スネハリリレー小説




ハリーはいつもの様に魔法薬学教授の私室の扉をノックした。
「スネイプ先生、グリフィンドールのハリー・ポッターです」
……だが応えはない。
いつものなら生徒に提出させたレポートと睨み合っている頃だ。
「スネイプ先生?」
もう一度、先程より力強く扉を叩く。
やはり応えはない。
「………」
ハリーはむっとして開かれる事の無い扉を睨み付けた。
別に約束をしていたわけではない。
暇を見ては訪れ、他愛も無い(スネイプに言わせれば下らない)話をして帰って行く。
それだけの事なのだが。
(…ルーピン先生の所かも)
また薬を渡しに行っているのかもしれない。
そう思うと同時にハリーの足は来た道を戻り始めていた。
もしこれでスネイプが見つかればそれで良し。
例え居なくともルーピンがいるのなら彼とティータイムに洒落込んでも良い。(ルーピンに断られるかもしれないという考えは無いらしい)
だが、もしルーピンも不在だとしたら。
「……」
大人しく談話室に戻るとしよう。
ハリーは軽い足音を響かせ、ルーピンの元へと向かった。


歩き慣れたその道のりを、ひたすら歩いていく。
途中生徒達、ゴースト達ともすれ違うことなく、行き道は順調だった。
しばらくして見えてきたのは一つの扉。
そこはハリーの目的の部屋、ルーピンの部屋だった。
そしてスネイプがいるだろう部屋。
ハリーの歩く速度が、少しだけ速くなる。
駆け出してしまおうか、そう考えていた時だった。
バタン!
と、大きな音をたてて扉が開かれた。
ハリーはとっさに近くの柱へ身を隠す。
もう一度扉を閉めたのだろう大きな音を聞くと、そっと様子を伺う。
すると目の前を一人の人が横切った。
それはハリーの探し物。
乱暴な音をたて出てきた人物こそ、セブルス・スネイプその人だった。
ルーピンの所にいるのではないかと言う予想が的中したことをハリーは嬉しく思ったが、それ以上に、なんとタイミングの悪い時に来てしまったのだと後悔を感じていた。
何故なら微かに見えたスネイプの顔には、あきらかに不機嫌だという表情が張り付いていたからだ。
さらにはとても声をかけられない不陰気をかもし出している。
どうしたものかと悩んでいるうちに、ハリーとスネイプの距離はだいぶ離れてしまっていた。
追いかけて追いつけない距離ではない。
しかしハリーはくるりと背を向け歩き出す。
(どうせ八つ当たりの対象にされるだけだろう・・・)
今までに何度かある経験を思い出し、ハリーはしばらくそっとしておくという答えを選び出す。
さらには、あの状態の彼の行くところと言えば私室ぐらいだろうと決め付ける。
そしてせっかくここまで来たのだからと考え、ルーピンの部屋の前に立った。
スネイプがここから出てきた。あの怒りの様子からすると、ルーピンがこの部屋にいると考えるのが必然だろう。
何があったのだろうかと考えると同時に、いるのならば、スネイプの怒りが収まる間までお茶をして行こうと思い、扉を軽くノックした。
「ルーピン先生、グリフィンドールのハリー・ポッターです」


入っておいで、の声にハリーは扉を開けた。
「こんにちは、ルーピン先生」
「やあ、良く来たね。ちょうどお茶にしようと思っていたんだ」
ルーピンがとんとん、と軽く杖でテーブルを叩き、(「紅茶を二つ、お茶菓子と一緒にね」)現れたティーセットからカップを一つハリーに寄せる。
「ありがとうございます」
ハリーが礼と共にソファに腰掛けると、ふとテーブルの隅に置かれた物に目が行った。
使用済みのゴブレット。深い藍色に金の細かな模様の描かれたそのゴブレットの底にはやはり以前見た、あのどろりとした液体が僅かに残っている。
ハリーの視線に気付いたルーピンが「ああ、それね」と小さく笑った。
「セブルスが忘れていったんだ」
「さっき見掛けましたけど、何かあったんですか?」
不躾かとは思ったのだが、好奇心には勝てずに聞いてみた。
「ちょっとからかったら本気で怒り出しちゃってね。いやあ怒ったセブルスって愉快だよね」
アハハ、と笑いながらカップを手にするルーピン。(彼らの力関係が何となく分かった気がした)
ハリーは紅茶を啜りながら先程のスネイプを思い出す。
何を言ったらあんなに怒るのだろうと思ったが、よく考えてみればあの教授は万年カルシウム欠乏症のような男だった。
「それで、何かあったのかい?」
「へ?」
思わず間の抜けた声を上げてしまう。
「君もどこか不機嫌そうだ」
ハリーは思わずカップを持たない方の手をぺたりと己の頬に当てた。
「…そんなに顔に出てますか?」
決まり悪げに問うと、彼は「少しだけね」と可笑しそうに唇の端を持ち上げる。
「怒っているというより、拗ねている感じだ」
ますます決まりが悪い。ハリーは唸り声を上げて俯いた。
「…最近、思うように会えなくて…つい…」
ここ最近、彼の部屋を訪れても不在が多い。
くどい様だが別に約束をしているわけではないので、そんな時もあるとは思う。
自分とて決まった時間に赴いているわけではないのだからやはり仕方ないとも思う。
けれど、それが何回も続くと腹が立つ。
「…ルーピン先生?」
沈黙してしまった相手に視線を上げると、彼はカップを置いて必死で笑いを堪えていた。
「あ、ああ、ご、ごめんっ…」
くすくすと笑うルーピンにハリーは首を傾げた。
「セブルスが何故わざわざ薬を届けてくれたと思う?」
「え?」
「今日こそは雑務に時間を奪われたくなかったんだろうね」
ハリーはその翠の目を大きく見開いた。
「早く部屋に戻りたくてそわそわしているのが面白くてね、わざとゆっくり飲んだり味に文句付けたり、全く関係の無い話をしてみたりしたんだけど、物の数秒でキレて出ていってしまったんだ」
「それって…」
ハリーは未だ中身が半分以上残っているカップをテーブルに戻す。
「今頃、誰かを待ってるんじゃないかなあ?」


ルーピンのその言葉に、ハリーは今すぐにここを飛び出したかった。
八つ当たりされても良い。
今すぐスネイプの元に行って、彼に思い切り抱きつきたい。
ハリーの頭の中は、それだけでいっぱいだった。
『会いたい』
自分と同じく、彼もそう思ってくれた事。
それはいままでの怒りを消してしまうほど、彼にとって喜ばしいことだった。
「お菓子はどうだい、ハリー?」
ハリーは自分に問いかけるその声に、この部屋を出るにあたって一つ問題があることに気づく。
それは自分の目の前で優雅にお茶を飲むルーピンの事だ。
ハリーとスネイプの関係を彼は知らない。
この部屋に来てからまだ数分しかたっていないのに、突然行くと言えば確実に怪しまれるだろう。
もし知られてしまったら…。
最悪の状況をハリーは考える。
脳裏に浮かんできたのは、極上の笑みを浮かべ、スネイプをからかうルーピンの姿。
彼ならばやりかねない。
否、確実にやるだろう。
そうなればスネイプとて黙っていないだろう。
笑顔のルーピンと、鬼のような顔をしたスネイプの戦い。
周りが迷惑を被るのは目に見えている。
さらに自分がばらしてしまったと知られてしまえば?
二人の関係が崩れる可能性が非常に高い。
考えただけでも恐ろしかった。
どうしたものかとハリーは悩む。
ふとルーピンを見ると、彼はお菓子をおいしそうに食べていた。
目があうと、「どうぞ」と再度進められる。
ハリーはよし、と何かを決めたかのように頷くと、中央に置かれた皿へと手を伸ばす。
「いただきます」
にこりと笑いお菓子を手に取る。
やはり今ここで飛び出していくのは得策ではないとハリーは考え、ルーピンとお茶をしながら抜け出す機会を待つことにした。

しかし、これはとても難しい事だったのだとハリーは実感する。
そもそもルーピンが相手というのがいけなかったのかもしれない。
いくら待っても抜け出せる様子がないのだ。
お茶がなくなったことを口実に席を立とうとすると、「もう一杯どうだい」と並々とお茶を注がれ、会話で持っていこうにも、その主導権はすでに向こう側にあった。
いつ抜け出せるかわからない状況に、次第に焦りが出てくる。
慎重に。
ばれないようにと思うのだが、思えば思うほど行動は不自然になっていく。
お菓子を食べようとすれば取り落とし、会話の返事は上の空で相手に突っ込まれる始末。
ハリーは予定より長期戦を覚悟するしかないのだろうかと考た。
そしてため息を一つつき、二杯目のお茶を飲もうとカップに手を伸ばした時、ルーピンと目が合った。
すると彼はくすくすと笑い出した。
「なんですか?」
顔をしかめハリーが問うと、ルーピンは笑いながら自分の顔を指差した。
「君は本当に素直だね」
それはつまり、顔にでているということで。
「え!あの、これは…」
「ああ、そうだ、そうだ」
慌てて取り繕うハリーの言葉をさえぎるように、ルーピンはぽんっと手をたたく。その時のルーピンの声はいささかわざとらしかったが、ハリーが気づくことはなかった。
「明日の授業の準備をしなければならなかったんだ、すっかり忘れていたよ…ハリー、申し訳ないが、一つお願いがあるんだけれど聴いてくれるかい?」
「はい」と頷くハリーに、彼はテーブルの隅に置いてあったゴブレットを手に取り差し出した。
「これをセブルスの所に届けてくれないかい?」
ハリーがゴブレットを受け取ると、ルーピンはにっこりと笑いながら話を続ける。
「明日も薬を頼んであってね。もし君が届けてくれたなら、とても助かるのだけれど」
「行きます」
機会はやってきた。
今行かずしていつ行くと言うのかとハリーは自分に言い聞かせ、ゴブレット握り締める。
嬉しくて、笑顔になりそうになるのを必死でこらえハリーは答え席を立った。
「じゃあ、さっそく行ってきます。お茶、おいしかったです。ありがとうございました」
「どういたしまして」
ルーピンに例を言うと、ハリーは走り出した気持ちを抑え、できるだけゆっくりとした動作で部屋をでる。
そして静かに扉は閉められた。
客がいなくなった部屋は静けさを取り戻し、響くのはルーピンのやれやれという声だけだ。
「僕は少し甘いかな?」
その疑問に、自分でも答えを出す気にはなれず、ルーピンは不要になったカップを片付け始めた。


ぱたり、と最小限の音を立てて扉は閉じられた。
「……」
そして辺りをきょろきょろと見回す。
大丈夫、誰も居ない。
「…よし」
ハリーは数歩足早に歩き、そして駆け出した。
(スネイプ先生!!)
走り出すまでは「フィルチに会いません様に」等と思っていたのに、駆け出した途端頭の中は彼の事だけになってしまった。
もっと速く!!
ハリーは懸命に足を動かし、階段を数段飛ばしに駆け降りる。足を滑らせそうになりながらもハリーはとにかく走った。
「…っ先生!」
辿り着いた目的の扉を乱暴に叩く。
「ァリー、ッター、ですっ、先生っ…」
ああ僕って体力無いなあと思いながら切れ切れに言葉を紡ぐ。
(早く、早く開けて!!)
たった数秒すら待ち遠しく、ハリーはその扉が開けられると同時に滑り込み、扉を閉めた。
「…ポッター?」
怪訝そうな表情で見下ろしてくるスネイプと扉の間でハリーは大きく深呼吸をした。
そしてそのままスネイプへと倒れ込むように抱き着く。
「疲れた…」
薬草の匂いが微かに鼻孔を擽る。
ああ、スネイプ先生だ。
「こんなに一生懸命走ったのなんて久し振りです」
ぎゅう、と擦り寄るように腕に力を込めると、スネイプもハリーをそっと抱き返す。
「ルーピンの所に寄ったのか?」
「え?」
どうして分かったの?と顔を上げると、スネイプは体を離してハリーの右手に握っているものを指で軽く弾いた。
己の右手には、スネイプが自分の為に時間を作ってくれた証が握られている。
「あ、ゴブレット…」
スネイプがそれを手にすると同時にゆっくりと手を離していく。
ついバトンの如く握り締めてしまっていたゴブレットは、幸いにもその形を留めていた。
「あの、ごめんなさい…」
「何がだ」
時間が決まってるわけじゃないけど。
約束していたわけじゃないけれど。
「遅くなって、ごめんなさい」








(END)
+−+◇+−+
どうもオチが浮かばなくて強制的に終わらせてみました。ごめんなさい。
今回はこなおとのリレー小説だったので下手な事は書けねえなあと思っていたんですが、下手な事ばかりかいてしまいました。
ちなみに最初が私、次にこなおの順で書いてました。そして私で終わるという・・・。
次は是非ドラハリかムーハリで。(え?次?)
(2003/07/26/高槻桂)

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