01.硝子越しの外
(知念×乾/テニスの王子様) 「ここは、空が高いね」 硝子越しに乾はじっと雲一つ無い空を見つめる。 そんなに熱心に、懸命にとも言えるほど青い空を見つめるくせに、決して窓を開けようとしないその後ろ姿は何処か儚げで。 そんなに欲しいのなら、開けてしまえばいいのに。 開けてしまえば、あの空とこの部屋は一つになるのに。 けれど乾は開けようとしない。開けるという選択肢が始めからないように。 ただ硝子越しに見つめるだけだ。 「とぅるばらんけー」 青空に囚われてしまっている乾を笑い混じりに引き寄せる。 「あがとーまでぃ、行くばー?」 「まさか」 腕の中で乾が微笑う。知念も笑う。 笑わなければ、本当に彼があの空にまで行ってしまいそうで。 「いけないよ、俺は」 嘘吐き、とは言えず、知念はただ笑って乾を抱きしめた。 02.金網の向こう側 (真田×乾/テニスの王子様) 金網一枚隔てた向こう側。 立海のレギュラー陣が各々コートに散って練習をしている。 乾は視線をコートに固定したままペンをノートの上で躍らせる。 どうせ後で書き直すのだ。自分が分かればそれでいい。 視線の先で、黒い帽子を被った青年がこちらを見た。 あ、見つかった。 すとんとその場に縫い付けられたような威圧感に乾は悟る。 そのまま数秒、お互いに動かない。見詰め合ったまま。 動いたのは向こうだった。 ふいっと何も無かったように視線を逸らしてまたラケットを構えた。 何も変わらない。 所詮こちら側とあちら側。 境界線は、越えられないのだ。 きっともう、彼は二度とこちらを見ないだろう。 乾はそう思いながら、それでもペンを繰るのを止めなかった。 03.斜め前の席 (宍戸×乾/テニスの王子様) 宍戸はいつも斜め前の席に座る。 どうしようもない時以外は、大抵そう。 真正面に座ることは滅多に無い。 え?なにこれ、俺さりげなく避けられてる?なんて思ったりして。 ずばりと聞いてみたら宍戸は顔を真っ赤にして怒った。 「恥ずかしいんだよ!」 何が。俺と一緒にいるのが?でも宍戸も俺の事好きなんだよね? 「悪い意味じゃねえよっ」 ならどういうこと? 「ああったくチクショウ、だから、こういうの、馴れてねえんだよっ」 ああ、なんだ、テレてたのか。 そう思ったら、この中途半端な距離がとても愛しく思えてしまった。 04.電話越しの声 (天根×乾/テニスの王子様) 乾さん、乾さん! 何処か遠くで呼ぶ声にあれ、と思う。 これ、知ってる声だ。俺の好きな声。 とか思いながら薄らと目を開けてみると、目の前には開かれたままの携帯電話。 そこから乾さん、とか大丈夫ですか、とかどうしたんですか、とか慌てた声が聞こえている。 あれ? むくりと身を起こす。どうも机に突っ伏して寝てしまっていたらしい。電話中に。 「あーごめん、意識飛んでた」 携帯を耳に当てて謝ると、よかったぁと電話の向こうでへたり込んでそうなくらいの安堵の声が聞こえてきた。 「ホントごめんね」 謝りながら時計を見る。記憶にある時間より微かに進んだ長針。 五分にも満たない時間だが、電話途中に突然音信不通になったらそりゃあ驚くだろう。寧ろ怒って切ってしまっていても仕方ないと思う。 けれど彼は律儀に呼び続けていたらしい。 また睡眠時間削ってなんかやってんでしょ、と図星を突いてくる天根の言葉に乾は誤魔化すように笑って囁いた。 「ありがとう」 へ?と素っ頓狂な声に、更に笑みを深める。 ああ、可愛いなあ。 05.屋上の風 (日吉×乾/テニスの王子様) ねえ、屋上に出てみてよ。 そんなメールが来たのは、昼休みに入ってすぐ。 何を突然、と思いながらも、あの人はすぐに突飛な事をしたがるから、と思い直して日吉は素直に屋上に上がってみた。 季節は秋の終わり。そして冬の始まり。 久しぶりに上がった屋上。少し風が強い。だからか人もいない。 ≪でましたよ。≫ そうメールを返すと、すぐに返事が届いた。 ≪今ね、俺も俺も屋上にいるんだ。青学の、だけど(笑)≫ ≪だから何なんですか。寒いんですけど。≫ ≪風の方角を計算してみたらね、丁度青学方面から氷帝方面に向かってたんだ≫ だから何なんだ。返事を返すのも面倒になってとっとと屋上を出ようとした時、またメールが届いた。 ≪今、日吉が好きだよって言ったら、届くかな≫ 届くわけないじゃないですか。バカな事ばかり言ってないでさっさと教室戻ったらどうです。風邪引いても知りませんよ。 そもそも、そういうのは俺に直接言いに来てください。 言葉だけじゃ、足りませんから。 06.空を渡る風船 (切原×乾/テニスの王子様) 「あ」 乾がふいに間の抜けた声を上げて空を見上げたのでつられて見てみると、青空に一つ、赤い風船が飛んでいた。 まるで目指す場所を知っているかのように上へ上へと飛んでいく赤い丸を見上げる乾の口は半開きで、ちょっと間抜けだと赤也は思う。 でもそれが可愛いとも思うので注意したりはしない。 子供のように風船を見上げながらも、きっとこの人はあの風船が天まで届くとは思ってないだろう。 途中で萎んで地べたに落っこちて街角のゴミの一つと化すのを知っているだろう。 それでも、あっという間に赤い点になってしまったそれを物欲しそうに見上げる姿は何処か赤也をむっとさせた。 「乾さん」 ぐいっと袖を引っ張って彼の意識をこちらに戻す。 「あ、ごめん、行こうか」 「っす」 再び歩き出して、赤也は乾の手を繋いだ。 乾はちょっと驚いたように見下ろしてくる。 「あんた、すぐふらふらするから」 そうかなあ、と微笑う乾に、そうっすよ、と赤也も笑った。 07.鏡像の微笑み (丸井×乾/テニスの王子様) 関東大会が終わって以来、乾はちょくちょく立海にやってくる。 それは偵察という名目ではあったが、その割に堂々とフェンスの前に立ってるし、仁王たちにちょっかいをかけられては可笑しそうに笑っている。 けれど、柳と話しているときだけはちょっと違うと丸井は思う。 仁王たちと話しているときは穏やかにふわっとした感じで笑うのに、柳の前でだけは何て言うか、すいっと唇に笑みを掃くような感じだ。 何処かで見たような笑い方。 口元だけで微笑んで、中身を見せない笑い方。 あ、そうだ。柳がそんな笑い方してた気がする。 そう思い至ったと同時に視線の先で何か話し合っていた柳と乾が微笑った。 フェンス越しのそれは鏡像のようにそっくりで、何処か薄気味悪かった。 乾は自覚しているのだろうか。己が柳の前では柳と同じ様に微笑っている事に。 まるで、柳の後を追うように。未だ自分を支配しているのはこの男だと言うように。 「いーぬい!」 たまらず丸井は乾を呼んだ。二人がこちらを見る。 ちょいちょいと手招きをすれば、彼は柳に一言断ってからこちらにやってきた。 「なに、丸井」 「これ、やる」 フェンスの隙間から一枚のガムを差し出す。 それをきょとんとした目で受け取って、そして彼は笑った。 「ありがとう」 ああ、やっぱりこっちの笑顔の方が断然良い。 08.階下の足音 (ジャッカル×乾/テニスの王子様) 「お前の足音って独特だよな」 そんな事を言われたのは初めてだった。 別に歩き方を気にした事はないのだけれど、彼に言わせると違うらしい。 「何か、静かっつーか、柔らかい感じがする」 足音に柔らかいという表現はまず使わないと思うのだけれど。 けれど何だか嬉しくて、そうかな、と笑った。 「ん。俺の好きな音だ」 「ありがとう。ジャッカルの足音は優しいね」 やっぱり足音には相応しくない表現だけれど、ジャッカルはそうかよ、と笑った。 「うん、俺の好きな音なんだ」 二つの足音が、心地よかった。 09.約束の15分前 (鳳×乾/テニスの王子様) 乾さんはよく待ち合わせに遅刻する。 付き合う前までは彼のプレイスタイルから律儀そうなイメージを抱いていたのだけれど、付き合ってみると案外ルーズな面もあることが分かってきた。 何というか、減り張りがハッキリしている人だと思う。 データを集めている姿は隙が無くて、きりっとしててカッコイイのに、それ以外は隙だらけでたるーんとしててほにゃーとしてて、もうすっごく抱きしめたい。 という話を宍戸さんにしたら凄く冷たい目で蹴飛ばされた。何でだろう。 ともかく、乾さんは今日もきっと遅れてくる。 わかってるんだけど、やっぱり約束の時間の十五分前には来てしまう。 乾さんに遅刻癖があると言うなら、俺にはきっと待ち癖があるのだろう。 だって好きな人を待つのって楽しいのだ。 今日はどんな服装で来るんだろうとか、これから行く所の事とか、ちょっと考えているだけで時間なんてあっという間に過ぎてしまう。 何より、俺のために人混みを掻き分けて走ってくるその一生懸命な姿がとても愛しくて。 そして今日も俺は、あなたを待つのだ。 10.届かない台詞 (忍足×乾/テニスの王子様) 乾に好意を寄せられている自覚もあれば自信もあった。 そして俺自身も乾に好意を抱いている事も自覚していた。 たまに会ってテニスしたり、一緒に映画観に行って討論したり、ただ街をぶらついてみたり。 それはきっと、お互いに「デート」だと知っていたのだと思う。 友達同士のお出かけとかじゃなくて、好きあっている者同士のそれだと乾だって感じていたはずだ。 けれどお互い何も言わなくて、ただ馴れ合いのような関係が続いていた。 何となく、怖かったのだ。 在り来たりだと我ながら思うけれど、言ってしまえば今のこの暖かい関係が崩れてしまうような気がしたのだ。怖気づいていたのだ。 更に情けない事に、そうこうしている内に掻っ攫われてしまった。 乾を狙っている奴は少なくないという事は知っていたはずなのに、けれど乾の好意は己に向けられているのだという慢心からそれを許してしまった。 今はもう、あの頃のように一緒に何処かへ行ったりはしない。 その相手はもう、俺ではない。 結局全て在り来たりな展開で、そして結末で。けれど。 「せやけど、好きやったんはほんまやねん…」 もうこの言葉は届かないけれど、確かに俺たちは恋をしていたのだ。 |