約束 「君に、頼みがあるんだ」 そう言って、彼は私を見上げていた。 彼の後ろでは、その志を共にした三人が同じ様に私を見ている。 「このホグワーツを、見守り続けて欲しい」 あなたたちは、誰? 「俺はゴドリック・グリフィンドール」 「僕はサラザール・スリザリン」 「私はヘルガ・ハッフルパフよ」 「私はロウェナ・レイブンクロー」 もう、生徒として通うのは、止めようと思ったの。 貴方に逢うのが、辛かったから。 だからあの日、貴方が告げようとしたその想いから逃げ出した。 だけど、あれから二十年近くの時を経て、また、私はこの学校の生徒になる。 貴方の為にではなく、ハリー・ポッターの傍にいる為に。 今、このホグワーツでは奇怪な事件が起きている。 ミセス・ノリスを始めとし、数人の生徒、そしてゴーストのニコラスが石化させられるという事件。 このままでは、このホグワーツは閉鎖されてしまう。 みんなの、そして彼ら四人が愛したホグワーツが。 私に何が出来るか分からないけれど、これ以上見ているだけなんて、できない。 だから私は転校生としてここへ戻って来た。学年は、ハリー・ポッターと同じ二年生。 「ではミス・、こちらへ」 生徒達の好奇の視線を切り裂くように強く、彼の視線を感じる。 きっと、物凄く驚いているんだろう。 だけど、私はそれに気付いていない様な素振りでミネルバの前まで行く。 すると、彼女は何処か心配そうな表情で私を見下ろしていた。 大丈夫よ、ミネルバ。 私は小さくそう囁いて、椅子に腰掛けた。 そっと組み分け帽子が乗せられる。 『久し振りね』 『二十年ぶりかね?』 『近いけど、そこまでじゃないわ』 『君や私にして見れば、大した差ではないだろうに。さて、今度はどこに入りたい?ここ百年ほどはグリフィンドールとレイブンクローを行ったり来たりしていたけれど』 『うーん、どうしよう?久し振りにスリザリンにでも行ってみようかしら?』 『それも良い。だが、君はもう決めているだろう?』 『あら、わかってるなら聞かないで頂戴』 『では、』 『グリフィンドール!!!』 わっとグリフィンドール生から上がる歓声。 私は笑顔で彼らの元へ行き、何人もの生徒と握手を交わした。 その中に、あの少年を見つけた。 「僕はハリー!ハリー・ポッター!」 「・です。宜しくお願いします」 全生徒に向かってそう告げる姿に、自分は夢でも見ているのだろうか、そう思った。 何故。 その二文字がぐるぐると滑稽なほど頭の中を駆け巡っている。 彼女は確かに自分やあのハリーの親であるジェームズやリリーたちと学生時代を共にしたはずだ。 その彼女がどうしてあの頃と全く変わらぬ姿でいるのか。 「ではミス・、こちらへ」 彼女はこちらを見る事無く椅子に腰掛ける。 別人なのだろうか? だが、名前も同じ、外見も同じ、そしてその声ですら、今でもはっきりと耳に残っている声と同じ。 偶然や他人の空似で片付けられる度合いではない。 『グリフィンドール!!!』 そして寮も同じ、か。 少女が歓迎の声を上げるグリフィンドール生のテーブルに駆け寄る。 何人もの生徒(主にウィーズリーども)と握手や言葉を交わし、そしてハリー・ポッターとも握手を交わしている。 その光景は、ジェームズと彼女が他愛も無い話をしている時を彷彿させる。 ――ごめんなさい、ごめんなさいセブルス…その先は、言わないで…… 七年生を目前に控えた、夏の香りが強まりつつあったあの日。 彼女は逃げるように…否、実際、逃げた。 それは我輩自身からだったのか、それとも、何か別のことからだったのか。 気まずい雰囲気の中、夏休みを向かえた。 そして、新学期が始まっても、彼女が姿を現わす事は無かった。 誰に聞いても、あの仲の良かったリリー・エヴァンスですらその行方を知らず。 反対に問われたほどだ。 彼女は何処へ、と。 どれだけ探しても手掛かりの一欠片すら見つけることは出来きなかった。 それが何故、今更になって。 そして何故、あの頃と変わらぬ姿なのだ。 本当に、お前なのだろうか。 「本当に参るよ、あのロックハートの授業!」 「あら、そんな事ないわ!先生は実地でその力を…」 「それより、毎回壊される部屋の備品の方が僕は心配だよ」 はハリーたちと次の授業の教室に向かいながら、闇の防衛術の授業内容に付いて言い合っていた。 「それもそうね」 「ね、もそう思うよね。片付けも大変だし」 ハリーの意見に賛成しながらはクスクスと笑った。 (ああ、まるであの頃に戻ったみたい) ジェームズがいて、リリーがいて、シリウスにリーマス、ピーター…そしてセブルス。 「しかも最悪なことにこれから魔法薬学だ」 「あ〜あ、またスネイプに「グリフィンドール10点減点」とか言われるんだぜ」 「あとマルフォイがニヤニヤしながら見てくるのもムカツク」 「ていうか、あの人が入って来る時しん…」 「横一列に並んで歩かれると邪魔なのだがね」 頭上から降って来た低い声に四人はびくりと体を竦ませた。 「ス、スネイプ先生…」 ロンが恐る恐るといった声音で振り返る。 その先には、当然の様にスネイプが見下ろしていて。 「……」 ただ、いつもと違ったのは、その睨み付けるようにハリーを見下ろしている視線が、今日はに向けられていると言う事だ。 何かを問い掛けるような視線で。 だが、はそれを避けるように視線を落し、視界に入れない様にしている。 「ミス・」 びくり、と細い肩が揺れる。 「我輩に何か、言いたい事は」 「……」 スネイプの言葉には視線を揺らがせた。 「…わ、私は……」 は体の奥から押し出すように言葉を紡ぐ。 言ってしまいたい。 「…ッ…」 言ってしまえたら、どれだけ。 「……いいえ」 僅かにスネイプの表情が強張る。 は顔を上げ、にっこりと笑ってスネイプを見上げた。 「何もありませんよ?スネイプ教授」 「……そうか」 スネイプはそう小さく呟き、四人の脇を抜けていった。 「…っはあ」 がくっと張り詰めていた気を抜いて息を吐くと、同じ様にハリーたちが大きな溜息を吐いていた。 「、君、スネイプに何かしたのかい?」 ロンはそう言っての顔を覗き込み、ぎょっとした。 「?!」 ハリーとハーマイオニーもすぐにその異変に気付き、「どうしたの」と口々に尋ねる。 は、泣いていた。 「スネイプが怖かったの?」 「ち、ちが…」 ハーマイオニーのいつもより穏かな問いかけに、は首を横に振る。 スネイプが去り、気を抜いた途端溢れ出した涙。 ――我輩に何か、言いたい事は 「…違うの…そんなんじゃなくて…!」 言いたい事は、たくさんあるんです。 言葉で表せないくらい、とてもとても、たくさん貴方に伝えたい事が。 「私が、悪いの…私が……!」 もしあの時…貴方の想いから逃げ出したあの時。 私自身の想いから逃げたしたあの時。 「……なさ…ごめんなさいっ……」 私がもっと強くて、きちんと貴方の想いを断る事が出来ていたら。 貴方は今、幸せだっただろうか…。 「、君はここで待っていて」 開かれた秘密の部屋への扉。 「どうして!私も行くわ!!」 ロンとハリーは駄目だ、と繰り返す。 「君はこの事を先生達に知らせて」 「でも!」 言い合っている隙に逃げようとしたロックハートをロンが突き落とす。 「…結構深いみたいだぜ?」 「でも声は聞える。何とも無いみたいだ」 暗闇の底から文句とも嘆きともつくロックハートの声が聞える。 「というわけで、力仕事は僕らに任せてさ」 「、頼むよ」 そして彼らは秘密の部屋への道を降りていった。 「怪我なんてしたら承知しないから!」 はそう悪態を吐くと急いで職員室へと駆け出した。 早くしなければ、彼らが危ない。 は扉を開けるのももどかしく舌打ちをしながら勢いよく職員室への扉を開け放つ。 「ミネルバ!」 入室するなりマクゴナガルをファーストネームで呼び捨てた少女へ教師たちの視線が一斉に集まった。 その中にはスネイプもいたが、はその視線を無視して彼らの輪の中へ割って入っていく。 「ミネルバ、秘密の部屋へハリーとロンが向かったわ」 の台詞にミネルバの表情が凍り付き、周りの者たちがざわめく。 「場所は三階の女子トイレ。私もこれから秘密の部屋へ降りるわ。急いでアルバスを呼び戻して」 「はい、仰せのままに」 緩やかに腰を折るミネルバの姿に、殆どの者が眼を見張った。 だが、少女は当たり前の様に「ありがとう」と告げ、踵を返した。 「ミネルバ」 そしてふと思い出したように彼女は足を止め、振り向く事無く継げる。 「私は、今度こそサラザールとの約束を守ってみせる。だけど、もしもの時は…このホグワーツを、頼みます」 そして彼女は前を見据えたまま、今度こそ足を止める事無く出ていった。 「マクゴナガル先生」 スネイプが一歩前へ進み出て問う。 「彼女は、「誰」ですか」 その問いに、彼女は微かに痛ましそうな視線でスネイプを見た。 マクゴナガルは、スネイプがずっと誰を捜し、想い続けているのかを知っていた。 だから真実を告げるのは躊躇われた。 だが、これ以上は隠しておくのは難しい。 「彼女は創始者たちとの盟約により、このホグワーツを長き時に渡り見守り続ける存在です」 女子トイレにかけ戻ってくると、鏡台は開かれたままを待ち受けていた。 「マートル」 扉の上に腰掛けているマートルを見上げ、は告げた。 「もう会えないかもしれないけれど、今でも大好きよ、マートル」 だが、マートルはそれを否定するように首を横に振る。 『駄目よ、行っては駄目。が居なくなってしまったら私、こんな所で独りなのよ?嫌よ、が居なくなるのも、ここで独りにされるのも嫌』 は哀しそうに微笑うと「ごめんね」とだけ囁いて鏡台の下の穴へと飛び込んだ。 「やあお嬢さん、いらっしゃい」 辿り着いた先で真っ先に出会ったのはやけに陽気なロックハートだった。 彼は岩の上に座り、にこにことしている。 「え、ええ、ごきげんよう…」 (頭でも打ったのかしら?) ロックハートを捨て置き、奥へ進んでいくと、もう一人の姿を見つけた。 「ロン!」 薄暗いそこで大小の岩を除けているロンの姿を見つけ、駆け寄った。 「?!何で来たんだよ!」 ロンが驚いて手にしていたクアッフル大の幾つもの石をぼろぼろと落した。 「先生には知らせたわ。その後私がどうしようと私の勝手よ!ハリーは?!」 「先に行った!」 そしてロンと同じ様に向こうへの道を阻んでいる大小様々な石を除き始める。 「何だ?」 不意に澄んだ声が響いた。 「フォークスだわ!」 の表情に明るさが戻る。 二人の前に現れた鮮やかな火の鳥は、二人が作り上げた隙間から向こう側へと消えていった。 「私も行くわ!」 はフォークスが通り抜けた小さな隙間を無理矢理広げ、何とかその隙間を潜り抜けた。 「!」 だが、無理に広げて通った所為でその穴は再び崩れてた岩によって塞がれてしまう。 「ロン、ごめんなさい、後は任せるわ!」 は半開きの扉に手を掛け、その先へ進む。 「これが、バシリスク…!」 そこには巨大な蛇が纏わりつくフォークスを振り払っていた。 その死を呼ぶ眼はフォークスの鋭い嘴によって潰されている。 「ハリー!」 そのバシリスクの前には、ハリーがそのぬかるんだ床の上で立ち上ろうとしている。 「?!」 ハリーの動きが止まる。 だがバシリスクは大口を開け、鼻を頼りにその頭を振り下ろす。 「ハリー逃げて!」 は駆け出すと、慌ててその場から飛び退こうとするハリーに体当たりを食らわせた。 「っ!!」 左の肩口に、物凄い力が圧し掛かる。 「!」 「行って!早く!」 「でも君が!」 「ご覧の通り人間じゃないわ、だから大丈夫。早く!」 はハリーに落ちていた組み分け帽子を握らせ。入り組んだパイプへと押し出した。 その数秒後にフォークスが振り払われ、の隣りを素通りしてハリーの走っていったパイプへと滑っていく。 「ああ、これはちょっとヤバイかしら?」 そして漸くはバシリスクに砕かれた左肩へ視線を向けた。 左肩がある筈の場所は大きく抉られ、そこからは肉の断片でも血でもなく、引き千切られた若木がそこにあった。床には肘から少し上までしかない己の左腕が転がっている。 くらりと目眩がした。 恐らくバシリスクの牙には毒があったのだろう。 それでもは立ち上ると、呆然と立ち竦む青年と向かい合った。 彼の足元にはジニーがぐったりとして横たわっている。 「…久し振りね、リドル」 左肩と左腕が無くなったお陰でバランスが悪い。 「やはり、君なのか…どうして…」 「それはお互い様じゃないの?」 唇の端を意識して持ち上げる。 「僕は記憶だ。だが君は…」 「あなたは「ホグワーツの歴史」を読んだ事があったわね。覚えているかしら。こんな一文を」 『彼ら四人は守人を造り、その者にこのホグワーツを見守る事を定めた。 その者はヒトにあらず、ヒトの形をした植物である』 「君が、そうだとでも…?」 リドルの声が微かに震えている。 「そうよ」 リドルが口を開きかけ、再び閉ざした。 ハリーが入っていった所とは違うパイプから姿を現わした。 その手には剣を持っている。 「ハリー」 叫んだつもりだったが、呟くような声しか出なかった。 彼の背後からはバシリスクがその足音を追って這い寄ってくる。 「その剣は…」 大きなルビーの嵌め込まれたその剣に、見覚えがあった。 ゴドリックがこの時の為に遺した剣。 「ハリー、バシリスクの鱗はとても固いの。だから、口から頭を狙って!」 叫ぶとまた目眩がした。 「わかった!」 ハリーは口を開けて襲ってくるバシリスクに向かってその剣を突き出した。 「くっ…」 鈍い音がして切っ先がバシリスクを貫通する。 だが、その牙はハリーの右腕を捕らえていた。 「ハリー!」 重い体に舌打ちしながらハリーの元へ駆け寄ろうとするが、リドルにそれを阻まれた。 「リドル、放して」 だが彼は無言で、怒りと哀しみの入り交じった、そんな表情でを見下ろしていた。 ハリーの傍らに舞い下りるフォークスと腕を掴んだままのリドルを交互に見やる。 「君が歴史書通りの存在ならば、何故立ちはだかる。君は…」 ――私はここを去る。もう、二度と帰る事はないだろう。だけど… 彼の声は忘れてしまったけれど、それでも今でもはっきりと覚えているその言葉。 「…ええ、そうね、私は…」 ――…このホグワーツを見守って欲しい。 「私は、・スリザリン。もう一人のスリザリン」 「その君が、何故サラザール・スリザリンの望みを妨げるんだ」 「いいえ、サラザールの意志は、バシリスクの死。そしてこの部屋の閉鎖」 リドルの目が微かに見開かれる。 「どうしてサラザール自身がバシリスクを使って目的を遂げなかったと思うの?サラザールは寸前で思い留まったのよ。だからサラザールはこの部屋を封じたのよ。 あの時、まだ若かったバシリスクはサラザール自身ですら手に負えなくなっていた。だからサラザールはここにバシリスクを封じ、私たちに言ったわ。もし、この部屋を解き放つ者が現れたら止めて欲しいって。 サラザールがこの学校を去ったのは、自分たちの愛する生徒やゴドリックたちを害しようとした自分が許せなかったからよ!」 の言葉にリドルは首を横に振った。 嘘だ、彼は混血と穢れた血を消し、純血だけの学校を。 「私たちは彼がホグワーツを去った理由を誰にも言わなかった。それが後々、歴史書にあんな風に書かれるとは思わなかったけれどね。 だけどサラザールは決してゴドリックたちに失望して去ったんじゃない。自分が許せなくて去ったのよ」 呆然としているリドルから視線を外し、ハリーを見る。 「ハリー、傷は?」 「えっ、あ、うん、フォークスが…」 「そう、良かった。お願いがあるの。そこの日記を渡してちょうだい」 が示したその黒表紙の日記をハリーはに差し出す。 「ありがとう。…リドル」 彼の本体である日記を手に、はリドルを見上げる。 「もう、こんな小さな所に閉じ込められる必要はないの。いいえ、始めから、無かったのよ」 がくりと膝を付いた彼を、は日記を持ったままの右腕で抱き寄せた。 「…あの時、もし君が…」 リドルの腕がの背中へ回される。 「…君が、僕を愛してくれていたら…」 責めるでもなく、ただ淡々と告げられたその言葉に、は小さく謝罪した。 「ごめんなさい…」 の手から日記が落ちる。 その日記は自然に開かれ、やがて紙面だけが燃え始めた。 それに伴って彼の体も見えない炎に焼かれるように消えていく。 「さようなら…十六歳のリドル…」 そして、表紙と僅かな紙面の残った日記だけが残った。 「……さあ、全て終わったわ」 「、君は…」 「説明は後よ。ああ、悪いけどハリー、ローブを貸してもらえるかしら」 さすがにこの傷を曝して歩けないから、と彼女は笑う。 確かに彼女の左肩は制服ごと引き千切られ、その人ではない中身を曝している。 「あ、うん…泥だらけだけど」 「構わないわ」 ハリーが途惑いながらローブを渡すと、はそれを纏い、傷を隠した。 「う、ん…」 「ジニー!」 ハリーがジニーの前に掛け寄ると、彼女はがばっと置き上がって一瞬身震いした後、泣き出した。 「もう大丈夫だよ」 ハリーが宥めると漸く周りに視線が向かったのか、ジニーはを見上げた。 「先輩…?」 どうしてここに、という視線に、は「まあワケアリってね」と弱く笑った。 「さあ、行きましょう。ロンが待ってるわ」 私はロンたちと一緒にミネルバの部屋を後にした。 左肩の事はハリーには口止めしてある。 ハリーは毒の心配をしていたけれど、ハリーと違って食い千切られた私は、多少傷口に毒が残っていた程度で、軽い目眩だけで済んだのだ。 だが傷口がこのままでは服などに引っ掛かる。 ミネルバに取り敢えず包帯を巻いて欲しいと頼むと、彼女は涙を目尻に滲ませながら包帯を巻いてくれた。 私はその上から新しい制服を着て、その空いてしまった隙間に布を適当に詰め込んだ。 ちょっと不自然な膨らみ方をしていたのでローブも羽織った。 まだ少し意識していないとバランスを崩してしまうけれど、それでも普通に歩く事は出来る。 ハリーに借りたローブを洗って返した時、彼は少しだけ私の左肩に視線を向けた。 私が大丈夫よと笑うと、彼も少しだけ笑い返してくれた。 そして私は思った通り好奇の視線に曝された。 そりゃあ左腕が無いんですもの。わかってはいたけれどね。 最初はローブで隠れてて気付かない人の方が多かったんだけど、数人が気付いてあっという間に噂が広がって、聞かれる度に「そうよ」って答えてたら何時の間にか学校中に知れ渡っていた。 さすがに肩までないと言うのは気付いている人は居ないみたいだけど。 もう少し。もう少しで夏学期が終わる。 そうすれば、例え私が姿を消してもどうにでもなる。 私の体は、もう枯れかけている。だから、これ以上ここには居られない。 アルバスにもそう伝えた。 ハリーたちが夏休みを終えて三年生としてこのホグワーツへ戻ってくる頃には、私は「家の事情」でこのホグワーツを去る。 やがてハリーたちは私を忘れていくだろう。 そう、彼もきっと。 「!!」 ぐらりと視界が揺れた。 ハリーたちが慌てて私の周りに膝を付く。 「、大丈夫?!」 早く起き上がらないと。 大丈夫よ、いやあね、こんな廊下で倒れるなんて。ローブが汚れてしまったわ。 そう言って笑わないと。 「、しっかりして!」 ああ、駄目だわ。体が動かない。 あと少しだったのに。 どうしよう。 私、ずっと思っていたのよ。 私の事なんて忘れて、幸せになってって。 そう思って来たのに。 「!」 どうしよう、彼の声だわ。 「ス、スネイプ先生」 ロン、どうもありがとう。幻聴じゃなかったのね。 「!」 彼がハリーたちを押し退け、私を抱き起こす。 「!」 彼のローブに染み付いた薬草の匂いが微かにした。 ああ、私… 「…ねえ、セブルス…私、臆病だったね…」 「しっかりして!」 聞き覚えのある声にスネイプは足を止めた。 廊下の先で、例の三人組みがしゃがみ込んで何やら喚いている。 下らない事だったら減点してやろうと思いながらその輪に近付き、彼らが囲んでいるそれが何であるか悟った瞬間、スネイプの頭の中は真っ白になっていた。 「!」 偶然居合わせた生徒たちがびくっとしてスネイプを見る。 だが彼はそれに目もくれず彼らに駆け寄った。 「ス、スネイプ先生」 ロンの驚いた声にも構わず、スネイプはぐったりと倒れ込んでいるを抱き起こした。 「!」 名を呼ぶと、焦点の合っていなかった彼女の視線がスネイプを捕えた。 「……」 その唇が、何かを紡ごうとしている。 「…ねえ、セブルス…私、臆病だったね…」 力無い、それでも澄んだ声がその唇から漏れた。 「私ね、むかし、サラザールを愛したわ…彼も私を愛してくれた…けれど、あの人はこのホグワーツを去った。私を置いて…。私はここを守らなくちゃならないから…私は、その為に人の姿を貰ったんだから…。 でもね、本当は連れていって欲しかった。 だけど、私もサラザールも、自分の事で手が一杯で…。 凄く後悔したわ。もう誰も愛さないって決めたの。 もう、あんな思いはしたくなかったから…」 だけど、と彼女は泣きそうな笑みを微かに浮かべた。 「まさか、千年以上も経ってまた誰かを愛するなんて思わなかった…。 セブルス、あなたが私を好きだって言ってくれた時、本当は嬉しかったの。 だけど、私は家庭を作れる体じゃないし、あなたがおじいちゃんになっても私はこの姿のままなのよ…。 何より、また独りになるのが怖かった…いつかあなたが居なくなって、またあの思いをするくらいなら、始めから要らないって、そう思おうとした。 だから私は生徒として通うのを止めて、またゴーストみたいな生活を続けていたわ」 私の事、恨んでいるでしょう? そう言った少女に、スネイプは首を横に振った。 「お前を恨んだ事など無い。私は今でも…」 その先のセリフは、自身によって阻まれた。 「その先は、言わないで。…聞いてしまったら、死ぬのが怖くなる」 だが、スネイプはそれを拒否するように首を振った。 「死ぬな…死なないでくれ。人じゃなくても良い、お前が永久に生きるのなら、私は賢者の石だって作ってみせる。だから、」 スネイプの言葉が詰った。 のその瞳から大粒の涙が溢れ出したのだ。 「セブルス…!私、あなたと結ばれて、子供をたくさん産みたかったっ…そんな事、出来るはずが無いのに…私は人間じゃないのに…!」 片方だけの腕がスネイプの頬に伸ばされる。スネイプはその手を取り、己の頬に当てた。 その手は驚く程冷たく強張っている。 「ああ、私は約束を守れたかしら…ゴドリック、ヘルガ、ロウェナ…サラザール…私、誉めてもらえるかしら…それとも、もう千年くらい頑張れよって笑われるかしら…」 先程まで溢れていた涙は底を付いたかのようにそれ以上溢れる事はなかった。そして今までスネイプを捕えていた視線も、何処か遠くを見詰めている。 「、逝くな…!」 そう強くの手を握り締めると、彼女はゆったりと再びスネイプに視線を向けた。 けれど、その視線は不安定で、もう彼女が本当にスネイプを見ているのかすら危うい。 「セブルス…私、生まれ変わりが本当にあるのなら、人間に生まれたい…今度こそ、あなたと幸せになりたい…」 そしてその手を離し、今度は指を絡めるように握り締めた。 「私、あなたを探すわ。あなたが私を探してくれたように、今度は私が探すわ…だからセブルス、私の事、忘れないで…好きじゃなくても良いから、ただ覚えていてくれればいいから…」 「…待っている…だから、帰って来い」 スネイプの言葉には嬉しそうに微笑んだ。 「ありがとう」 不意に、その手の感触が無くなった。 「!」 !とハーマイオニーの悲鳴のような叫びが聞える。 少女の体は、さらさらと崩れ去り、やがて光となって消えた。 「……」 スネイプは呆然と腕の中に残った彼女の制服を見下ろしている。 「セブルス」 不意に背後から掛かった老人の声に、スネイプの体がぴくりと震えた。 「制服の腹の辺りを探ってみなさい」 ダンブルドアの言葉にスネイプは訝しげに彼を見上げたが、彼のそのきらきらとした視線に負け、スネイプはその制服を捲り上げた。 「…これは…」 スネイプはそこにあったものを手に再びダンブルドアを振り返る。 「彼女の種子じゃよ。それが、次の守人となる」 手にしたのは、胡桃大の大きな種。 「その種子が育ち、やがて人の形を取る。それが再びであるか、別の人格であるかはわしにも分からん。じゃがセブルス、それを育ててみんか?」 「…私が、育てる…?」 「そう。が返って来るまで、それに愛情を注いでやると良い」 スネイプは己の手の中のそれを見詰める。 「……」 やがて彼は残されたその制服一式をローブで包み込み、それを抱えて立ち上った。 手には種子がそうっと握られている。 彼は何処かに思考を飛ばしたまま、ダンブルドアに会釈をする事も忘れて足早に何処かへ向かってしまった。 「さて、次の魔法薬学の授業はハリー、君たちだったかね?」 あのきらきらとした目で見詰められ、ハリーたちは無意識に姿勢を正した。 「あ、はい…」 「では、次の授業は自習だとみなに伝えなさい」 それだけ告げてダンブルドアはハリーたちの元から立ち去ろうとする。 「ダンブルドア先生!」 ハリーの声に彼が振り返る。 「は、は帰って来ますよね?!」 すると彼はにっこりと 「スネイプ先生と約束しておったじゃろう?帰って来るとも」 そう笑った。 (終) +−+◇+−+ 前半と後半、かなりすっとびましたね。いやもう書きたい所だけ書きましたって感じで。(爆) 本当はこのヒロイン、マートルとも仲が良いのでその話も書きたかったんですが、投げ出しました。あとバシリスク戦も殆ど投げ出してました。(最悪) あと、この話はかなりマイ設定で突っ走ってるのでもうさらりと流してください。 ていうか最後の方、廊下でロマンス(何)だよ。ギャラリー付いて行けれなさそう。(笑) あーこれも終わり方が強制終了っぽいわ・・・いやまあ強制終了なんだけどさ。 関連タイトル:「満月」 (2003/06/10/高槻桂) |