忘れない ヴォルデモートが、倒れた。 杖を構えたままのハリーが、呆然と倒れ伏す彼を見下ろしている。 「ヴォルデモート様!」 駆け出したを、引き止める腕があった。 「危険だ」 彼の夫、セブルスだ。 だが、は「いいえ」と首を振った。 「もう、彼に魔法は使えないわ」 そう言って彼の手を振り払い、は倒れたまま動かないヴォルデモートの傍らに膝を付いた。 彼女は己の白いスカートが地に付くのも躊躇わず、ゆったりと腰を下ろす。 「ヴォルデモート様」 覗き込むと、彼は薄らとその目を開けた。 月明かりを反射したその眼は、薄く濁っているように見えた。 「、か…」 その姿を認めた彼は、ゆっくりとか細い息を吐いた。 「…負けたのか…」 「ええ、あなたの負けです」 さらりとそれを繰り返すに、ヴォルデモートは微かに苦笑した。 「お前は、変わらぬな…」 「誉め言葉として受け取っておきますね。ヴォルデモート様、何かして欲しい事あります?」 彼は「何を今更」と呟くように言った。 「今更だからです。子守り歌でも歌ってあげましょうか」 相変わらずの微笑みで告げるを、ヴォルデモートはその焦点のずれ始めた眼で見上げる。 「…私は、死ぬのだな」 は彼のがさがさの手を取り、両手でその手を包み込んだ。 「怖いですか?」 彼は「いいや」と薄く笑う。 「思いの外、怖くはない。ただ、口惜しい」 「ハリーを倒せなかった事が、ですか?」 それにも彼は否、と答える。 「お前を、手に入れられなかった」 「私は私のものですから」 すると、彼は「一つだけ、頼みがある」と囁いた。 それは、声に出される事はなかった。 だが、はそれにしっかりと頷いた。 「必ず」 の言葉に彼は今までに無い、どこか安堵したような笑みを見せ、眼を閉じた。は右の手だけ彼の手を離すと、まるで子供にするように彼の髪をそっと撫でる。 「おやすみなさい、愛しい坊や」 そして再び彼の手をしっかりと握り、そっと歌を紡ぎ出した。 それは、母親が子をの安らかな眠りへと誘う、優しい子守り歌。 「ただ、安らかに…」 は最後の音を紡ぎ終ると、二度とその目を開く事はない男にそっと微笑む。 「ダンブルドア校長先生」 そしてハリーの傍らに立つ老人を見上げる。 「ヴォルデモート様の埋葬は、私だけにさせて下さい」 それが、彼の望みですから。 ダンブルドアはゆっくりと一つ、頷いた。 「君に任せよう」 「ありがとうございます」 彼女は立ち上ると土埃で汚れたスカートを叩きもせず、杖を取り出す。 「さあ、行きましょう」 が杖を一振りすると、彼女と、横たわっていたヴォルデモートの体は忽然とその姿を消していた。 「ああ、疲れたわ」 彼女はどっかと地面に座り込んだ。 真っ白だった衣服は土に汚れ、彼女の手も土に塗れていた。 「全くもう、レディにこんな重労働させるなんて」 彼女の紡ぐ言葉は文句ばかりだったが、その表情は可笑しそうに笑っている。 「ねえ?ヴォルデモート様?」 そう笑いかける先には、地面に突き刺さった赤ん坊ほどの大きさをした石。 「またいつか、生まれてくる時までそこでゆっくり休んで下さい」 あなた、いつも余り寝てなかったから。 少しだけ声を立てて笑い、繰り返すように彼の名を呼んだ。 「忘れない」 土に塗れた手を伸ばし、その何も加工されていない、自然のままの形をした石に触れる。 「あなたが本当は何を求めていたのか…そして、それを与えられなかった自分も…忘れないわ」 はそう呟き、その表面をそっと慈しむように撫でた。 (終) +−+◇+−+ 取り敢えず、「妻ネタのヴォル様を何とかしてあげて」という声がちらほらあったので書いてみました。 え?救済になってないって?感性の違いです。(笑) ここがどこだとかいつだとか、考えたらだめです。私だって考えてませんから。(爆) ヴォル様の一人称ですが、死ぬ間際だけ「私」に戻しました。 こんなに短い話なのに、しかも書きたい所しか書いていないのに難産ってどうよ、自分。 関連タイトル:「第一印象」、「睡眠不足」、「涙」 (2003/06/23/高槻桂) |