宿題




夏休みに入って一ヶ月を迎えようとする頃、ホグワーツ魔法薬学教師の自宅のリビングでは小さな勉強会が開かれていた。
「ねえ、これってどうするんだっけ?」
ジェムが広げたテキストの一点を指差して隣りに座るセドリックを見上げた。
「ああ、そいつはまだ若木の内に太い枝を全て切り落としておくんだ」
「うんうん、じゃあこっちは?日に焼けない様に暗幕を張る?」
「そう」
テーブルの上には何枚もの羊皮紙が転がっており、彼らの両脇にはテキストやら参考書やらが堆く積み上げられている。
「ねえジェム、ベラドンナって三年で習った事だったっけ?」
「うん、三年の始めの頃に習った覚えがあるけど」
「あ、じゃあこっちの辞書に乗ってるかな」
「あ、僕のテキスト見た方が早くない?」
「そうか、あ、本当だ、えーっと…」
すると玄関が開く音がして二人は顔を上げた。
「父さんが帰って来たんだ」
ジェムの言葉通り玄関の気配はそのままこちらへと向かって来てガラスの嵌め込まれた扉を開けた。
「おかえり、父さん」
「お邪魔してます、スネイプ先生」
セドリックの存在に気付いたスネイプがほんの僅かに意外そうな色を見せ、「ああ」とだけ返して視線を室内、そしてダイニング・キチンへと滑らせる。
「母さんならリリとリドルと一緒に寝てるんじゃない?」
「そうか」
すると彼は用は済んだとばかりに出ていこうとする。
「父さん、ちょっと待って」
妻を捜しに行くつもりか自室に向かうつもりかは知らないが、ドアノブに手を掛けたままスネイプは振りかえった。
「教えて欲しい所があるんだけど」
スネイプは数秒の沈黙を要した後、ドアノブから手を放してこちらへと戻って来た。
「セドリック、さっきの羊皮紙、どこにやったっけ?」
「ええと…ああ、これだ」
「これ見て」
渡された羊皮紙を受け取り、スネイプはそれに目を通す。
「…ミスター・ディゴリー」
「はっ、はい?!」
思わず姿勢を正したセドリックには目もくれず、スネイプは羊皮紙に綴られている文字を追いながら問い掛けた。
「これは君が考えた事かね?」
その内容は彼がそれぞれに課した課題ではなく。
「いえ、言い出したのは僕ですけど、殆どはジェムが…」
すると彼は片眉を吊り上げ、息子を見下ろした。
「これは六年生レベルの調合法だが…さて我が息子よ、我輩の記憶に寄ると君の魔法薬学の成績は良くも悪くもなかった筈。それが確かならここまでのものを作り上げる能力があるとは思えないが?」
すると息子はにっと笑った。
「では父上、恐らくそれは確かなものでは無かったのでしょう」
スネイプは溜息を一つ落す。
ジェムは他の教科の成績は優秀なのだが、ただ一つ、魔法薬学だけが平均レベルだった。
だが、それが偽りのものである事はスネイプも薄々気付いていた。
「だって魔法薬学で良い成績を取ってしまったら、中には僕が父さんに試験問題を教えてもらっているんだって邪推する人が居るかもしれないし」
彼は魔法薬学の成績を犠牲にする事によって「父親が教師である」というハンデを埋めているのだ。
だが、ジェムはそれを苦痛とは思わなかった。
「僕の本当の成績はドラコやセドリック、父さんや母さん達が知っててくれるからそれで良いよ」
するとスネイプは「母親にますます似てきた」と手にしていた羊皮紙をジェムに返す。
「で、何が聞きたいんだね」
「竜宮草を入れるタイミングと煮る時間」
スネイプは「ここだ」と羊皮紙の一点を指差した。
「ベラドノラスの根の粉末を入れて一煮立ちさせてから入れる。竜宮草は入れる前に良く掻き混ぜ、入れた後は一切掻き混ぜない事。その内色が灰色になってくる。そうしたら次の段階へ移っても良い」
他には、との声に「今の所大丈夫」と返すとスネイプは今度こそリビングを後にした。
その足音は真っ直ぐ寝室へと向かっている。
「…母さんの事しか頭に無いんだから」
ジェムがぼそりと呟くと、セドリックが顔を寄せて来た。
「ねえ、スネイプ先生っていつもああなのかい?」
「うん。休みの日は母さんと一緒じゃないと気が済まないみたい。特に母さんはまだ産褥期だし…何よりリドルが生まれた時の事を今でも気にしてるみたい」
「気にしてるって?」
「シリウス・ブラックの事で父さん凄いカリカリしててさ、弾みで母さん突き飛ばしちゃって。その所為で破水したんだよね。まあ時期的にいつ陣痛が来てもおかしくない時だったから何とかなったらしいけど」
その時の父さんの慌てっぷりといったら!
そう言いながらジェムは笑うが、当のジェムも右往左往するばかりだったので人の事は言えない。
「さて、」
ジェムは広げていた羊皮紙を丸め、テキストも閉じ始めた。
「少し休憩しよう。アイスティーで良い?」
「うん」
手伝うよ、と立ち上ろうとするセドリックを押し留め、ジェムはキッチンへと向かった。
冷蔵庫を覗くと、母親が作っておいてくれたグレープフルーツのゼリーが涼しげに鎮座している。
ジェムはアイスティーを注いだグラスとスプーン、ゼリーをトレイに乗せてリビングに戻ってくる。
「ストレートで良かったんだよね」
「うん、ありがとう」
ジェムは再びソファではなく、カーペットの上に直接置いたクッションに座り込んでゼリーとスプーンを手に取った。
「母さんの国じゃこうやって床に直接座り込むのは当たり前なんだって」
ぐにゃんと弾力のあるゼリーを掬い上げ、口の中へ。
甘酸っぱい味がふわんと広がり、スプーンを再び薄黄色の塊に突っ込む。
「ああ、聞いた事あるよ、玄関で靴を脱ぐんだろう?」
セドリックも同じ様に一口食べ、その味に小さく歓喜の声を上げた。
「そうそう。タタミの上でごろごろするのが気持ち良いんだ」
「今年は日本に行かないんだって?」
話ながらでも確実にカップとグラスの中身は減っていく。
「うん、クィディッチ・ワールドカップがあるし、リドルもまだ産まれたばっかりだし今回は止めたってさ。イースター辺りにでも行けば良いかって」
「君も見に行くのかい?」
「ううん、父さんと母さんは僕だけでも行って来いって行ってくれたんだけど、僕も母さんとリドルが心配だし」
「勿体無いなあ」
「君やドラコやハリーが出るなら見に行くけどね」
やがて二人のグラスとカップの中身は空になり、ジェムはセドリックの肩に凭れ掛かるように倒れ込んだ。
そのまま二人は他愛の無い話を続けていたが、不意にジェムの応えが無くなり、セドリックは己の左肩に頭を預けているジェムを見下ろす。
「ジェム?寝てしまったのかい?」
そっと囁くように問い掛けても彼の応えは返ってこず、微かな呼吸の音が聞えてくるのみだ。
「……」
セドリックは小さく笑みを零すと、何時しか自分もその眼を閉じていた。










(END)
+−+◇+−+
ちょっとだけ「監督生」絡みのジェムの性格はヒロインよりだという話。
最初、昼寝ネタ、という事で書いていた筈だったのに気付いたら昼寝と関係ない方向へ行きかけていたので無理矢理昼寝にこじつけました。ごめん、上手く書けなかったよ。(私信)
これ書いている間ずっとユウナの「君へ」が流れてました。あーセドリック、勿体無いなあ・・・。
関連タイトル:「期末試験」、「情緒不安定」
(2003/08/10/高槻桂)

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