食事





別にね、ホグワーツでの食事が嫌いなわけじゃないの。
でも日本に帰って来て、真っ白なご飯に葱と豆腐の味噌汁、虹鱒の塩焼きなんて夕食が出た日にはそれはもう心踊ったわ。
ああ、やっぱり私は日本で育ったんだわ、って。
食い意地が張ってるって言われるかもしれないけれど、この時ばかりは日本人(半分だけだけど)で良かったって思うのよ。
あと、お菓子も日本モノの方が私は好きだわ。
特にチョコレート。あの蕩ける感じやまろやかさ。
ああ、でも紅茶はあちらの方が好きだわ。
あ、この柚子アイス、美味しい。


…って現実逃避しても仕方ないわね。


さんの御趣味は」
かっこんと獅子脅しの音が響く中、向かいに座った男が爽やかな笑みを浮かべている。
「強いて上げるなら歌と読書、それと薬学を少々」
営業スマイルで返すと、男は「それは素晴らしい」と頷いた。
何がやねん。
思わず大阪弁で突っ込みたくなるのを抑えつつ、は「ありがとうございます」と返す。
「それにしても、十歳の頃から一年の殆どをあちらで過ごされてるそうですが」
「ええ、実を言うと昨日、日本へ着いたばかりなんですよ」
(本当、帰って来た翌日見合いに駆り出されるなんて思いも寄らなかったわ)
知っていれば出掛けなかっただろうし、の母、メリッサも止めただろう。
だが、その娘と妻を出し抜いたの父親は、彼女の隣りで嬉しそうに笑っている。
ちなみに目の前の男はや彼女の父と同じく「声」の血を引く男。
母親がそこそこの「声」の持ち主らしく、の旦那候補としてやってきたらしい。
父曰く、「の写真を見て一目惚れした」らしい目の前の男は、それはもうにこにことご機嫌な様子だ。
「ではお友達と別れるのもさぞ辛かったでしょう」
「いえ、今回日本へ来たのは荷物を纏めるためですから。新居に荷物を送り終えたらまたすぐあちらに帰ります」
驚きに目を見開いたのは相手の男だけではなかった。
「聞いてないぞ?!」
父の驚愕の声には肩を竦めた。
「そりゃあ言ってないもの。昨日は疲れてたし、今夜にでも話そうと思ってたらこのザマよ」
は柚子アイスの最後の一口を食べ終り、スプーンを置きながら「取り敢えず、」と続ける。
「ここには食事の為に連れてこられた筈なので食事が済むまでは何も言いませんでしたが、私は相手を選ぶ際、血筋は一切考慮致しません。愛した人と結婚します。幸いな事にその相手はもう居ますし、「伴侶の儀」も済ませました。お生憎様」
「お腹いっぱいになったし、帰っても良い?」と隣りを見ると、父は口をぱくぱくさせて何か言おうとしていた。

!」

突然襖が開かれた。聞き覚えのある声にが振り返ると、そこには息急き切らした母が立っていた。
「ママ、どうしたの?そんなに慌てて」
「お茶ついでに占ったら「クモの巣」が出たのよ!まさかと思って部屋漁ったらここの予約のメモが出て来たじゃない?もうあなた!いい加減にしなさい!」
叱られた夫はびくうっと姿勢を正し、もごもごと何やら言っている。
「私がお家だとか血筋だとかに嫌気が差してマルフォイ家を飛び出したの忘れたの?!そんなモノより娘の幸せ守ろうとか思わないわけ!?」
すると、彼女の背後から宥めるような流暢な英語が聞こえ、今度はが眼を見張った。

『それで、は引き取らせて貰って良いんですね』

現れたのは、日本に居る筈の無いの想い人。
『ええ、勿論よ』
「セブルス!どうしてここに?」
思わず日本語で問い掛けてしまったが、ニュアンスで察したのだろう、彼は微かに苦笑した。
『「煙突」で呼び出されたんだ』
いつもなら正式名称で言う彼が隠語を使い、そう言えば見合い相手はマグルだったとは思い出した。
「やだわ、私、あー、『セブルスが来るって知ってたら自分でぶち壊さなかったのに』
『お前から知らせが来るものだとばかり思っていたからな』
『私もここに来るまで知らなかったのよ』
未だ説教中の両親と、立つ瀬無しの見合い相手を無視しては立ち上った。
『折角だからどこか観光でもして帰りましょうか。ああ、ついでに荷物纏めるの手伝ってね』
『ああ』
差し出された手を取って立ち上ると、「あの、」と控え目な声が掛かった。
「ああ、ごめんなさい。ご覧の通りですから無かった事にして下さいね」
にっこりと笑って告げると、相手の男は「そんな」と食い下がった。
「僕のどこがいけないんでしょう」
男の言葉には少しだけ呆れたような色を見せた。
「あなた、誰かを本気で好きになった事ある?
あなたのどこが悪いとか、今日初めて会ったばかりの私に分かるわけ無いわ。
私はあなたと出会う前にセブルスを好きになった。ただそれだけの事よ」
それじゃあ、とはセブルスの手を取ったまま長い廊下へと出る。
『何を話してたんだ?』
自分の名前が出たのが気になったのだろう。問い掛けてくるセブルスには『秘密』と楽しそうに笑った。




散々セブルスをあっちこっちへと引き連れまわし、辿り着いた喫茶店では満足げに抹茶パフェを突付いていた。
その向かいでは疲れきった風体のセブルスがコーヒーを啜っている。
『いやあ、やっぱり遊んだ後の甘味は格別よね』
セブルスは「そうか」と返すだけが精一杯だったらしく、ただ黙々とコーヒーに専念している。
ただでさえ体力が無い上に見慣れない建物、溢れる人や機械。
体力だけでなく、精神的にもかなり疲れたようだ。
それでも文句一つ言わず付き合ってくれるセブルスに、は嬉しそうに笑った。
『何だ?』
の笑いに気付いたセブルスが視線を上げる。
『私ね、どっちかって言うと和食の方が好きなのよ。でも、やっぱりあなたと一緒に食べる事が一番好きだわ』
『…そうか』
その笑顔に釣られるかの様に、セブルスもそっと微笑んだ。







(END)
+−+◇+−+
ここは何処だとか考えては行けません。(またか)
日本だという事は確かですが、それ以上は分かりません。
これは単に最後の「やっぱりあなたと一緒に〜」のセリフがふと浮かんで、それが書きたいが為に書いたものです。
この話を書いて漸く気付いた事が一つ。ヒロインの父親の名前、決まってねえじゃん。
母親の方はもう前々から「ルシウスの伯母ならメリッサだろう(意味不明)」と決まっていたのですが、そういえば父親の方は名字しか決まってませんでしたね。
どうせ滅多に出てこないと思うので決めませんが。(爆)
関連タイトル:「告白」
(2003/06/28/高槻桂)

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