睡眠不足





は与えられた部屋に魔法を掛け、常に音が外に漏れない様にして歌っていた。
その魔法は外へ音を洩らさない様にするだけでなく、当然こちらにも外の音は聞えない。
だからいつも扉を開けられるまでは外の出来事に全く気付かず、歌い続けている事が多い。
「あら、おかえりなさい」
扉の開く音に歌を止め、入って来た人物に笑いかけた。
「音を封じなくとも自由に歌えば良い」
そう言って近付いてくるのは彼女の最愛の恋人ではない。
「庭木や草が大繁殖するから嫌です」
そう言ってそっぽ向けば、彼はくつくつと笑う。
彼はこの館の主であり、そしてをこの屋敷に閉じ込めている張本人だ。
「…あら?」
何気なく彼の顔に視線を向けたは、きょとんとして首を傾げた。
「どうした」
「ヴォルデモート様、最近、お休みになられてませんね?」
顔色が悪いですよ、と続けると、彼は意外なものを見るように黙り込む。
機微に聡い側近のルシウスですら気付かなかったというのに、彼女は当たり前の様にそれを見抜いた。
黙って見下ろしていると、はがしっとヴォルデモートの腕を取り、彼を引っ張って部屋を出る。
「何処へ行くつもりだ」
「何処ってあなたの部屋に決まっているでしょう」
「何故だ」
その問いにの足がぴたりと止まり、驚いたような視線で彼を見上げた。
「何故!?何故って言いました?!今、この状況で「何故」?!」
その声に控えていた者たちの視線が一斉に集まる。その中には彼女の恋人の視線もあったのだが、はそんな事全く気付いた様子も無く続けた。
「あなたは今、どう見たって疲れてます。ベッドに入ったら3・2・1・グーと寝んばかりに!だからとっととベッドに押し込んで睡眠を貪って頂こうとしている訳ですよ!わかりましたか?わかりましたね?」
そして再びヴォルデモートを引っ張って彼の部屋へと向かった。
「あ、」
ヴォルデモートを部屋に押し込んで、自分も入ろうとしたその足を止め、くるりと振り返った。
「夕食までヴォルデモート様はお休みです。邪魔しない様に」
ばたん。
残された者達は暫く閉じられた扉を見ていたが、一人、また一人と視線がセブルスに向かう。
それはどれも彼を哀れむような、不憫だと言わんばかりの視線で。
恋人を捕えられているからではない。
捕えられていると言うのに、彼女は平然と己の命を握っている主にたて突くわ二人きりになるわで、一見代わり無い様だが内心では焦りっぱなしの彼の心境にである。
「……」
そんな視線にも馴れたもので。(馴れたくはなかったが)
セブルスは心底からの溜息を一つ、吐き捨てた。


は主の両肩を突き飛ばしてベッドサイドに座らせると、そのまま押し倒して強引にベッドの中へと彼を押し込んでしまう。
「はい、よく寝てくださいね」
そうにこやかに告げてベッドから降りようとすると、ヴォルデモートが腕を掴んでこちらを見上げていた。
「何ですか?子守り歌も要ります?」
仕方ないのでベッドサイドに腰掛けて彼を見下ろす。
「本当にお前は飽きないな」
そう言いながら体を起こそうとする男を「駄目です」とはベッドに押し戻した。
「何ですか、人を珍獣の様に」
片眉を跳ね上げてそう返すと、「似た様なものだ」と返って来る。
「お前は私が怖いと言う割に、そうとは思えない態度ばかりを取る」
「あなたは人の命を簡単に奪うじゃないですか。怖いに決まってます。狂暴なドラゴンや知能の低いトロールだって無意味に同族を殺したりしません」
平然と言って退けるに、ヴォルデモートはくつくつと笑う。
「良く分かっているではないか。一番恐ろしいのは獰猛な獣でも死の呪文でもない。人間だ」
そう言った彼はイライラしたように表情を険しくする。
それに気付いたはベッドサイドに座り直し、ぽん、と己の膝を叩いた。
「どうした?」
「ヴォルデモート様、膝枕してあげます。人の体温を感じていた方がゆっくり休めるんですよ」
にっこりと告げるに、ヴォルデモートは訝しげに彼女を見上げた。
「別に寝てる隙を見て顔に落書きしようなんて思ってませんよ」
男の表情をどう取ったのか、見当違いなことを言うにヴォルデモートは表情を僅かに緩めてその膝に頭を乗せた。
「あら珍しい。ヴォルデモート様が素直だわ」
そう嬉しそうに笑うの指が彼の髪を梳く。
ヴォルデモートはその緩やかな指の動きにその深紅の目を閉じ、ゆっくりと眠りの底へと落ちていった。




「……」
ヴォルデモートはこちらへ向かう気配に目を覚ました。
目の前は何故か水色に染まっている。
一瞬何であったかを考え、それがのワンピースの色だと気付いて彼は視線を上げた。
は彼に膝枕をしたまま寝入っていた。
恐らく男の寝顔を見ている内に自分も眠くなったのだろう。
ヴォルデモートはそっと身を起こし、を起こさぬ様、彼女を今まで己が眠っていたベッドに横たわらせた。
窓から差し込んでいた筈の日の光は殆ど落ち、薄暗い所為で顔の陰影がはっきりと分かる。
彼は彼女ののあどけない寝顔に微笑し、その桜色の唇に己の唇を落した。
彼らしくない、触れるだけの口付け。
自分でもそう思ったのか、彼は苦笑して静かにベッドから降りた。
出来るだけ音を立てない様に扉を開けると、ちょうどノックをしようとしていたらしいルシウスがびくりとその身を強張らせた。
「御夕食の御用意が整いました」
「わかった」
彼はまるで室内の光景を見せたくない様に後ろ手に扉を閉める。
「…は如何為さいました」
昼にこの部屋に引っ込んでから出て来た様子が無かった為、てっきり一緒に出てくると思っていたのだが、扉は閉められてしまった。
すると、ヴォルデモートは口元に微かな笑みを浮かべ、答えた。
「寝ている」
そして彼は可笑しそうに小さく笑い、ルシウスを従えてその場を後にした。

それから暫くして目を覚ましたが「起こしてくれれば良かったのに」などと文句を洩らし、それを耳にしたセブルスはまた同僚から哀れみの視線を集めてしまい、長い溜息を吐いた。





(終)
+−+◇+−+
まだジェムが生まれていない頃です。なのでヒロインのヴォル様に対する態度がとても柔らかいです。
ちなみに、ヴォル様、五十歳半ばでナイスミドル、でも子供じみた所も多いに残るオジサマ設定。(笑)
ヴォル様が手を出さない(ちょっとだけ出してますが)理由はまた違う所で。
関連タイトル:「第一印象」
(2003/06/12/高槻桂)

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