「僕はジェム。ジェム・
握手をした時、額の傷が疼いたのを今でも覚えている。
あの時はジェムは関係ない、気のせいだと思った。
だけど。



「ジェムは我が息子として恥じぬ様育てよ」



あのハロウィーンの夜に見たものが事実なら。
彼が、ヴォルデモートの息子だったとしたら。
僕は、どうすれば良いのだろう…。





その日の最後の授業は、魔法薬学だった。
スネイプは相変わらずグリフィンドールを減点した。
やはりネビルが微妙な出来具合だったが、それを除けば特にこれと言った事はなかった。
だが。

「ポッターとミスター・は放課後、我輩の研究室に来るように」

この一言にハリーは思わずジェムを見た。彼もハリーを振り返っていて、けれどすぐに視線を逸らしてドラコと共に席を立った。
「わかりました」
それだけ返してジェムはドラコたちと出ていってしまった。
ハリーも同じ様にスネイプに短い返事を返してロンたちと地下牢教室を出ていく。
「君とジェム、何したんだい?」
地下牢教室を出るなりロンが聞いて来た。
「うーん…心当たりは一つだけあるんだけど…まだ分からないから帰ってきたら話すよ」
取り敢えずテキスト類を置きにグリフィンドール塔に戻ろう。
ハリーは微かに速くなった鼓動を誤魔化すように肩を竦めた。




ジェムとハリーは地下への階段の手前で会った。だが、二人とも何も言わずに黙々とスネイプの研究室へと向かう。
扉の前に辿り着くと、ジェムがその扉をノックした。
「スリザリン三年、ジェム・とグリフィンドール三年、ハリー・ポッターです」
中からの入室を促す応えにジェムが扉を開け、ハリーはその後に続いて室内に足を踏み入れた。
スネイプは相変わらず気味の悪いホルマリン漬に囲まれながらレポートの添削を行なっていたが、二人が入って来ると羽根ペンを置いて立ち上る。彼は左側の壁にある扉へと向かい、その扉を開けて二人を促した。入れという事らしい。
ハリーはジェムに続いてその扉を潜り、眼を見張った。
そこは、地下という事でさすがに窓こそ無かったが、一般家屋にあるようなリビングが広がっていた。研究室の寒々とした雰囲気とは一変し、暖色系に纏められたリビングの奥にはダイニング・キチンが続いている。
「ああ、いらっしゃい」
キッチンから明るい声が掛かる。スネイプの妻であるがお茶の用意をしていた。
「…ここって母さんの部屋じゃなかったっけ」
ジェムが呆然としたように問うと、彼女は「改装したのよ」と軽く告げた。
「どうせ私はセブルスと一緒に寝るんだから、ここはリビングに変えたのよ。ついでにダイニングと繋げてね」
さあ、そんな所で突っ立っていないで、座りなさいな。
に促され、二人はベージュ色をしたソファに並んで腰を下ろした。
ハリー、ジェム、そして彼女自身の前にはグレープフルーツジュースが置かれ、テーブルを挟んでジェムの向かいに腰を下ろしたスネイプの前にはブラックコーヒーが置かれた。
「リリは?」
視線を落したままジェムが問うと、昼寝中だという答えが母親から返ってくる。
「大事な話だから、ちょっと眠ってもらったの」
「ふうん…」
聞き様によっては少々物騒な会話を聞きながらハリーはじっと己の膝を見詰めていた。
(…何の為にここに居るんだろう…)
室内にはほのぼのお茶会ムードが漂っている。
もしかして自分が想像した事じゃなく、ただ単にがお茶会をしたかっただけなのだろうか。
いやしかし先程「大事な話」と言っていたじゃないか。
「ハリー」
ぐるぐると回る思考に割って入ったの声にハリーははっとして顔を上げる。
「は、はい」
穏かな表情をしたの隣りで「ぼうっとするな」とでも言いたそうなスネイプが視界に入る。(思考に没頭しかけてしまったのは必ずしも自分だけの責任では無いとハリーは思う)
「そしてジェム。ハロウィーンの時、私の記憶に引きずり込んでしまってごめんなさいね」
「あ、いえ…」
何て言って良いのかとハリーが口篭もっていると、彼の隣りから「母さん」と声が上がる。
「じゃあ、やっぱりあれは本当にあった事なんだね」
は短くそれを肯定する。
「どうして僕やハリーだけが観たの?」
「歌に引き摺られるには条件があるわ。時間は私の歌を聴いている間、引き摺られるのは私と深い関わりがある人。今回引き摺られたのは夫のセブルスと、私と血の繋がったあなた、そしてヴォルデモート様の力を受けたハリー」
「リリは観なかったの?」
の血を引く女は「歌」の干渉を受け付けないの。だから私は自分の歌声を聴いても大丈夫なのよ。リリに私の「声」の力は引き継がれなかったけれど、そこは受け継いでくれたみたい。何も見なかったらしいわ」
その応えにジェムは沈黙し、一度何かを言おうと口を開いたが、言葉が漏れる事無く閉じられる。
「……僕は…」
短い沈黙の後、再びジェムが口を開いた。
「僕は、本当に父さんと母さんの息子なの…?」
恐らくジェムが、そしてハリーが最も聞きたかった事をは一瞬きょとんとし、そして笑い出した。
「母さん!」
ジェムが苛立った声を上げると、彼女は笑いながら「バカね」とジェムへと視線を向ける。
「鏡見てご覧なさいな。お父さんそっくりじゃないの」
「だけど、ヴォルデモートが僕を自分の息子って!」
するとは何処か哀しげな表情をしてジェムから視線を逸らした。
「それを話すととっても長い話しになるんだけど、一言で言うならあの人はあなたを自分の後継を兼ねた側近にしたかったのよ」
だから、あなたが私とセブルスの息子である事は本当よ。
「じゃあ…じゃあ、僕は父さんと母さんの子なんだね?ヴォルデモートの子じゃないんだね?」
「だからそうだって言ってるじゃないの」
すると、ジェムは気が抜けたようにソファに凭れ掛かり、ずるずるとその身を沈めた。
「なんだ……」
本当は、聞きたい事はまだあった。…この腕の痣の事とか。
けれど、今はとにかくその事実だけで十分だった。
「…良かった…」
ソファに沈んだまま隣りに座るハリーを見上げると、ジェムは苦笑する他無い、といった表情をした。
「何、やってたんだろ…僕ら」
この数日、気まずさに顔を合わせる事すらまともに出来ず、合同授業の時は無駄に神経張り巡らせて。
廊下を歩いてる時ですらかち合わないだろうかと落ち着かなかった。
するとハリーも同じ様に苦笑して。
「まあ、勘違いで良かったじゃない」
そしてすぐに「あれ?」とジェムからへと視線を移した。
「でも、先生自身は…その、何て言うか…記憶を見られたかどうかっていうのは分かるんですか?」
今まで何度も彼女の授業を受け、その歌声を聞いて来たが彼女の記憶に引き摺られたのは今回が始めてだ。
「いつもは何も考えない様にしているの。あの時はああいう歌だったから、どうも…思い出しちゃってね。あっしまった!って思ったんだけど、まあ、いつかは言わないといけないだろうと思っていた事だったし。ハリーも観てしまったのは予定外だったけれど結果オーライという事で」
ね?と彼女は夫に同意を得るように見る。が、スネイプは視線を逸らしてコーヒーを啜るだけで何も言おうとはしなかった。
ジェムは体を起こしてグラスを手に取る。ハリーにも促してからジェムは細いストローからグレープフルーツジュースを吸い上げた。
「ねえハリー」
喉を潤した後、ジェムは徐にハリーに問い掛けた。
「何?」
ハリーがストローを廻し、カラカラと氷を鳴らしながらジェムを見る。
「僕は君の友達でいても良いのかな?」
するとハリーは一瞬眼を見張った後、「勿論」と笑った。
ハリーの斜向かいではそれを嫌そうに眺める魔法薬学教授の姿があったが、彼らはそれを無視する事にした。









(終)
+−+◇+−+
ハリーの出番殆ど無し。そしてジェムがハリーと仲良くするのがお気に召さないご様子。彼にとってハリーは悪い虫でしかないようです。(爆)
リビングは元々はヒロインの部屋でした。が、セブの寝室で一緒に寝てるので自分の部屋をリビングにしてダイニング・キチンと繋げてしまいました。なので研究室に入って正面の扉を潜ると短い廊下に出ます。突き当たりのドアが寝室、左がダイニング・キチン、右の手前が書庫、奥がヒロインのクロゼットやら置いてある小部屋に繋がってます。ちなみに研究室は映画版を参照。
本当は「家族」ネタも絡めるつもりでしたが、無くてもいいや、と放り出しました。ていうか実はジェムとハリーの仲は二年生の頃より疎遠になってます。(爆)
関連タイトル:「ハロウィーン」、「疑惑」
(2003/07/23/高槻桂)

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