01.覚めない眠り
(幸村×乾/テニスの王子様)


「幸村?」
ふいに静かになった傍らを見れば、彼は乾の肩に頭を預けたまま微かな寝息を立てていて。
仕方ないなあ、なんて思いながら、けれどこのままだと風邪引くよな、とも思ってちょっと迷う。
起こした方が良いよな、なんて思いながら、でもこの肩の温もりが結構心地よくて。
このまま、と思う気持ちと起こさなくては、と思う気持ちがぐるぐる回る。
「……幸村、風邪引くよ」
もうそっと一度呼んでみても、彼は眠ったままだ。
ふと一つ小さな溜息を吐いて、彼の背中に腕を回す。ゆっくりと体をずらしてその印象よりがっちりとした体を抱きとめた。
「…よっと」
その体を抱き上げ、ベッドの上にそっと横たえる。
シーツを掛けてこれでよし、と身を起こそうとしたら引っ張られてバランスを崩した。
「ぅわっ」
とさりと幸村の上に倒れこんでしまう。くすくすと笑う声。しまった、騙された。
「…幸村」
「ごめん、だって乾が可愛くて」
自分より女性的な顔立ちを持つ彼に言われると何となく複雑な気分になる。
「ねえ、一緒に寝ようよ乾」
「寝るにはまだ早いと思うんだけど」
「ちょっと遅めのお昼寝って事で、ね」
何だかんだ言いながらも幸村のおねだりに弱いことを自覚している乾はもう一度溜息を吐いて仕方ないといった態でベッドにもぐりこんだ。
そして数分後、穏やかな寝息だけが室内を満たす。
目覚めまでにはまだ、遠い。




02.拒絶の言葉と
(柳×乾/テニスの王子様)


彼は固い表情でダメだよ蓮ニ、と呟いた。
「俺たちはもう、戻れないんだから」
「戻る必要はない。これからまた、二人で築いていこう」
けれど彼は弱々しく首を横に振る。
「もう、蓮ニと築くものは何も無いよ」
「貞治、何をそんなに怯える」
「怯えてなんて、ない」
そう言う彼の視線は逸らされていて。言葉と真意が食い違っていると言っている様なものだった。
「貞治、俺を見ろ」
「……」
彼は逸らしたまま見ようとしない。
顎をつかんで少し強引にこちらを向かせると、一瞬だけ眼を合わせたがそれでもすいっと逸らしてしまう。
「れんっ…」
その薄い唇に噛み付くように口付けると、逃れようと身を捩った。けれど逃がすつもりは無い。強く抱き寄せてその長い足の間に己の足をねじ込む。ぴくりと震える体。
「…っん、ん…」
これ以上に無いほど密着して唇を貪る。
次第に弱まる抵抗。
熱を帯びていく肉体。
「…貞治」
「…っは…ぁ…」
羞恥と熱と戸惑いに目元を染め、濡れた唇が艶めかしい。
ぐいっと腰を擦り付ける。だめだ、れんじ。舌ったらずな声。それを喰らうようにもう一度口付ける。
「ぁ、ダメだ、蓮ニ、もう、だ、んっ…」
拒絶の言葉を吐きながら、けれどもう抵抗のないその体をかき抱いた。
「…俺を拒むな、貞治」
そんな事は、許されないのだ。
「…れんじ…」
お前とて、わかっているのだろう、貞治。
俺の全てがお前のためにあるように。
お前の全てもまた、俺のためだけにあるのだ。
拒絶など、許されるはずが無い。
「俺を、拒むな」
許されるはずも無いのだ。




03.鳥籠に似た
(黒羽×乾/テニスの王子様)


ああ、俺ってこんな独占欲、持ってたんだな。
黒羽と二人で居るとそう実感する。
黒羽は人当たりがいい。面倒見もいい。
それは彼の美点だと分かっているのだけれど。
そんな彼が好きなのだけれど。
黒羽が他の人と仲良くしているのが気に入らない。
黒羽が子供たちの面倒を見ているのも気に入らない。
いつからこんな風に思うようになってしまったんだろう。
そんな自分が嫌で、それを全部黒羽に打ち明けた。
そうしたら、彼はあの大らかな笑みを浮かべて、なんだ、同じじゃねえか、と言った。
お前だって人当たりいいし、面倒見もいいだろ。
俺だってそれがお前の良い所だって分かってる。
そんなお前が好きなんだしな。
でも、やっぱお前が他のヤツと仲良くしてるとむっとする。
お前が後輩の世話焼いてるの見るのもむっとする。
な、俺ら、同じなんだよ。お前だけじゃない。
俺だって、独占欲くらいあるさ。
だから乾。いつも身を引いてるばかりじゃなくてよ。
もう少し、強欲に行こうぜ?
そう言って、彼は笑った。
ああそうか。もう少し、欲張りになっても良かったのか。
そう思ったら、気持ちが軽くなった。




04.記憶の断片
(大和×乾/テニスの王子様)


終わりを迎えたのは、あの人が卒業したその日だった。
別に別れようって言ったわけでも言われたわけでもない。
ただ何となく、これで終わりなんだなって思った。
中学と高校に分かれてからもこの関係を続けようとは思わなかったから。
あの人も何も言わなかった。俺も何も言わなかった。
ただ普通に、おめでとうございます、って言って。
ありがとうございます、って返された。
それっきり、あの人とは会ってない。連絡も取ってない。
結局はその程度だったのだろうと思う。
そもそも、付き合っていたとはいえ、一度もあの人は好きだとは言わなかった。
付き合ってみませんか、で始まって、何となく続けてきた。
だから別にこれは恋愛ではなかったのだ。
だけど。
乾君、と呼ぶあの人の声が。
今も耳を離れない。




05.深すぎる想い
(海堂×乾/テニスの王子様)


海堂は、眠る俺の首を絞める。
と言っても首に指の痕が残るようなものではなく、そっと首に手を添えて首筋を少し押さえる程度だ。
海堂は気付いていないと思ってるだろうけど。
俺が海堂の部屋に泊まったその夜更け、決まって海堂は俺の首をやんわりと絞める。
寝ているはずの俺は無抵抗にそれを受け入れる。
そうすると、暫くの間首を締めて気が済むのか、海堂は再び眠りに就く。
俺は寝たふりをする。知らないふりをする。
理由を知ろうと思ったのは、最初の内だけだ。
今となっては理由など、どうでもいい。
いつかその手に力が篭り、俺の首には海堂の指の痕が付くのかもしれない。
けれどそれもまた、善しと思う自分が居る。
そうして今夜もまた、俺は眠ったふりをする。




06.乾いた瞳
(亜久津×乾/テニスの王子様)


「さっきから何してんだ」
天井を見上げてしぱしぱと瞬きをしている乾に問いかけると、んー、と生返事が帰って来た。
「なんかね、最近眼がしぱしぱしてて」
「夜更けまでパソコンやってるからじゃねーの」
「ん、そうだろうけどね。んー」
そう言っていつまでも天井を見上げてるもんだから。
「おい、乾」
「ん?のわ?!」
その体を引き寄せて、目尻に舌を這わせてみた。
「え、なに?なに?」
「治ったか」
すると乾は数秒きょとんとした後、あのね、と笑った。
「反対側も治して」




07.その一瞬に
(越前×乾/テニスの王子様)


あの人を綺麗だと思ったのは、これが初めてじゃない。
サーブを打つときのピンと伸びた指先。
眼鏡を指で持ち上げる仕草。
まっすぐに立つその姿勢。
口元だけの微かな笑顔。
そんな姿に、いつも少しだけ、時間を奪われる。
「どうした、越前?」
きょとんとして見下ろしてくるその姿も。
「…何でもないッス」
ああ、全てが視線を捕らえて放さない。
もう少しだけ、待っていて。
アナタに相応しい男になるから。
今日もまた、俺の時を奪って。




08.一筋の紅
(跡部×乾/テニスの王子様)


乾の白い腕に一筋の朱が走っている。
薄らと蚯蚓腫れになった細長いそれは、部活中にフェンスの切れ目に引っ掛けたのだという。
彼にしては珍しいことだ。
恐らく、他の誰かを庇ったとか、そんな所だろう。彼はそういう男だ。
出血しているわけでもないし、放って置けば治るよ。
そう平然と言う乾のその腕を取る。
跡部?と小首を傾げる乾を尻目に、その紅の筋に舌を這わせた。
ぎょっとして腕を引こうとするのを押さえ込み、舌を往復させる。
ぴくりと震える指先。微かに鼻に掛かった声が漏れる。
そのまま舌を這わせていき、指先に辿りつく。
跡部、と困ったような、けれど少し甘えたような色の混じった声で乾が呼ぶ。
するか?と問えば、逡巡した後、彼はこくりと頷いた。
そうこなくては。小さく喉で笑ってその腕を引いて彼の細い腰を抱き寄せた。




09.傷つけばいい
(河村×乾/テニスの王子様)


時折、無性に困らせたくなる。
いつも我が儘を聞いてくれて、こちらの都合に合わせてくれる。
そんな風に微笑まれると、付け上がってしまうからやめてほしい。
でも、そんな笑顔が好きなのも事実で。
だから時折、無茶を言ってしまうのだ。
けれど彼は出来る範囲の事ならば叶えてくれるし、出来ない範囲の事ならば、困ったように笑ってごめんね、と謝る。
ああ、だからダメだって言ってるのに。
俺を、そんなに甘やかさないで。




10.例えばそんな結末
(仁王×乾/テニスの王子様)


付き合っているのかと言われればそうだと言っていいだろう。
けれどそこに愛があるのかと問われれば首を傾げるしかない。
興味から始まって、体を重ねるようになって、気付いたら大抵の休みは一緒にいるようになっていた。
半ば惰性のそれに愛があるのかと問われても答えようが無い。
終わらせるべきなのだろうか、と思う時がある。
けれどわざわざ別れを切り出すほどの中でもないような気もするし。
きっとこのまま、何となく時が過ぎて、気付いたら終わっているのだろう。
そう思っていた。のに。
「の、乾。ちゃんとオツキアイ、せん?」
フツーの会話に紛れてしまいそうな口調のそれを脳内で反芻する。
「…ちゃんと、ね」
「そ、ちゃんとじゃ。おんしと恋人同士になりたいんじゃ」
「今の状況はそうじゃないの?」
「今はどっちかっつーとセフレっちゅー感じじゃろ」
「まあ、否定はしないけど」
「じゃから、恋人同士にランクアップせん?」
「なら聞かせてもらうけど、仁王は俺の事が好きなのか?つまり、恋愛感情で」
「ん、それなりに、じゃな。乾は?」
「ん、俺もそれなりに、かな」
「じゃったらええじゃろ」
「いいのかな」
「ええんじゃ。で、その次にはそれなりに好きから結構好きにランクアップじゃ」
「その次は?」
「ものそい好きにランクアップ。最終レベルはどーしよーもないくらい好き、じゃ」
「うん、まあ試してみてもいいけど」
「おし、なら目指せバカップルじゃ」
「おー?」
こうして、このまま何となく終わるだろうと思っていた関係は、新たに歩みだす事になった。
ま、終わりよければ全てよし、ってところかな。

 



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