが。(笑)でも軍服似合いそうですマクゴナガル先生。 関連タイトル:「情緒不安定」 (2004/09/06/高槻桂) |