ロックハート先生 ある日の午後、はいつもの様に茶菓子を片手に「押し掛けティータイム」を実行していた。 今日は茶菓子の入った籠を持つ手の反対側には幼い娘、リリの小さな手が握られている。 「マァマ、どこいくの?」 母親に手を引かれながらぽてぽてと歩く娘の問いかけに、は「ベクトル先生の所よ」と答えた。 いつもは大抵フィルチの元へ行くのだが、今日はどうやら管理人室に居ないようで、多くの先生方も授業に勤しんでいる。 その中で、数占い担当のベクトル教授がこの時間と次の時間は手が空いていたはずだ。 彼の執務室を目指して二人仲良く歩いていると、前方から見知った男がどこか慌てながらこちらへ向かってくる。 ギルデロイ・ロックハートだ。 彼はとリリの視線に気付くと、慌てて引き攣ったような笑みを浮かべた。 「や、やあ!これは先生とお嬢さんじゃないですか!」 「こんにちは、ロックハート先生」 「こんにちは、ろっくはーとせんせぇ」 「あら?そういえばこの時間は二年生のスリザリンが防衛術の授業があったと思うんですけど?」 するとロックハートは「ああいや、そのですね」と焦ったような笑顔で視線を忙しなく動かす。 すると、彼の視線はの持つ籠を捕えた。 「おや!先生、何を持っていらっしゃるんです?甘い匂いがしますよ?」 「ええ、チェリーパイを焼いたので、ベクトル先生の所にでも行こうかと…」 ロックハートはの言葉を遮って「チェリーパイですか!」と顔を輝かせた。 「実は私、チェリーパイに目が無いんですよ。そうだ!これから私の部屋でお茶にしましょう!ええ、素晴らしいですね!!」 「はあ…」 さあ行きましょう!とまた来た道を意気揚々と戻っていくロックハートの後を追いながら、は元気な人だなあ、と思っていた。 は大抵部屋に居るかフィルチの手伝いをしているので、ロックハートと顔を合わせた事が無かった。 翌々考えてみると、が就任してまだ一度もまともに顔を合わせていないのは彼一人である。 だが、実際はロックハートは隙あらばに接触しようとしていた。それでも今まで関わりが無かったのは、彼の夫であるセブルスがロックハートを近づけない様奔走していた為だ。 が、生憎セブルスは現在授業中。 夫の気知らずな妻は、娘の手を引いてのこのことロックハートの後を付いていった。 「そうなんですか。私だったらできないわ、そんな事」 「そうでしょうとも!普通の人は出来ませんね!ですが私はその時思ったのです!私がやらねばこの村の人々に安息の日々はないと!!」 とリリがロックハートの部屋を訪れてから早数時間が経過していた。 その間、ロックハートはひたすら喋り捲り、自分の素晴らしい行いを延々と途切れる事無く語っていた。 元々二人と子供一人分として作った小振りのチェリーパイは疾うに無く、リリはロックハートの演説を子守り歌代りにして母親の腕の中でぐっすり眠っている。 ふとが時計を見た。 「あら、もう夕食の時間だわ」 「おや、それは残念!これから私が如何にして狂暴なるマンティコアを倒したかをお話ししようと思ったのですが!」 は杖の一振りでティーセットを片付け、眠るリリを抱きかかえて立ち上った。 「あら、歩きながらでもお話しは出来ますわ。是非聞かせてくださいな」 にっこりとそう言うと、彼は「そうですね!」とチャーミースマイル賞を受賞したというスマイルを浮かべ、をエスコートして部屋を出た。 大広間に辿り着くまでの間、当然の様にロックハートの演説は続いた。 そして生徒の溢れる大広間に辿り着くと、彼は心底残念そうに首を振った。 「ああ、もう着いてしまいましたね。楽しい時間とは本当に早く過ぎ去ってしまうものです!」 「ええ、今度はラベンダー入りのシフォンでもお持ちしますわ」 「素晴らしい!私はライラックカラーが一番好きなのですが、ラベンダーカラーもとても好きなのですよ!そこまで私の事を理解してくださるとは!」 教員席の手前で彼は大仰にを振り返る。 「あなたほどの素晴らしい人が人妻だなんて!神は何と残酷なのでしょう!もっと早く私に出会っていればあなたはこの世界の誰より幸せになれたというのに!ああご安心を。今からでも決して遅くはありませんよ!私は心の広い人間ですからね!子供がいても気にしませんし」 「何が今からでも遅くはないのですかな?」 は背後から降って沸いた声に振り返った。 「あら、セブルス」 それは今までを探して歩き回っていたセブルス・スネイプだった。 因みにとロックハートは気付いていなかったが、この大広間にスネイプが入って来た途端、一瞬にして生徒達は静まり返っていた。 これから起こるであろう事に、食事の手を止めてしまう者も多い。 だが、ロックハートはそれに気付く事も無く高らかに喋り続ける。 「おやスネイプ先生!私と先生はとても有意義な時間を過ごしましてね!」 グリフィンドール席の方で双子が何やら言い合っている。 どうやらこれからどうなるかを賭けているようだ。 「ほう、それはそれは。申し訳ないがロックハート教授、今後その有意義な時間とやらは他の方とお願いできませんかな?」 形だけはお願い形式なのだが、誰がどう見ても強制的な態度だ。 「…ぅ…?」 すると、聞き覚えのある声に気付いたのか、リリがの腕の中で目を覚ました。 ぱちぱちと瞬きをし、母親の首筋越しに大好きな父を見つけ、声を上げた。 「パァパ!マァマ、パァパ!パァパ!」 「はいはい、リリはパパにも抱っこしてもらいたいのね?はい、セブルス」 子供の愛らしく甲高い声との柔らかい声が静まり返った大広間に響く。 双子はこそこそと彼方此方と言葉を交わしている。賭けを広めているようだ。 「で、先程のロックハート教授のとても興味深いお話に付いてですが」 スネイプは手足をばたつかせるリリを受け取り、片手で軽々と抱き上げながらロックハートを睥睨する。 「詳しくお聞きしても、宜しいですかな?」 ロックハートは目を白黒させるとカラ笑いを幾つか洩らし、 「ああ!そう言えばどうしても今日中に仕上げなくてはならない仕事がありました!私とした事が!」 そう告げてロックハートはダッシュで大広間を出ていってしまった。 そして漸く緊張の糸が弛む、と思ったのが間違いだった。 「で、お前は午後はずっとあの男の所に居たと?」 スネイプの怒りの矛先がに向かったのだ。 フレッドが嘆き、ジョージがガッツポーズを取る。その周りでも同じ様な反応をしている者がちらほら。 どうやら賭けの内容は「スネイプは先生も怒るのか」だったらしい。 「ええ、いたわ。今の今迄ロックハート先生の素晴らしい行いを聞いていたけれど?」 「…お前はあの話を真に受けるのか」 するとはくすくすと笑い出して教員席へと向かう。 「」 その後をリリを抱えたスネイプが追う。 全生徒+教員は形だけは食事をしているが、聴覚はばっちり彼らの会話に聞き耳を立てている。 娯楽が少ない彼らにとって、スネイプ夫妻の話題は現在、飛び切りの暇潰しになるのだ。 「真に受けるとか受けないとかじゃないのよセブルス。ロックハート先生はね、別に自分が言った事に対して素晴らしい意見を求めている訳じゃないの。「そうなの、凄いね」って肯定してもらって誉めてもらいたいだけなのよ」 つまり聞き流していた、と。 それはそれで失礼なのでは?と何人かの生徒が思ったが口には出さない。ロックハートの話なんてトイレに流してしまえと思っている生徒が殆どだから、というのもある。 「お前は誰にでも愛想が良すぎる」 「あなたは誰にでも愛想が悪すぎるわね」 椅子に座り、にっこりと見上げるのセリフに、グリフィンドール席で何人かが吹き出した。 双子が声を殺して爆笑している。ハリーたちも俯いているがその肩はふるふると震えていた。 スネイプは憮然として彼との間の子供用の椅子にリリを下ろそうとしたが、本人が嫌がったのでスネイプはリリを抱えたまま自分の席に就いた。 「別に愛想良くしろって言ってる訳じゃないの。私はそんなあなたが好きなんだから、それで良いのよ。あなただってこういう私が好きなんでしょう?」 にっこり。 「……」 スネイプはまるでハリーが魔法薬学で文句の付けようの無いほど完璧な魔法薬を作ったかのような苦々しい表情をして黙り込んだ。 「リリ、ポテトは?」 「食べゆ」 父親の膝の上でそのまま食事を始めてしまったリリに、あれこれと取り分けながらは「食べないの?」と夫を見上げる。 「このピカタ、美味しいわよ」 はい、と向けられたフォークの先には一口サイズに切り分けられた鶏肉。 これが意味するものは一つしかない。 所謂「はい、あーん」状態だ。 「いや、自分で…」 「セヴィー」 セブルスは確信した。遊ばれている。 だが、断ると後が怖い。目の前のは満面の笑みを浮かべているが、さり気無く怒っているのも長年の付き合いで痛いほど分かる。 恐らく、今の彼女の心の内を簡単に言うなら「なーに無駄な勘繰りしてんだよ、てめえ以外の男に私がなびくワケねえだろが」といった所だろう。嬉しいやら何やら。 さあ、どうする。 そしてスネイプが固まっている間に双子の間でまた賭けが始まった。 勿論、スネイプが差し出されたそれを食べるか否か、である。 フレッドが「食べる」に賭け、ジョージが「断る」に賭けた。 どちらが勝ったかは、その場に居たものしか知らない。 (END) +−+◇+−+ 今回のテーマは、ロックハートVSスネイプとVSセブルスでした。 ロックハートに関しては戦うまでも無かったですね。(笑) ロックハートって周りの言葉聞いてなさそうだからヒロインとセブルスが夫婦だって話も聴いてなかったんだと思います。 リリの言葉なんですが、三歳児ってどれくらいだったかしら…と思い、書店へ走る事に。 ウチのスネ先生は妻関する事になると全く周りが見えなくなります。で、ヒロインはまず夫優先主義なので結果、周りを気にしない迷惑カップルが誕生します。 ああ、ジェムが可哀相でなりません。(笑)きっとジェムは母とロックハートが一緒に大広間にやって来た時点で結末が予想できたでしょうから、食事を一気にかっ込んで父が母とロックハートの元に辿り着くや否や寮へ逃げたと思われます。 ナルシストは二種類あると思います。小さい頃から周りが誉めそやして自分が凄いんだと思い込むタイプと、周りに誉めてくれる人が居ないから自分で自分を誉めて自信を付けるしかなかった子供がそのまま成長したタイプ。ロックハートは後者だと思うんですが。魔力弱そうだし・・・どうでしょう? 心理学に詳しい訳じゃないのでどうだか、ってかんじですけどね。 関連タイトル:「午後」 (2003/06/15/高槻桂) |