制服 そこは、一面真っ白な世界。 空も大地も無い、ただひたすらに真っ白。 私は、ここがどういう場所なのか分からなくて、ただ呆然としていた。 「!」 懐かしい声がした。 振り返ると、少し離れた所でゴドリックが私に手を振っていた。 私は地とも言えない白を蹴り、彼の元へと急いだ。 「ゴドリック!!」 笑顔で腕を広げる彼に、私は飛び込んでいった。 ゴドリックの逞しい体が私を包み込む。 「ゴドリック、本当にあなたなのね!!」 私は嬉しくて、嬉しくて。ひたすらに彼に擦り寄った。 「お疲れ様、」 「良く頑張ったわね、偉いわ」 「ヘルガ!ロウェナ!」 ゴドリックの左右には、何時の間にかヘルガとロウェナが立っていた。 私はゴドリックに促されるまま、まずはヘルガに、そして次にロウェナに抱き着いた。 「おい、いい加減に出て来いよ」 ゴドリックの呆れたような声に顔を上げると、彼の背後にもう一人、男が現れた。 「サラザール!!」 私はサラザールに駆け寄った。 少しだけ躊躇いながら、私はそっと彼へと腕を伸ばす。 「…」 彼の、その低く柔らかな声に、私は堪らず彼にきつくしがみ付く様に抱き着いた。 サラザールの腕が、私の背に回される。 「すまない…私の所為で…」 耳元で囁かれる謝罪の声に、私は首を横に振った。 「私、約束を果たせたかしら」 サラザールは「勿論」と微笑む。 「十二分に果たしてくれた。ありがとう」 「じゃあ、これからはまた、昔の様にみんなと一緒に居られるのね」 の言葉に、サラザールはやんわりと首を振り、それを否定する。 「どうして…?」 「君は、まだ遣り残した事がある」 「遣り残した事?」 私は首を傾げた。 何かあっただろうか。 「君が、まだ幸せになっていない」 私は眼を見張った。 サラザールから視線を外し、ゴドリックを見る。 彼は「大丈夫」と言うように微笑んでいる。 ロウェナも、ヘルガも。 私は恐る恐る四人を見回した。 「私…幸せになっても、良いの?」 「当たり前じゃない」 ヘルガが笑った。 「私たちだけ幸せじゃあ、不公平でしょう?」 ロウェナが優しく微笑む。 「お前は俺たちの為に頑張ってくれた。何より、俺たちを幸せにしてくれた。今度は、が幸せになる番だ」 ゴドリックの大きな手が私の頭を撫でた。 「」 サラザールが私をとても愛しそうに見下ろしている。 「今度こそ、幸せになってくれ」 ぐにゃり、と視界が歪んだ。 何、と思う頃には何かに吸い込まれるような感覚が私を包み込む。 「君を人間にする事は、私たちにも出来ない。けれど……」 「………」 冷たい、と思った。 全身が、凍えそうなほど、寒い。 薄らとを目を開けると、自分は何か白いものの上に横たわっているのだと分かった。 雪だ。 視線をきょろきょろと動かしてみる。 森が、すぐそこにある。 そして、小屋もある。 見覚えのある、見慣れている、その森と小屋。 少女は頭だけ雪の上から起こした。 間違いない。 ハグリットの小屋だ。 ではやはりここは。 「…ぅううぁ…」 言葉が上手く紡げない。 あの時と同じだ。 彼らに人の形を授けられた、あの時と。 「ぁああぁぅうぁっ…」 もどかしい。 声は出るのに、言葉が紡げない。 舌が上手く動かない。 前はどうやって言葉を紡いでいたのだろう。 当たり前の事が、分からない。 「あああっ!ぅあああーあー!」 少女はとうとう泣き出してしまった。 まるで、癇癪を起こした赤子の様に。 ばたばたと腕を雪の上で暴れさせ、言葉にならない叫びを上げる。 「ぅああぁあぅあっ、うーっ」 悔しくて、何度も雪に覆われた地面を叩いた。 紡ぎたいのは、何より大切な、一つの名。 「!!」 少女は涙でくしゃくしゃになった顔を上げた。 視線を上げた少女が目にしたのは、ほんの少しの間だけだったけれど、大切だった…そんな友人たちの、成長した姿だった。 ベクトル教授の体調不良でその日の午後の授業は休みとなった。 そのため、レイブンクローの三年生、そしてグリフィンドールの七年生は諸手を挙げて喜んだ。 各自教室、または図書室で自習とされていたが、ハリー、ロン、ハーマイオニーはこっそり抜け出してハグリットの元へ訪れていた。 七年生ともなると自宅より勝手知ったるホグワーツ。 今では透明マント無しでも、フィルチらに見つかる事少なく小屋を訪れる事も出来る。 始めの頃は注意していたハグリットも、結局はやってくる度お茶を出してしまう辺り甘い。 「あら?」 雑談の最中、ハーマイオニーが不意に部屋を見回した。 「どうしたんだい?」 ハリーの問いかけに、彼女は「しっ」と人差し指を立てた。 ――……ぁあ… 四人は思わず顔を見合わせた。 何か、声の様なものが聞える。 「何だろう…」 「今の、あの樹の方から聞えなかった?」 ハーマイオニーの一言に、彼女を含めた全員が一斉に立ち上った。 あの樹、とは五年前、この小屋の近くに植えられた柊の若木だ。 その樹を魔法薬学担当のセブルス・スネイプが、そしてハリーたちが大切に見守り続けて来た。 「何かあったら大変だわ!」 四人は飲みかけの紅茶をそのままに外へと向かう。 あの樹は、大切な友人そのものなのだから。 一面、物言わぬ銀世界。 その中に、動くものがある。 「…人?」 ロンが視線を凝らしてそれを見る。 彼らの目指す樹があるはずのその場所。 そこには樹はなく、何かばたばたと動くものが雪の間から見え隠れしている。 呻く様な、まるで子供の癇癪の様な声は今も響いている。 そこへ向かって駆けていく途中、それが、人だとはっきり分かる所まで来た所でハーマイオニーがストップを掛けた。 ハリーたちは不平を洩らす事無く立ち止まった。 うつ伏せに倒れている人らしきそれは、どう見ても何も纏っていない。 緩やかなウェーブを描く長い髪が、滑らかな背に流れているだけで。 同時に、それが誰であるかも悟った。 「!!」 ハーマイオニーがローブを脱いで駆け寄る。 雪に埋もれながら頭だけ上げた少女。 髪はぐしゃぐしゃで顔にも幾筋か落ちていて、その間から涙でくしゃくしゃの顔が覗いている。 それは、紛れも無くあの頃と変わらぬ姿をした、だった。 ハーマイオニーはローブでの体を包むと、ハリー達を呼んだ。 「早く暖めないと!」 「俺が運ぶ!」 ハグリットがを軽々抱き上げ、慌てて小屋へと運び込んだ。 暖炉の前に座らせ、毛布で幾重にも包み込んで彼女の凍ったような体を暖める。 「、大丈夫?何があったの?」 ハーマイオニーがの涙で汚れた顔を拭き、くしゃくしゃの髪を梳かしながら問い掛けると、彼女は赤ん坊の様な声を上げた。 「せぇーうぅ…」 上手く言えなかった事に苛立ち、彼女の表情が歪む。 「寒さで舌が上手く回らないのよ。落ち着いて。今ハグリットがホットミルクを容れてるから」 すると、ずいっとの前に暖かなミルクが並々と注がれたカップが差し出された。 「ほら、飲め。暖まるぞ」 は震える手を伸ばし、ハーマイオニーに支えられながらそのミルクを少しずつ飲み下す。 「…セ、ブルスは…?」 暫くして漸く洩らした呟きに、ハーマイオニーは「授業中よ」と答えた。 「あ、れから…どれだけ、経ったの…?」 「五年だよ」 の表情に影が差す。 人間にとって、五年という歳月がどれだけ長いものか知っている。 けれど、ハリーは大丈夫、と微笑んだ。 「が居なくなって、スネイプは君が遺した種子を育てていた。四年前にこの近くに植え替えて、毎日何度も様子を見に来ていたよ」 「しかも君の樹に誰かが近付くだけで血相変えて怒り狂う始末だ」 「私たちが保証するわ。スネイプ先生は、今でもあなたを想っているわ」 三人の言葉に、彼女は泣きそうに表情を歪めた。 「わたし、セブルスに逢いたい…」 そう言って立ち上ろうとするを、ハーマイオニーが押し留めた。 「駄目よ、あと一時間もしない内に授業が終わるから。それまで待って?」 けれど、はそれでは駄目だと首を振った。 「今すぐ逢いたいの、わたし、セブルスに逢いたい…!」 「…」 駄々っ子のように愚図るを、ハーマイオニーは何とか言い聞かせようと口を開いたが、それはハリーの声によって阻まれた。 「行こう、」 「ちょっとハリー!」 「だってやっとが返って来たんだ。これくらい、スネイプ先生だって見逃してくれるよ」 「そうだぜ。寧ろ反対に「どうしてすぐ連れてこなかった!」とか言われるかもしれないぜ?」 そう唇の端を持ち上げる二人に、ハーマイオニーは仕方ないわね、と立ち上った。 「せめて服を何とかしたかったんだけど、これで我慢してね」 彼女は苦笑して自分のローブの端をの胸元でしっかり交差させ、ブックベルトを腰に巻いて固定させた。即席ワンピースの出来上がりだ。 「ありがとう…」 漸くほんの僅かに微笑んだに、彼らは「どう致しまして」と笑った。 「行こう!」 「靴はどうするの?」 「大丈夫、要らないわ」 「よし、じゃあ魔の地下牢教室へ!」 「気を付けるんだぞ」 「ありがとう、ハグリット!」 四人はハグリットの小屋を飛び出し、雪に埋もれた中庭を横切って廊下へと上がる。 肩や頭に僅かに降り積もった雪を無視して、四人は地下への階段を駆け降りていった。 こうなったらピーブズに見つかろうがフィルチに怒鳴られようが知った事か。 騒々しく足音を立てながら四人は地下牢教室の扉に飛びついた。 「スネイプ先生!」 ハリーが嬉々とした表情で地下牢教室の扉を開けると、突然の闖入者に驚いた生徒とスネイプの視線が一斉に集まった。 「今は授業中のはずだが?ミスター・ポッター」 「そんな事より大変なんですって!」 ハリーは教室内へと入り、後ろで突っかえている友人を招き入れた。 「あ、の…」 どこか縋るような視線をスネイプに向けながら入って来たのは、紛れも無く。 「…」 ばさりと彼の手からテキストが落ちた。 ふらり、と何処か信じられないものを見るように彼は教壇から下り、少女の元へと歩み寄る。 「あ、あの、ね、ゴドリックたちが言ったの。私、約束は果たしたけど、私が幸せになってないから、まだこっちに来ちゃ駄目だって…サラザールが、幸せになってくれって…」 未だ呆然と見下ろしてくるスネイプに、は不安になって聞かれてもいない事を話し始める。 「私を人間にしてあげられないけれど、今度はちゃんと、人間と同じ様に年を取っていけるって…その…」 「年を、取れる…?成長する事が、出来るのか…?」 何処か宙に浮いたような声音に、はこくりと頷いた。 「ただね、その、やっぱり、人間じゃないから、子供は産めないけど…」 「そんなもの、大した事ではない…我輩は、お前が居ればそれで…」 漸くスネイプの手が持ち上がり、そうっと冷気に曝されて詰めたくなっている頬に触れる。 確かにはここに居る。 「夢では、無いのか…?」 呆然と呟く彼に、は夢じゃないよ、と微笑んだ。 「今度こそ、ずっと一緒に居るから…」 スネイプはガクリと膝を付き、震える腕でを抱きしめた。 「…」 彼女の存在を確かめるように、そして逃がすまいとするように彼はをきつく抱きしめ、その首筋に顔を埋めた。 「もう二度と、何処へも行かないでくれ…」 その震える声に、は「何処にも行かないから」、「ずっと傍に居るから」と繰り返した。 「ところで」 不意にスネイプが顔を上げた。 先程までの感動の対面ムードは何処へやら。いつもの不機嫌そうな視線でハリーたちを見た。 「君たちは現在自習で教室、若しくは図書館に居るはずではなかったのかね?」 「……えぇーっと」 つい、と三人の視線が有らぬ方向へ逸らされる。 「セブルス、三人を叱らないであげて。三人は私とあなたの為を思ってくれたんだから」 未だ抱きしめたまま離そうとしないセブルスにそう微笑むと、彼は渋々と「わかった」と呟いた。 「それに、ねえ、ミネルバやアルバスにも会いたいわ。ハリーたちと一緒に行きたいの。駄目かしら?」 「ならば我輩も行く」 まるで子供の様な言い様に、はくすくすと笑った。 「でもあなた、授業は?あと少し残っているでしょう?」 の言葉に、スネイプは成り行きに付いていけていない生徒達を、まるで臭いものを見るかのように見回す。 「続きは次回。以上」 あっさりと切り捨て、彼はを抱き上げて立ち上った。 「まずは服をどうにかせねば」 彼はさっさと地下牢教室を出て自室へ向かう。その後に続いてハリーたちがぞろぞろと付いて行く。 「ミスター・ポッター、見ての通り我輩は両手が塞がっている。扉を開けたまえ」 「はいはい、どうぞ」 ハリーが肩を竦めて彼の研究室への扉を開けると、スネイプはを抱えたままずんずんと奥へ向かった。 ハリーたちは入るなとは言われてないし、とずかずかと室内へ入っていく。 スネイプは漸くをソファに降ろし、クロゼットの奥から一着の制服を取り出した。 「これ…」 グリフィンドールの紋章が入った女生徒用の制服一式。 が朽ちた時、着ていたものだ。はそれを受け取ると、嬉しそうに微笑んだ。 「まだ、持っていてくれたんだね」 「当たり前だ」 その応えに、はますます嬉しそうに笑った。 「着替えてくるね」 はそう言ってスネイプの寝室の扉の奥へと消えた。 「…で、何故お前たちまでここに居るんだね」 ハリーたちをきろりと睨み付ける。するとハリーはひょいと肩を竦めて、 「が言ったのを聞いてなかったんですか?彼女は僕たちも一緒に、って言いました」 そう答えると、彼は苦虫を噛み潰したような顔をした。 「どう?おかしくない?」 暫くして顔を覗かせたは、懐かしさに溢れていた。 「二年生に戻ったみたいだ!」 ロンが懐かしそうに笑う。 「これからどうするの?また生徒に戻るの?」 ハーマイオニーの問いかけに、はええ、と肯いた。 「私、卒業証書は何十枚も持ってるから今更って感じだけれど、生徒で居ればセブルスの傍に居られるもの」 笑顔でそう答えたに、ロンが「御馳走様」と苦笑した。 「いっその事、セブルスの助手としてここで働いたらどうじゃな」 「え?!」 ダンブルドアの言葉に、は驚きの声を上げた。 「それともフィルチと同じく管理人でも良い。元々あなたはこのホグワーツの守護者。それも良いと思うのじゃが」 「アルバス、本当に良いの…?」 「ええ、構いませんとも。それとも、もう教鞭は折ってしまったのですかな?先生」 「先生?」 ハリーたちがを見る。は少しだけ拗ねたように唇を尖らせた。 「そんな百何十年も昔の事思い出さないで頂戴」 むくれたに、ダンブルドアは声を立てて笑った。 「いやいや、わしはあなたに憧れて教師を目指したものじゃから。今でもあなたの授業はよく覚えておるよ」 「って先生だったのか?」 ロンの問いかけに、「そんな時もあったわ」とは恥かしそうに告げた。 「セブルスはどうすれば良いと思う?」 傍らの男を見上げると、彼は組んでいた腕を解いての髪にその指を絡めた。 「我輩はお前が傍に居るなら何だって構わん」 は微かに赤くなりながら「参考にならないわ」とスネイプを睨んだ。 「じゃあ、セブルスの助手になるわ」 「では、その様に計らいましょう」 「ありがとう。それじゃあ、ミネルバの所にも行ってくるわ」 「」 そう告げて踵を返したに、ダンブルドアの声が掛かる。 「なあに?」 彼はあのきらきらとした瞳に優しさを称え、を見ていた。 「あなたに、幸多からん事を」 は「ありがとう」と笑い、校長室を後にした。 (END) +−+◇+−+ ああ、とってもハグリットの影が薄い・・・。 このヒロイン設定の話を読み返す度「これって何て言うんだっけ・・・」と思って来たんですが、先日、ファ◎タのCMを見て「これだ!」と思いました。 なので、私の中でこのヒロインの話は「昼メロシリーズ」と呼ばれています。(爆) だってさ、こいつらって生徒の前だろうがなんだろうが「!」「セブルス!」ひしっ!とかやってるし。 という事で、この話、最初は放課後辺りで、セブの研究室に押しかける予定でしたが、昼メロだから、という事で授業中に変えました。満足。 もうこのヒロインの話はどれも形式が同じなので楽です。 1.創設者との会話。2.状況説明とほのぼの。3.人目を気にせず二人の世界。4.適当な所でオチを付ける。終わり。 ああなんて簡単なんでしょう!!(笑) ・・・なのにどれも話が長いってどうよ・・・。他の話も同じくらいの気分で書いているはずなのに、長さが三倍近く違うってアナタ。 ダンブルドアが生徒だった時代、ヒロインが教師だったネタは本当は「約束」で書くはずでした。彼にとってヒロインはこのホグワーツの守護者であり、生徒であり、そして先生でもある、という設定が。んが、書けなかったのでこっちで書きました。後は、出てこなかったけどマクゴナガルとヒロインは同窓生で、親友だったという設定もありました。 関連タイトル:「満月」、「約束」 (2003/06/19/高槻桂) |