新学期 夏休み最後の夜、父さんと母さんが話しているのを聞いてしまった。 シリウス・ブラックがアズカバンを脱獄した。 ブラックの主であるヴォルデモートを倒したハリーを狙っている。 けれど、父さんと母さんはそれを否定していた。 シリウスがヴォルデモート側では無い事は、自分たちが一番良く知っている、と。 僕は、その言葉の意味をどうとっていいのか、分からなかった。 新学期が始まり、今日から僕は三年生になった。 …んだけど。 初日から電車は止まるわなんか変なのが出てくるわでもう最悪。 「ジェム、聞いたか!ポッターが気絶したらしいぞ!」 ドラコが嬉々としてハリーの不幸を喜んでいる。(自分だって半狂乱だったくせに) 僕、一応これでもハリーとも友達関係築いてるんだけど。 …ドラコにそんな事言った所で無駄だって分かってるけどね。 寧ろ、 「ポッターなんかと付き合うなって何度言えば分かるんだ!」 とか言いそう。ああ、絶対言うね。 「はいはい、ドラコ、さっさと降りないと遅れるよ」 列車はとっくに停車している。僕はさっさと出口へと向かった。 馬車から降り、僕は軽く伸びをした。 「さて、ドラ…」 ドラコ、行こうか、と言おうと振り返った先では、早速ドラコがハリーに絡んでいた。 やだなあ、恥かしい。 首根っこ引き摺ってさっさと城に入ろうとドラコたちに近付いた僕の視線は、後から降りて来た男に釘付けになった。 「どうしたんだい?」 記憶より大分くたびれた、けれどあの穏かな表情と声は変わらぬままドラコたちに話し掛けていた。 まさか、彼は…。 「いいえ、何も。ええと…先生」 ドラコがわざとらしく彼を「先生」と呼び、僕を振り返った。 「ジェム、行くぞ」 だけど、僕の視線は彼に注がれたままだ。 ふと、彼が視線に気付いた。 「!」 彼は一瞬驚いたように目を見開いたけれど、すぐにまたあの穏かな表情に戻った。 「…リ…」 「ジェム!行くぞ!」 彼に近付こうとした僕の腕を、ドラコがぐいっと引っ張った。 「クラッブ、ゴイル、行くぞ!」 僕の腕を掴んだまま、ドラコはぐいぐいと歩いていく。 ああ、拗ねてるんだ。 僕が誰かに見とれてたんで。 いつもは気にしていなかったけれど、今回ばかりはちょっとだけ腹が立った。 引き摺られる様に歩きながら振り返ると、彼はハリーたちと何か話していた。 ああハリー、今ほど君を羨ましいと思った事はないよ。 結局、大広間に付くまでドラコは腕を放してくれなかった。 父さんの隣りの席には、母さんの姿はなかった。 母さんは今、三度目の妊娠中で、きっと体調が優れないんだと思う。 この一年で父さんと母さんが並んで食事をしている光景は当たり前になってしまったから、どこか寂しい感じもする。 だけど、今の僕はそれ以上に気にかかる事があった。 ダンブルドアが寝る時間だと宣言すると同時に僕は席を立った。 ドラコが引き止める間もなく、僕は廊下へ向かう生徒たちの流れに逆らって教職員テーブルへ向かう。 彼は父さんの隣りに座っていた。 父さんが駆け寄ってくる僕に訝しげな視線を向けたけど、今はそれ所じゃない。 僕はテーブルを挟んで彼の正面に立った。 「あ、あの…」 だけど、上手く言葉が出てこない。 もし違っていたら?他人の空似だったら? そんな不安が胸を過ぎる。 だけど、そんな僕の不安を拭うように彼は柔らかく微笑んだ。 「久し振りだね、ジェム」 ああ、君は…! 「っ…リーマス!」 僕は嬉しさと悲しさで一杯になって、テーブル越しに彼に抱き着いた。 彼も立ち上がり、僕を柔らかく抱き返してくれる。 ああ、やっぱりリーマスだ!夢じゃなかったんだ!! そう確信した途端、僕の心の中の嬉しさが萎んでいき、悲しみが膨れ上がった。 「リーマス、リーマス、僕、どうしよう、僕…!」 泣きそうになるのを必死で堪えて顔を上げる。 「僕が全部話していれば、ジェームズは…!」 ジェームズは、死ななくて済んだかもしれないのに。 すると、リーマスは僕の口元に人差し指を当て、首を横に振った。 「それはしてはいけない事だよ、ジェム。そして、この話をするのにこの場は向いていない」 そう言って苦笑するリーマスに、僕ははっとして彼から離れた。 そうだ、父さん(+他の先生)が居たんだった。 父さんは怒っているのか途惑っているのか、何とも言えない表情をしていた。 反対側を見ると、ハグリットと話していたらしいハリーが目を真ん丸にして僕を見ている。 マズイ。ジェームズ発言を聞かれたかもしれない。 更にその向こうではダンブルドア先生があのきらきらした目で僕を見ている。 非常にヤバイかもしれない。 「今度私の部屋に来ると良い。その時にじっくり話そう。いいね?」 リーマスの提案に僕はこくりと頷き、皆の視線(特にハリーと父さん)から逃げるように大広間を後にした。 ドラコが何やら言っていたけど、全く気付かないほど僕は自分の事で手が一杯になっていた。 『闇の魔術に対する防衛術』の最初の授業は、グリフィンドール生の噂で聞いた通り職員室で行われる様だ。 ドラコが隣りでクラッブとゴイルに何やら言っては三人でくすくす笑っていた。 「さあ、入って」 リーマスが皆を促し、僕らはぞろぞろと職員室へ入っていく。 (げっ) 僕は心の中で叫んだ。 父さんがいる。 父さんはレポートの添削でもしているのか、広げられた羊皮紙に視線を走らせては時折羽根ペンを動かしている。 ていうか、自分の部屋でやってよ。 いや、ここは職員室だから文句は言えないんだけどさ。 あ、こっちに気付いた。(何となく気まずいので、さり気無く視線を逸らしてみる) 「はい、みんなここに集まって」 連れてこられたのは、洋箪笥の前。 結果、父さんには背中を向ける事になる。 「実はグリフィンドールの子達もここでやったんだよ。この洋箪笥は彼らにとって住み心地が良いと見える」 僕はガタガタ揺れる洋箪笥を眺めながらリーマスの説明を聞いていた。 一番怖いもの、か。 怖いもの、怖いもの…僕の怖いものって何だろう? 怖い事、ならすぐに思い付く。 父さんがデスイーターだったらどうしよう、とか家族皆一緒にいられなくなったらどうしようとか。 でも一番怖いもの、となると思い浮かばない。 「じゃあ、イリーナ・ダイソン、君からだ」 そうこうしている内に始まってしまった。 どうしよう、結局思い浮かばないや。 でもまあ、僕の番になれば分かるだろう。 僕はそう結論付けて皆の「リディクラス!ばかばかしい!」を眺めていた。 僕は一番後ろの端っこにいたから、この様子だと最後になりそうだ。 おおっと、ドラコ、ルシウスおじさんが一番怖いんだね。 ごめん、余りにも君らしくてつい笑っちゃった。 「ジェム!」 リーマスの声に、僕は前の人の「リディクラス!」の一声で随分小さくなったガーゴイルに向かって杖を構える。 さあ、僕の「怖いもの」って何だろう。 パチン、と音がして現れた。 僕の、「怖いもの」 現れたのは、僕らより幾つか年上の黒髪の青年。 漆黒の長いローブで全身を覆い、凍てつく視線を僕に向けている。 「……リウス…」 がたん、と背後で音がした。 「!」 僕ははっとして杖を握り直す。 そうだ、僕の知っている彼はこんな眼をしない! 「リディクラス!」 すると彼は出会った時と同じ姿になり、にっと笑ってそのまま煙とも粉とも区別の付かぬものになって消えてしまった。 リーマスを見ると、彼は驚いたように目を見開いて固まっていた。 まさか僕が一番怖いもの、それが「彼」だなんて思いも寄らなかったんだろう。 僕自身、すごく驚いた。 でも、確かに僕が一番怖いもの。 それは「デスイーターである、シリウス・ブラック」。 僕はきっと、父さんの事以上にシリウスが裏切った事が信じられないんだろう。 …そういえば、何か忘れている様な気がする。 そう思った瞬間、バタン、と音を立てて職員室の扉が閉められた。 まさか、と振り返ってみれば、案の定そこにいた筈の父さんの姿はなく。 どうやらさっきの「がたん」って物音は父さんだったらしい。 …どうしよう。絶対何か言われる。 救いを求めてリーマスへ向き直ってみたものの、彼は授業のフォローはしてくれたけど、今日これから僕の身の上に起こるだろう事に関しては笑顔でノータッチの姿勢を決め込んだ。 「紅茶とお茶請け用意して待ってるよ」 それも嬉しいけど、助けてくれた方がもっと嬉しかった…。 「ミスター・、放課後来なさい」 早速来ました。 魔法薬学が終わると同時に父さんから発せられた言葉。 「…はぁい」 僕は小さな溜息を吐いて地下牢教室を出た。 周りの視線がちらちらと僕を見る。ウザイ。 それもそうだろう。僕と「スネイプ先生」が親子だって発覚してから初めての呼び出しだ。 ハリーの方は、有り難い事にドラコがいつも一緒に居てくれるから寄ってこない。 隙を見ては僕に話し掛けようとしてくるけど、歓迎会の日以来どうもドラコは神経質になっているようで、すぐハリーに絡んでは僕をハリーから遠ざけてくれる。 未だリーマスと話が出来ていない状況としては、ハリーとの接触は好ましくない。 血圧上がってそうなドラコには悪いけれど、もう少しこのままで居させてもらうとする。 とは言っても、父さんの部屋にまで付いて来てもらう訳にはいかなくて。 「…スリザリン三年、ジェム・です」 放課後、僕は言われた通り父さんの研究室の扉を叩いていた。 『開いている。入れ』 中からの声に、僕は遠慮なく室内へ足を踏み入れた。 何を聞かれるかなんて分かりきっているから先手必勝。 「父さん、リーマスとの事だったら聞いても無駄だよ。今はまだ話すつもり無いから」 扉を背にしたままそう一気に言いきると、父さんはいつも以上に不機嫌そうな表情をした。 あ、これは本当に不機嫌な時の顔だ。 一年の時、僕はちょっとした事で過去に飛ばされてしまった。 それは一時間にも満たない時間だったけれど、その時の事を父さんは何も聞かないで置いてくれた。 本当は問い質したかっただろうに、そっとしておいてくれた父さん。 本当に、感謝している。 だけど、もう少しだけ、聞かないでおいてよ。 「……」 父さんは大きな溜息を吐いた。 「良かろう。ただし、これだけは聞くんだ」 「何?」 「ルーピンには必要以上に近付いてはならん」 どうして、とは聞かなかった。 僕に言いたくない事があるように、きっと父さんのそれは言い辛い事なんだろう。父さんの視線はあっちを見たりこっちを見たりしている。 その事を言うべきか言わざるべきか、迷ってるんだ。 「…考慮しておくよ」 それだけ答えると、父さんは不満そうな表情をしたけれど、それ以上は何も言わなかった。 「…母さんは?」 話題を変えようとそう聞くと、「リリと奥で寝ている」とぶっきらぼうに返って来た。 「じゃあちょっと会ってくるよ」 まだむすっとしている父さんの脇を摺り抜け、僕は寝室へと向かった。 起こさない様にとノックをせずにそっと扉を開ける。 「あら、ジェム」 母さんは起きていた。 僕は室内に入ると後ろ手に扉を閉め、ベッドで上半身を起こしている母さんの元へ歩み寄った。 「起きてて大丈夫なの?」 隣りでは僕より遥かに幼い妹、リリがすやすやと寝入っている。 起こさない様に抑えた声で問い掛けると、母さんはくすくすと笑った。 「いやあね、別に病気じゃないんだから。今だってリリを寝かし付けてたら一緒に寝ちゃっただけで、体の方は何とも無いのよ」 「そうなんだ?」 僕は男な上にまだ子供だからそういう事はよく分からない。 でも既に僕とリリの二人を産んでいる母さんからしてみれば、どうって事ないのかもしれないと思う。 「今ね」 「うん」 「昔の事を思い出していたの。貴方の名前を付けた日の事…」 どきっとした。 母さんが自分から昔の事を話すのは珍しい。 父さんからリーマスとの事を聞いたんだろうか? 「夢をね、見たの。皆がね、子供が産まれたら「ジェム」って付けろって」 「え?」 「二人目がリリで、その次はリウスにマーリス、」 「…ターピー…?」 母さんは一瞬きょとんとしたけれど、そうなの、とまた笑った。 「話した事あったかしら?」 「あ、あの、僕…」 そこで言葉が途切れた。 どうしよう、母さんに言うべきだろうか? 父さんはジェームズたちを嫌っている。現在進行形で。 でも、母さんなら…。 「僕…っ、えっと、あの…」 でももし父さんに聞かれたら? ここから研究室まで聞えるはずが無いと分かっていても、ここは魔法の国だ。万が一が有り得る。 「大丈夫、落ち着いて」 すると、母さんはそれを察したのか、ベッドサイドにおいてあった自分の杖を取り、一振りした。 ぱきん、と乾いた音がして、少しだけ息苦しさを感じた。 「これでこの部屋と外の空間は仕切られたわ。歌おうが叫ぼうが誰にも聞えない」 昔、母さんが歌う時に良く使っていた魔法だと分かった。 僕は、意を決して口を開いた。 「…僕、ジェームズたちと会った事があるんだ」 僕は今まで誰にも話さなかったその話を母さんに話した。 母さんは始終無言で、僕が全て話し終ってからも暫くの間何も言わなかった。 「…そう…」 僕が沈黙に耐え切れなくなる直前、漸く母さんは口を開いた。 「ジェームズたちは、知ってたのね…だから、あんな事を言ったんだわ…」 その言葉は、僕にではなく、自分に聞かせる為に呟いたように聞えた。 「じゃあ、あなたはあなた自身の名付け親ね」 母さんの言葉に僕は目を見開いた。 「僕が、僕の…?」 「そうよ。あなたが彼らと出会って、彼らが私たちに「ジェム」という名を告げ、そして私はあなたが生まれた時、その事を夢に見た。だからあなたは「ジェム」になったんだもの」 「ああ…そうか…」 ずっと考えていたんだ。 何の為に僕は過去へ飛ばされたのかと。 意味もなく飛ばされたのだったら、無限に広がる時間の中の、あの時代でなくても良かったはずだ。 なのに僕はあの時代に落された。 父さんたちがまだ子供で、それでも己の未来を選ばねばならないあの時期に。 僕は今まで、未来を変えるために飛んだんだと思っていた。 あの時、ジェームズたちに知っている事を全て打ち明け、未来を変える為に過去に飛ばされたんだと。 だけど、それには疑問が残っていた。 彼らに全てを知らせる為には、あの時の僕は余りにも無知だった。 シリウスの裏切りによってポッター夫妻は殺され、息子のハリーがヴォルデモートを退けた。 そしてピーターはシリウスに殺された。 それだけしか僕は知らなかった。 何故シリウスが裏切ったのかも、どうやってハリーがヴォルデモートを退けたのかも、何も。 そんな僕が若き日の彼らの元へ飛ばされた理由。 父の元でも、母の元でもなく、彼らの元へ飛ばされた理由。 漸く、分かった。 それは、彼らの未来を変えるためではなかった。 僕自身が生まれるためのものだったのだ。 僕が過去に飛ばされ、出会った彼らに僕は自分がセブルス・スネイプと・の息子だと告げ、そして後に彼らは二人に伝えた。 「子供が出来たらジェムって付けろよ」 そして母さんはその夢を見て僕をジェムと名付けた。 だからジェームズが生きている内に、彼の名を捩ったその名が付けられたのだ。 僕が過去に飛ばされた事。 それは、ちゃんと意味のある事だったんだ。 「ああ、だから…」 不意に母さんが何かを思い出したように顔を上げた。 「だからセブルスはあんな事を聞いたのかしら」 「あんな事?」 「部屋に戻ってくるなり「最近、シリウス・ブラックと会ったのか」って」 「あ…あの、午前の二個目の授業、リーマスの授業で、ボガートだったんだ。それで、僕の番になって…ボガートは、真っ黒なローブに身を包んだシリウスの姿になったよ。凄く、冷たい目をしてた。だけど、リディクラス!って唱えたら僕の知ってるシリウスに戻って、笑ったんだ…」 僕の説明が終わると、母さんは少しだけ辛そうだった。 「…ジェム、忘れないであげて。彼らが共に笑い会った日々があった事を。あの頃、彼らは確かに親友だった。…それと、もう一つ」 「うん」 「シリウスは、裏切ってなんかいないわ」 僕はその言葉を理解するのに数秒を要した。 「……え?」 「シリウスは裏切ってない。ジェームズとリリーの隠れ家をあの人に密告したのは、違う人よ」 「…じゃあ、じゃあシリウスは無実の罪でアズカバンに捕われていたって事?!」 「例えあの人が脅しても、シリウスは彼らの居場所を言わない。言うくらいなら死を選んだはずよ」 「じゃあ、誰が…」 母さんは何も答えない。 ――この学校には卒業と同時にヴォルデモートの配下になるだろうと噂されているグループがある。 不意にリーマスの声が甦った。 そうだ、あの時、僕は何を思った? ――例えば、本当はシリウスが裏切ったんじゃなくて… 一年の終わり、僕は父さんを疑うなんて馬鹿げてる、そう思った。 父さんは、違うって。 だけど、僕にはそれを否定する為の材料が未だに無い。 「……父さん、なの…?」 「え?」 「父さんが、ジェームズたちを売ったの?!」 父さんは彼らを嫌っている。特にジェームズを。それはハリーに対する態度で明らかだ。 父さんがジェームズたちの情報を売り、ピーターを殺してシリウスに罪を着せたのだとしたら? 「駄目よ」 母さんの強い声にハッとする。 母さんは今までに見せた事無いくらい厳しい表情をしていた。 こんな母さんを見るのは、初めてだった。 「お父さんを疑っては駄目。それだけは、してはいけない事よ」 「だったら誰が…!」 だけど母さんは首を横に振るだけで答えてはくれない。 その上、話は終わったと言わんばかりに杖を振って部屋に掛けた魔法を解いた。 「母さんは知ってるんでしょう?!」 苛立ちばかりが先走って、僕は声を張り上げた。 「ほんの少しの出会いだったけど、ジェームズもピーターも僕の大切な友達だ!母さんだってジェームズたちと友達だったじゃないか!」 「ジェム、」 「母さんの分からず屋!」 僕は母さんの声を無視して寝室を飛び出した。 短い廊下を足音荒く突っ切り、研究室へのドアを勢いよく開ける。 「……ハリー……!」 僕は冷水を浴びたように一気に血の気が引いた。 扉を開けた先、そこには父さんともう一人。 「…ジェム…どういう、事…?」 ハリーが呆然と僕を見ていた。 手には何枚もの羊皮紙を持っている。そうだった、魔法薬学のレポート回収、今日のグリフィンドールの当番はハリーだったんだ。 「ジェム…」 ハリーが縋るように僕を見ている。 どうしよう、聞かれてしまった。 僕もハリーも何も言えず、ただ呆然と見詰め合っていた。 「オブリビエイト!」 突然、低い声が沈黙を切り裂いた。 「父さん!」 父さんがハリーに忘却術を施した! 愕然として父さんを見ていると、父さんは当たり前の様に彼を呼んだ。 「ミスター・ポッター、お前は私にレポートを届け、寮に戻る。その間おかしな事は何も無かった。いいな?」 父さんの言葉にハリーはぼうっとしたままこくりと頷き、部屋を出ていってしまった。 扉が重い音を立てて閉じられ、僕は漸く言葉を発する事が出来た。 「何て事を…!」 「ではあのまま問い詰められていた方が良かったか?」 僕は言葉に詰った。 「ジェム、お前がどういった経緯で奴等と知り合ったかは知らんが、余計な事に首を突っ込むな」 「余計な事?!彼らの死は余計な事なの?!」 僕が食って掛かると父さんは「そうじゃない」と苛立たしげに首を振った。 「じゃあ何なのさ!」 「お父さんを困らせては駄目よ」 割って入った声に、僕らは揃って声のした方へ向いた。 「…」 「母さん…」 「お父さんはあなたを危険な目に合わせたくないの。勿論、私も同じ思いよ」 「それでも僕は…!」 「ジェム、あなた自身が良くても私たちが嫌なの。例えばね、ジェム。私やお父さんが「死ぬ危険性はあるけどそれでも知りたいから」って出掛けてしまったらどう思う?」 きっと、ううん、絶対引き止める。 行かないでって。例え死ななかったとしても、怪我したらどうするのって。 「……」 「あなたに何かあったら、私たちはどうすれば良いの?あなたのそれは、勇敢ではなく、ただの無謀と軽率よ」 「……ごめんなさい…」 小さく、唇から漏れた。 僕は何に対して謝っているんだろう。 危険に関ろうとした事? それとも、危険を承知でそこへ飛び込もうとしている事? 僕自身、どちらなのか分からなかった。 母さんも父さんもそれを察したのか、何も言わなかった。 「母さんに怒られたんだ」 「なんて?」 リーマスが聞いた。 父さんの研究室を辞した僕はその足でリーマスの部屋に向かっていた。 突然訪れた僕を、リーマスは温かい紅茶と甘いチョコレートで持て成してくれた。 「僕のは勇敢じゃなくて、ただの無謀と軽率だって」 すると、リーマスは少しだけ笑った。 「まあ、当たってるかな」 「真実を知りたいと思うのは、いけない事なの?」 僕の問いに、リーマスは「難しい質問だね」と苦笑した。 「知るという事、それ事態は良い事だとは思うけれど、それに危険が伴うのなら、必ずしも良いとは言えない」 リーマスの応えに僕は何も言えず、ただ紅茶を啜る。 「あ」 そして、思い出した。 「どうしたんだい?」 「…母さんが言ってた。シリウスは裏切ってないって」 「…が?」 リーマスの顔から笑みが消えた。僕はこくりと頷く。 「あと、父さんを疑ってはダメだって」 「うん、それは分かるよ」 リーマスは意外にもあっさりと母さんを肯定した。 「どうして?だって父さんがジェームズたちの隠れ家の場所を売ったのかもしれないんだよ?」 「それはないよ」 リーマスが嫌にきっぱりと宣言する。 僕はリーマスたちには見えない何かで繋がっているような気がして、少しだけムッとした。 「どうしてそう言いきれるの?」 半ば無気になってそう問うと、リーマスは「理由は二つある」と笑った。 「一つは、二人はジェームズとリリーの隠れ家の場所を知らない」 「え?母さんも?」 意外だった。父さんはまだしも、母さんまで知らなかっただなんて。 「意外でも何でも無いよ。知っているのはジェームズたち本人と、ダンブルドア…そしてシリウスだけなんだから」 自ら紡いだシリウスの名に、リーマスの表情が微かに曇る。 「第二に、セブルスはを愛している」 「…は?」 僕がきょとんとしていると、リーマスは可笑しそうにくすくすと笑った。 「彼はを愛している。そしてそのはジェームズたちを大切に思っている。ジェームズたちが死ねばセブルス自身は嬉しいかもしれないけれど、は確実に哀しむ。その上、密告したのが自分だと知られたら彼女がセブルスの元から去る可能性は高い。を失うくらいなら自分の憎しみなんて二の次にする。そういう人だよ。彼は」 「そう…かもしれないけど……よくわかんない」 自分の気持ちを優先させたいと思ってしまう僕は、やっぱりまだ子供なんだろう。 ふて腐れたように言うと、リーマスは声を立てて笑った。 「その内分かるよ」 それからは他愛も無い話をして、就寝時間少し前に寮に戻った。 「ジェム!何処に行っていたんだ!」 案の定、ドラコに怒られた。 (終) +−+◇+−+ ヒロインの「だからあんな事言ったんだわ」発言ですが、あんな事ってのは、リーマスの「幸せになれるよ」ってセリフ。本文で説明入れるのが面倒でまあここで書けば良いや、と。(爆) デスイーターって何か規定の服ってあるんですかね?イメージではずるずる長めで漆黒のローブに仮面、なんですが。 そしてまた無駄に長くなりました。ジェムが原因です。(断定) 基本的にジェムは自分視点、ヒロインは第三者視点で書いてます。 関連タイトル:「父親」、「思い出」 (2003/06/08/高槻桂) |