謝罪






もし、こうなると知っていたら…あなたは、死を選んだかしら?



コンコン、ノックの音が室内に響いた。
「どうぞ」
はベッドの縁に腰掛けたまま答えた。

の応えに扉を開いたのは、ルシウス・マルフォイだった。
「ルーシー、どうしたの?」
彼女は先日産まれたばかりの我が子をその腕に抱え、ルシウスを見上げる。
「我らが主がお戻りになられた」
の表情が微かに強張った。
「私とこの子に出向け、という事ね?」
「そうだ」
拒否権が無いのはいつもの事だ。
は腕の中の子を抱え直し、立ち上った。
「あの人は自分の部屋ね?」
はルシウスの脇を通り過ぎ、後一歩で廊下に踏み出そうという所で立ち止まった。
「…セブルスは?」
「先程まではあの御方の傍にいた」
「そう」
そして彼女は再び歩き出し、今度こそ足を止める事無く真っ直ぐに主の元へと向かった。


「ヴォルデモート様、です」
両開きの扉の前でそう名乗ると、扉がゆっくりと開かれた。
はその先へ進み、大きな肱掛椅子に座っている男と、その傍らに立つ青年に視線を送る。
傍らに立つ青年は、いつも以上に顔色が悪い様に見えた。
「赤子の性別はどっちだ」
男の問いに、「男の子です」とだけ答える。
すると、彼は詰らなさそうに「男児か」と返した。
彼は女の子供を欲しがった。
別に彼自身が子供が好きだとかそんな事ではない。
単に、の血筋は女にしかその力が表れないからだ。
その、歌で魔法に近い、またはそれ以上の現象を起こすその力が。
「男児か。まあ良い。男児でも使い道はある。貸せ」
「何をするつもりですか?」
その問いかけに、彼は当たり前の様に告げた。
「我らの家族である証を刻むのだ。さあ」
その応えには首を横に振った。
「嫌です」
「何故拒む?」
「この子には、選択権は無いのですか?この子が大きくなるまで、それは容赦願います」
いつも微笑みを絶やさない彼女が痛みを堪えるような表情でヴォルデモートを見る。
だが、それは彼に同情ではなく、歓喜を誘った。
「ではその赤子には死んでもらおう」
「ヴォルデモート様!」
悲鳴のような声が上がる。
「この屋敷に私の家族以外は要らぬ。そしてこの屋敷にその身を浸した以上、私の家族となるか、死か、そのどちらかしか道はない」
「……」
は唇を噛み締め、腕の中の子を抱きしめた。
「さあ、どうする」
彼は満足げに告げる。
いつものあの耐えぬ微笑みも好ましいが、こうして悲哀に暮れる表情もまた彼の喜を擽った。
「……」
は腕の中の赤子に「ごめんね」と小さく囁いた。
いつかこの子が大きくなって、その腕に闇の印があると知ったら。
この子は、今の私の判断を責めるかもしれない。
いっその事、何も知らないまま死んだ方が良かったと。
それでも、この子を死なすなんて…そんな事、できない。
「それで良い」
彼は立ち上り、歩み寄ったの腕を引いてその肢体を腕に収めた。
「よく見ているがいい」
彼はが抱えたままの赤子の、小さく短い左腕を取り、呪文を唱える。
その腕を取る彼の手が仄かに暗く光り、それが収まる頃には赤子には相応しくない醜い闇の印がその左腕に宿っていた。
そして、彼がその宿ったばかりの印に指を触れると、忽ち広い室内は何処からともなく現れたデスイーターたちで埋まった。
「良い知らせだ」
彼は集まった者たちを見回し、高らかに告げた。
「赤子の名はジェム。我らの新たなる「家族」だ」
主の言葉に、彼らは一斉に膝を折り、首を垂れる。
はじっと腕の中の子を見詰めた。
赤子は何事も無かったかのように眠り続けている。

ねえ、ジェム…もし、こうなると知っていたら…







(終)
+−+◇+−+
久し振りに短い話を書きました。いや本当はまだこの倍くらい話が合ったんですが、よく考えたら無くても問題ないと気付き、ここで終マーク付けてしまいました。
(2003/06/10/高槻桂)

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